15話 山崎
大変お待たせして申し訳ありません。
今回はその分、そこそこ長めですm(_ _)m
梅雨だからだろうか。
ここ最近はずっと雨が降っている。
おかげで身体が少し重い。
とはいえ、羽柴軍は待ってくれないし、天王山に罠をたくさん張っておかないとね。
雨の影響で鉄砲の火薬が湿っていて、光秀殿の足軽鉄砲隊はあまり使えそうにないみたい。
篠が羽柴軍の偵察に行ってくれたけど、向こうも鉄砲の稼働率はそう高くなさそうだとか。
「鉄砲に関しては条件は同じ…となると、勝敗を分けるのは士気の高さや兵士の質かな…」
私がそう呟くと、暦も賛同して続けた。
「あとは戦術的な洞察力や、用兵の問題ですね。ただそうなると不利なのはこちらの方かと…」
なんせ数で負けてるし、士気も羽柴軍の方が高いだろうからね。
ということは、やっぱり天王山で潜伏しつつ隠密作戦を使うしかないかな…。
ちなみにそれを光秀殿に伝えたら、1人の人間としては反対ですが、軍を率いる将としては賛成するしかない、と言われた。
確かに危険な作戦だもの。
とはいえ天王山を羽柴軍に取られたらこっちは確実に敗ける訳だし、やるしかないんだけどさ。
とりあえず、天王山には既に罠を大量に、かつバレないように設置してある。
ちなみに作った罠は、気付かれないほどの小さな落とし穴だとか、極細の糸を木々の間に張り巡らせてあったりするような簡単なもの。
地味ではあるけど、案外効果はあったりする。
敵が潜んでるって羽柴軍に思われたらダメだからね。
作ったのは私達だから、場所は覚えてるし大丈夫。
あとは、そこに敵を誘い込みつつ各個撃破していけばいい。
と、そこで夢が篠からの伝言を持ってきた。
「恵様。麓で明智軍と羽柴軍が戦闘を開始したようですわ」
始まったか。
「よし、じゃあ篠にはこのまま羽柴軍の偵察を。夢は木の上から狙撃して。暦と私で遊撃しつつ敵を罠をに誘い込もう‼︎」
「分かりました。では夢、援護を頼む」
「畏まりました。暦ちゃん、恵様をよろしくね」
「当然だ」
それじゃあ、狩りと行きますか。
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恵達が罠を作りつつ天王山に潜伏してから数日。
加藤清正が秀吉のいる天幕に入ると、そこで総大将は悩んでいた。
「叔父上。先程、先行部隊が山崎にて明智軍と戦闘を始めたと伝令がありました」
「やっぱり山崎で待ち構えとったか、光秀。やけどな、長い付き合いや。もう互いの手の内は分かっとるやろな」
「俺も出陣した方が良いですか?」
「…いや、清正はもう少しだけ待機しててくれ。あと、正則にも待機だと言っといてくれ」
「待機、ですか…。出撃したら手柄がもうなかった、とかは嫌ですよ?」
「分かっとる。やけどな、天王山に向かった斥候が帰って来んのや」
「…何かそこであった、と?」
「かもしれん。今は官兵衛が斥候を放っとるそうやけど…」
その時、ちょうど黒田官兵衛が秀吉と清正のいる陣に入ってきた。
「…どうやら天王山に敵兵はいない様子。…ですがあの光秀がこのような失態を犯すとは思えませぬ。何か裏があるかと…」
「やっぱり、そこに何者かがおるっちゅうことやな…。清正、待たせたな。正則と一緒に天王山を見てきてくれ。あと1つ、少しお願いがある」
「何でしょう?」
そこで秀吉が清正にそっと耳打ちした内容は、官兵衛には聞かせてはならないものなのだろうか。
そして、清正が出て行った後。
官兵衛は秀吉に言った。
「…天王山に敵兵はいない様子でしたが、逆に味方の斥候も消えていたようですな…」
「ということは、そこに彼女らがいるっちゅうことやな…」
「…秀吉様。まだあの者達の事を諦めていなかったのですか…?」
「まぁな。彼女らが味方になってくれりゃそれ以上心強いことはないんやけど…」
それは無理があるだろう。彼女らにとって、おそらく秀吉様はかつての主君、長政殿の仇だ。
それに、彼女ら程の実力者が多いと、そこが世を乱す原因にもなっていくのだから。
その後秀吉の前を退いた官兵衛は、1人陣中を見回りつつ考えていた。
「…秀吉様があれ程熱を上げる相手、か…。世を乱す原因になりそうならば早急に討ち取らねばならぬが…。あるいは、秀吉様の言うように味方に出来ない事もないのやもしれぬか…」
そう呟いた声は、雨音に混じって儚く消えていった。
ーーーーーーーーーー
清正達が天王山に向かい始めた頃。
「恵様。また敵影を捕捉しました。数は200。先ほどこちらで倒した斥候が戻らない為、偵察しつつ占領するつもりのようです」
「お出ましね。作戦通り、私と暦で孤立した者を優先的に倒していくよ」
「はっ‼︎」
天王山は木が生い茂っていて見通しが悪く、藪も多い為、ある程度山中を把握していないと歩くのも大変。
その上、道なんかもほとんどないから、藪を掻き分けて進むしかない。
つまりそれは、孤立しやすいということ。
その瞬間を狙って、孤立した者から討ち取っていけば、こちらの存在すら気付かれずに敵を倒せる。
夢は既に樹上に登り、いつでも狙撃可能な様子。
暦もひっそりと敵に接近していた。
私も同じように、静かに敵に肉薄し、少し仲間から離れていた者から、そっと物音を極力立てずに倒していった。
ある者には木に押し付けて首を一閃し、またある者には茂った藪の中でそっと背後より胸へ刀を突き刺し、ある者には気付かれても声を上げさせる前に絶命させた。
また1人、孤立した兵士発見。
と、その瞬間狙っていた兵士は、遠くから矢で狙撃されて一瞬で腕を失い、直後に私の刀が彼の首を刎ね飛ばした。
夢の狙撃は百発百中、外すわけがない。
その上、矢が放たれた途端、その矢を守るかのように突風が吹き、その風に乗ってさらに飛距離が伸びる。
そして、威力も段違いに上がるのだ。
だからこそ、たとえ距離が普通は届かない程離れていても、彼女は私達を援護できる。
そうして、敵にこちらの存在を一切感じさせずに全員を討ち取った。
「罠までたどり着かれる前に全滅させたね。この調子で片付けていこう」
「了解致しました、恵様」
狩りをするかのような、一方的な殺戮によって、羽柴軍に存在を知られずに数百の敵を屠った頃。
ようやく敵も異常に気付いたみたい。
でも、もう遅いよ。
「いくらでも掛かっておいで。全員、あの世に送り届けてあげる」
それから少し経って少し疲れてきたし、一旦態勢を整えるためにも暦と夢に集合を伝えようとした時だった。
「よし、一旦後退しよう」
そう私が言った時。
「深い藍色の髪に紅い瞳。失礼だが、あんたが紅月恵殿か?」
突然、背後から話しかけられた。
「誰⁉︎」
振り向きざまに刀を構えて、背後にいたその男に突き付けた。
「おっとこれは失礼した。俺は加藤清正。叔父上…いや、秀吉様の家臣だ」
「…そう。なら今は敵ね。覚悟なさい」
「ちょっと待ってくれ‼︎ 俺は秀吉様から、あんた達を仲間に出来ないか交渉して来いって言われてんだ。せめて話だけでも聞いてくれないか?」
「…もし断れば?」
そう私が言った瞬間、周囲から一斉に敵兵が現れ、こちらに弓や銃を向けた。
「きゃあぁぁ⁉︎」
「夢⁉︎」
突然夢が樹上から地面に突き落とされた。
そして、暦も拘束され、薙刀と隠し刀も剥ぎ取られた。
「…まぁ、こうなる訳だな」
「…今すぐ2人を離しなさい。でないと貴方を殺すよ…?」
そう問いかけたが、彼はそれを鼻で笑った。
「フッ、もはやそんな力も残ってないようだが、どうやって俺を殺すつもりだ?」
「…どういう、こと…?…あれ?…身体が…」
「恵様っ⁉︎ 貴様、何をした⁉︎」
「さぁな、俺には分からんが、もう諦めて投降した方が良いと思うが?」
突然、いや。
きっと少しずつ身体は限界に近付いてたんだろう。
今まで3人で雨の中戦ってた分が、大きな反動になって襲ってきた。
ダメ、意識が…。
「貴様…恵様を離せ‼︎」
「暦、だったか?別に手荒な真似はしないから少し静かにしててくれ」
清正がそう言うと、暦を拘束していた者が彼女の後頭部に手刀を叩きつけて気絶させてしまった。
「恵様‼︎ 恵さマ…‼︎ け…さ…」
夢が必死に呼び掛けてくるのを、遠く感じながら、私は意識を手放した。
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私が目を覚ました時、戦いはすでに終わり、私達は羽柴軍に捕らえられていた。
「恵様…?」
「…夢?」
「篠っ‼︎ 恵様が目を覚ましましたよ‼︎」
今まで見た事ないくらいの大声で、夢は篠を呼んだ。
ということはあの子も近くにいるのかな?
そう考えてると、夢が話しかけてきた。
「恵様。貴女が意識を失ってもう2週間も経ったのですよ」
「2週間?そんなに寝てたの⁉︎」
「えぇ。なので、その間にあった事がいくつか。起きて早々に申し訳ありませんが、秀吉殿より意識が戻り次第来て欲しい、と」
…秀吉殿から?
えっと、光秀殿は…まさか?
「おそらく恵様の考えてる通りです。山崎での戦いに明智軍は敗退。原因は、天王山から私達が撤退せざるを得なくなり、守り手が居なくなったのもそうですが、単に敵の勢いに押し負けた事も敗因かと」
「そう。じゃあ光秀殿は…」
「はい、坂本城への撤退中に、土民に襲われて亡くなったと聞きました」
つまり今の私達は、また根無し草か。
ごめんなさい、光秀殿。
貴方のこと、守りきれなかった。
「恵様は無理をし過ぎですよ。あまり無茶はなさらないで下さい」
「夢の言う通り、恵様はもう少し自分を大事にした方がいいと思うなぁ」
そう言いながら、篠が服などを運びながら入ってきた。
「篠、その服は?」
「秀吉さんが、恵様に似合うだろうからあげるってさ」
…何故敵に服を?
というか、そもそも捕虜にこんな待遇して良いのかな?
「あと、今から秀吉殿がこっちに来るって言ってたよ」
今から⁉︎
寝てる間に夢達が介抱してたせいか、晒とかの下着しか今着てないよ⁉︎
「だからね、これ着て会って欲しいとかなんじゃないかなぁ?」
「今まで着てた服は?」
「あちこち傷んでたから、今補修してもらっていますよ」
「じゃあこれ着るしかないか…」
そのもらった服は、私の髪色によく合う薄藍を基調に、所々に赤と紺色を取り入れたものだった。
「恵様、よく似合っていますよ」
「うんっ‼︎ とっても似合ってる‼︎」
そ、そうかな?
その時、ちょうど秀吉殿が部屋に入ってきた。
「おぉ、よう似合っとるな‼︎ よかったよかった」
「…秀吉殿。その、服をありがとうございます。ですが何故これを私に?」
「うむ。それなんやけどな、これはお願いなんやけど…」
そこで彼は少し間を置いて、私達を見渡すと言った。
「そなた達にワシの天下統一を助けて欲しい」