12話 村跡
光秀殿と会った夜から数年が経ったある夏。
本願寺を信長の主力部隊が包囲した。
それと同時に、越前の一向一揆が織田家臣の柴田勝家によって鎮圧され、密かに本願寺を支援してくれていた毛利も、先日の大阪湾での戦闘で織田水軍が作り出した亀甲船団により敗北。
この敗北で、本願寺に届く物資がなくなり、私達は兵糧も、武器弾薬も尽きていた。
そして、ついに顕如さんの元に、朝廷から和解せよと命が下ったという。
「紅月殿、我らはこの朝廷の要請を受けようと思う。我らの望みは信仰の自由、そして民の安全だ。朝廷の後ろ盾があれば、信仰の自由は守られる。そして民もこれ以上戦わずに済むのです」
「そうですね。では、私達はお暇させていただきます。私達はなにがあろうと、長政様の仇を討つつもりですから」
「分かりました。あなた方に加護がありますように」
「えぇ、今までお世話になりました」
こうして、私達は本願寺を去った。
「さて、みんな。私達と共に織田と戦ってくれる勢力はこれてなくなっちゃったね」
「残るは毛利ですが、あちらには秀吉公がおりますし…」
「秀吉さんか…」
「あまり敵対したくなさそうな者と戦うのは気が引けますね」
「じゃあ、しばらく潜伏する?」
「そういえば、恵様は河内の出身でしたよね?」
そう夢が問い掛けてきた。
「そうだね。でも生まれ育った村は、突然奇襲されて今はもう…」
そう、あの夜は忘れられない。
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あれは、私がもうすぐ11歳になる頃。
珍しく月が紅く染まっていた夜遅くのこと。
お父様といつものように夕餉を食べて、寝ていた時だった。
突然、村の入口の辺りが騒がしくなり、私は目が覚めたの。
「お父様、村の入口で何かあったのでしょうか?」
「…恵、やはりそなたも聞こえるか。今はこの国各地で戦が絶えぬ。おそらく、この村は襲撃されているのだろうな」
お父様はそう私に答えた。
そして、私に1通の手紙と少しのお金、そしてお母様が使っていたという2振りの刀を預けて言った。
「私はこれから、この屋敷に敵が入らぬように見張っておく。この屋敷の倉庫に行くとな、床の一部が開くようになっている。そこから地下を抜けると、淀川の畔に出よう。恵はそこを通ってここから逃げるのだ」
「お父様は…どうなさるのですか?」
「案ずるな。私もすぐに追い掛けるさ。さあ行け、我が子よ」
そう言うと、お父様は私をその倉庫の地下通路まで連れてきて通路の中に押し込むと蓋を閉めてしまった。
「お父様‼︎ これではお父様が逃げられません‼︎」
「すまぬな、恵。だが必ず後を追うから、先に逃げなさい」
その声が聞こえたかと思うと、お父様はもう倉庫から外に出て行き、結局お父様は私を追って来なかった。
通路を抜けて、淀川の畔に着いた私が振り返ると、遠くで住んでいた村は紅く燃え落ちていた。
空の紅き月と同じように。
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案の定、生まれ育った村はあの日のままだった。
どの家も燃え落ち、残骸だけが哀しく風に揺られて。
そして、周囲には野晒しのままの亡骸が散乱していた。
「ここで、蓮殿が…」
そう、暦が呟いた。
「暦?私の父上を知ってるの?」
「…い、いえ。我が母が蓮殿と知り合いでしたので…」
何故かそこで彼女は目を逸らした。
何かまずい事聞いたのかな?
「それにしても酷いですね…。ここまで壊滅しているなんて…」
「あそこが私達の屋敷だったよ」
私が指さした先の屋敷は、私が居た頃とはまるで別物のようだった。
屋根は焼け落ち、塀はあちこちが崩れていて、かつてお父様と共に庭で育てていた作物は全て灰になっていた。
そして…。
「恵様、これは…?」
そう言って篠が持ち上げたのは。
お父様がいつも長い髪をくくっていた、蒼い紐だった。
近くには、錆び付いて使えなくなったお父様の愛用していた槍も。
「…それは、お父様の…」
「…恵様…」
「ごめんみんな。もういいかな?これ以上、ここに居たくない…」
「すいません。暦、篠。すぐにここを去りましょう」
夢がそう答えて私を支えてくれた。
そして私達は村を出て、京を目指した。
「お父様…やはりもう亡くなっていたのですね…」
「蓮殿は、きっと最期まで恵様を護っておられた。あちこちに亡骸があったが、蓮殿より屋敷側には1つもなかったのだから」
確かに、屋敷の中には1つもなかった。
きっとお父様は、最期まで…。
「お父様が護ってくれていたこの命、絶対無駄には出来ない。どうか、天から私達を見守っていて下さい…」
もうすぐ京に着く。
そして京の北、亀岡では。
明智光秀が、兵を集めていた…。
少し寄り道。
恵の生まれ育った村は、北河内の丘にありました。