1-3 エレーナ登場
――美少女。
彼女を一言で表現するなら、恐らく誰もがそう言うだろう。
身長は低めで、年齢は少女と言っても差し支えないだろう。ふわっとした長めの金髪をツーサイドアップにまとめている。
だが何よりも彼女を美しく印象づけているのはあの眼だ。
碧眼の目はどこまでも澄んでいて、何もかもを見透かしているようにみえる。
服装は周囲にいる人たちと比べると異質で、オレンジ色の着物ドレスのようなものを身に着けている。左腰には白い鞘に包まれた長さが違う細身の刀を2口帯びている。
と、そこで、
「あらら~、また始まっちゃいましたね……」
困ったような笑みを浮かべながらミーシャーさんが呟いた。
ぼくは即座に問う。
「いったい何がですか?」
「う~んと、ここの名物になりつつあるもの? かな」
「えーっと……」
「ふふ、見ていたら分かりますよ」
そこでぼくは、入り口の方を注意深く見つめる。
入り口では、少女の行く手を阻むように、いつの間にか男が3人立っていた。
まだ幼い少女が男3人に絡まれているのだ。いくらなんでも分が悪いだろう。
「あの、ミーシャーさん、助けなくてもいいんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。いつものことですから」
どうしてミーシャーさんはこんなにも落ち着いているのだろう。ぼくは心配で気が気でない。
何もできないかもしれないけれど、少女がやられそうになったら飛び出すことを決心して、ぼくは様子を窺う。
「おいおい、今度は何を斬ってきたんだ?」
大柄な男が下卑た笑いを浮かべながら少女に問いかける。
「…………」
「なにも無視することはないだろ。なあ、お前ら?」
「ですね、兄貴!」
「そうだ! 兄貴の言う通りだ!」
どうやら最初に話しかけた真ん中にいる男が一番偉いみたいだ。
「おいッ! いい加減何か言えよッ! ビビってんのかッ!」
すると少女が一言、
「……どいて」
「んだとてめえ」
「痛い目に遭いたくないならどいて。……それともあなた達も私に倒されたいの?」
その言葉が戦闘の引き金となった。
「ったく、調子に乗りやがって。行くぞ、お前らッ!」
まず左右の男たちが少女に殴りかかる。
少女は、右側から来た男の腕を取り、捻る。そしてそのまま腹に蹴りを入れ、無力化。次に反対側から来た男の拳を手で払い、相手の鳩尾をもう片方の手で強打した。
殴られた相手は腹を押さえて呻き、そのまま倒れる。
最後に残ったリーダーと思しき男は両手を前に突き出している。相手の力を利用して倒す格闘技の構えにああいうのがあった気がする。
が、少女は無謀にも正面から突っ込んだ。
男は勝ちを確信したような笑みを浮かべ、少女の柔肌を掴もうと手を伸ばす。
――まずいッ!
少女がやられると思ってぼくは助けに行こうとしたけれど、ミーシャーさんに止められる。
「大丈夫です。彼女はとても強いですから」
そう言ったミーシャーさんの顔は、どこか誇らしげだった。
ぼくらがそんなやり取りをしている間に、決着がつきそうになっていた。
男が少女の体に触れる寸前、少女の体がぶれた。
少女は、男が伸ばした腕を取り、足を払い、その場で投げ飛ばす。
「なッ……」
男の呟きは、床に叩きつけられる音にかき消された。
「すごい……」
少女の動きにぼくは見惚れていた。
流れるような少女の動きは洗練されていて美しかった。彼女が動くたびに髪と服が揺れる様は、あたかも舞っているかのようで、とてもじゃないが戦っているとは思えない。
見入っているぼくに、ミーシャーさんが教えてくれる。
「彼女はエレーナさんといいます。まだ冒険者になってたったの2週間なのにあの強さで、ここフィリヴァン支部の期待のルーキーなんです! それに嫉妬して、冒険者としてはまだまだな人たちが先ほどのようにエレーナさんに挑んで、返り討ちにされているんですよ~」
「ええっと……」
「冒険者は血気盛んな人が多いですから、自分が勝てない相手だと実際に戦ってみて確認したいだけなんです。でもみんな優しい人たちなんですよ。だからほら、見てください」
ミーシャーさんに言われ、ぼくは入り口を再度見る。
するとそこでは、
「お前、本当に強いんだな、参ったよ。いきなり襲いかかって悪かったな」
リーダー格の男が、少女――エレーナさんに頭を下げていた。
「ね、言った通りでしょ? みんなすぐに喧嘩しちゃうけど、根は良い人たちばかりなんです」
ミーシャーさんが得意げに言う。
ぼくとミーシャーさんがいる方へエレーナさんが近づいてきた。
「ええっと、お強いんですね」
ぼくはエレーナさんに話しかけた。
しかしそれは無視され、
「ミーシャー、依頼の品を持ってきたわよ」
「あらあら、随分早かったですね。……はい、確かにブラックウルフの毛皮を受け取りました。さすがです、エレーナさん!」
「当然でしょっ! ……ところでミーシャー、さっきからそこでじろじろとこっちを見てくるこいつは何?」
「こちらの方はつい先ほど冒険者になられたばかりのレンさんです!」
「あ、初めまして、エレーナさん。ぼくはレンといいます」
名前だけ言うのは何だかこそばゆい。けれど恐らく名前だけ言うのがこっちの世界では一般的なんだろう。
エレーナさんに向かってぼくは会釈したけれど、エレーナさんの対応は素気ないもので、
「そ。今日はもう疲れたから宿に帰るわ。また明日ね、ミーシャー」
「あっ、エレーナさん、ちょっと待ってください! ……えっと、レンさんは泊まるところはありますか?」
……やばい。そういえばどこに泊まるとかは全く考えてなかった。
そこで初めてぼくは今晩の寝床がないことに気が付き、困窮する。
そして消え入りそうな声で、
「えっと……ない……です…………」
「やっぱり! そんな気がしました! エレーナさん、レンさんを宿に案内してあげてくれませんか?」
「えっ、冗談でしょ? なんで私が……」
「レンさんが宿探しに苦労したら可哀想じゃないですか! エレーナさんは、この街が来たばかりの人には厳しいことを身をもって知っているでしょ?」
「確かにそうだけど……でも私が面倒を見る理由にはならないわ」
「そこをお願い! ねっ!?」
ミーシャーさんの強い押しに、エレーナさんは嫌そうな顔をしながらしぶしぶといったふうに、
「そこまで言うなら分かったわ。宿に案内するだけだからね」
「はい、ありがとうございます! レンさん、良かったですね。エレーナさんが宿まで案内してくれますよ!」
「ええっと、……よろしくお願いします!」
急なことでぼくはやや困惑気味だったけれど、どうやらエレーナさんが宿に案内してくれるようで、ほっとする。
よく知らない街で宿舎を探すのは骨が折れそうなので、宿を紹介してくれるというのは非常に助かる。
「そこの男、着いてきなさい」
そう言って、エレーナさんは歩き出した。
ミーシャーさんにお礼を言ってから、ぼくはエレーナさんの後を追いかけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回の更新は年が明けてからになると思います。