1-5 初めての食事
リアルが忙しく、長い間執筆することができませんでした。
もしも更新を待っていてくださった方がいましたら、申し訳ないです。
「いらっしゃーい!」
扉をくぐると、中から威勢の良いよく通る声が聞こえてきた。
部屋の中には夫婦だろうか――男性と女性が木製のカウンターのところにいる。
「えーっと……」
大きな声で迎えられたことにぼくは驚いて、言葉が出てこない。
「お、兄ちゃん、初めて見る顔だな。俺はアランって言うんだ。ここの亭主をやっている。それで、何の用だい? 泊まりかい? それとも飯かい?」
精悍な顔つきをしている筋肉質の男・アランさんが気さくに話しかけてきた。
「えっと、……ぼくはサトミヤ=レンと言います。冒険者ギルドに紹介してもらって、ここに泊まりに来ました」
「あら、そうかい。そういうことなら歓迎するよ! あたいはユリアって言うんだ、宜しくね」
ふくよかな女性がニコニコしながら話しかけてくる。
「で、兄ちゃんは何日ここに泊まりたいんだ?」
アランさんが聞いてくる。
「えーっと、まだ具体的にどのくらい泊まりたいかは決めてなくて……すいません」
するとユリアさんが、
「なーに、気にすることないさ。どうせ部屋は空いてるから、好きなだけ泊まっていきな」
「それもそうだな、こいつの言うとおりだ。好きなだけ泊まっていいぜ、兄ちゃん。ここはこいつと2人でやってるんだ。飯が美味くて、宿泊料が安いことがウリの宿だ! とりあえず飯でも食べるか?」
そう言われ、ぼくは少し考える。
気が付くと、時刻はいつの間にか夕方である。
夕食をするにしては少し早い時間ではあるけれど、ぼくは食事を摂ることにした。
「では、頂きます」
「よし、なら奥に食堂があるから好きな所に座って待っていてくれ。すぐに飯の支度をする」
そう言ってアランさんは料理の準備に取り掛かったようだ。
ユリアさんに導かれ、ぼくは窓際の席に腰を下ろした。
「それじゃ、ご飯ができたら持ってくるよ」
ぼくを案内し終えたユリアさんは、カウンターへと戻っていった。
夕食どきではないからか、食堂にはぼく以外に誰もいない。
こっちの世界へと転移してからようやく一息つけることに、ぼくは少しほっとした。
思えば、異世界に来てからすぐにギルドへ行ったので、こちらの世界でのんびりとした時間を過ごすのは今が初めてだ。
これからのことに思いを馳せつつ、道行く人を数十人かぞえたところで、カウンターの方から良い匂いがしてきた。ジュウジュウと何かが焼ける音が聞こえてくる。
これが異世界での初めての食事になるのだ。そう思うと料理は何が出てくるのか楽しみになってきた。
待つこと暫し。
「待たせたね」
香ばしい匂いと共に、トレーを持ってユリアさんがやって来た。
ぼくはトレーに載っているものを見る。
まず目に付いたのは――肉だ。
豪快にカットされた肉の表面には肉汁が溢れんばかりについている。
さらにはスープとパンもある。
美味しそうな料理を目にし、思わずぼくは喉を鳴らす。
ぼくの目の前にユリアさんがトレーを置いた。
するとぼくは、食指が動いて即座に肉にかぶりつこうとして――思いとどまる。ユリアさんの見ている前で行儀悪く食べることに対して、恥ずかしく思ったからだ。
そんなぼくの様子を見ていたのか、ユリアさんは微笑みながら、
「そんなに慌てなくても食べ物は逃げたりしないよ。ゆっくり食べな」
そう言ってカウンターの方へとユリアさんは向かった。
……仕切り直しだ。気持ちを切り替えよう。
ナイフとフォークを手にし、ぼくは食べやすい大きさに肉を切り分ける。
肉は無抵抗でナイフを通した。じゅわっと肉汁が溢れてくる。焼き加減はレアだ。
ぼくはごくりと唾を飲んだ。フォークを肉に突き刺し、そのまま口の中に入れる。
じゅわじゅわっとした肉の油が口の中いっぱいに広がる。
肉はとても柔らかくて、瞬く間に口内に溶けていった。
――美味い。
ぼくは、次々と肉を貪る。
間に堅いパンやスープも味わった。
料理がとても美味だったため、ぼくはあっという間に平らげてしまった。
「お、兄ちゃん、もう食べちまったのかい? 随分急いで食べたんだな。味はどうだったよ?」
アランさんが食堂へとやって来て、ぼくに尋ねる。
「すっっごく美味しかったです!」
「そうだろ、そうだろ。さっき兄ちゃんに食べてもらったのは、この街の近くにある森に生息してる魔物の肉を1週間熟成したものなんだぜ。この宿の名物料理のひとつだ」
アランさんは嬉しげに話した。
そこにユリアさんもやって来て、
「レンくんの部屋の用意ができたよ。部屋は2階に上がってすぐのところにしといたけど、それで良いかい?」
「はい、構いません」
「なら、これが部屋の鍵だよ。今日はゆっくり休んでおくれ。あ、そうそう、部屋に何か問題があったら言っておくれ。きちんと準備をしてるつもりなんだけど、時々手抜かりがあるからさ」
そこでユリアさんはぺろりと舌を出した。
妙に愛嬌のある仕草だ。これでは何かあっても憎めない。
ぼくは、ユリアさんから鍵を受け取った。
アランさんとユリアさんに軽く挨拶をしてから、ぼくは宿泊部屋へと向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!