1-15 初めてのダンジョン探索 【下、その3】
灼熱の蒼い炎が辺り一帯を満たし、魔物達をことごとく灼き尽くしていく。その様はまさに地獄の業火のようだ。うめき声すら上げられずに、魔物達は体を焼かれ、焦げつき、灰すら残せず消えていく。ぼくの使った魔法は、魔物達が生きていた痕跡が残ることを許さない。一切合切を燃やし尽くす。
これだけの炎であるにもかかわらず、不思議と皮膚がひりつくことはなかった。多少の熱は感じるけれど、それだけだ。
「う、嘘でしょ……」
ぼくの魔法のあまりの凄絶さに、エレーナさんは絶句しているようだ。
魔物達を一体残らず燃やし尽くすと、炎は徐々に小さくなり、やがて消えていった。
「な、なんとかなったね」
異世界に来てから初めて魔法を使ったので、魔法の威力が実際のところどの程度なのか、また魔物の対してどこまで有効なのかぼくはわかっていなかったため、一撃で魔物の群れを殲滅できたことに安堵する。
「あんたは……いったい何者なの?」
刀の切っ先をぼくに向け、エレーナさんは詰問した。
「えっと……エレーナさん?」
エレーナさんの急な行動の意図がわからなくて、ぼくは狼狽する。
捉えようによってはすごく哲学的なその問いに、ぼくは答えることができなかった。
唐突にエレーナさんは刀を下げる。
「ま、今回は不問にしといてあげるわ。……いちおう、その、助けてもらったわけだし。あんたが普通じゃないことは、ここまでの道中でよくわかったしね」
もうこの話は終わりとばかりにエレーナさんが話題を変える。
「さて、これからどうしようかしら?」
エレーナさんはぼくに聞きたいことがあるようだけれど、それは問わずにいてくれるようだ。どのように答えたらいいのかぼくにはわからなかったので、追求しないでくれて助かる。
「とりあえず、これを飲む?」
ぼくは、魔力回復ポーションをエレーナさんに渡した。
「意外と気が利くのね。いただくわ」
ポーションを飲み干し、刀を懐紙で拭ってからエレーナさんは帯刀した。
「で、どうしようかしら?」
「ひとまずあっちの通路に行ってみる?」
それは、先ほどぼくらが目指していた目的地だ。
「まあそれしかないわよね。……あんたはまだ魔法を使えるの? さっきのは結構魔力を消費したと思うけど」
「うん、まだまだ使えると思う」
魔力が減ってくると体がふらつく感じがするらしいのだけれど、魔法を放つ前と後とで特に変わったことがないので、恐らくまだ魔力切れにはほど遠いだろう。
「そう。なら、あんたの魔法も当てにできるわね。もっと威力が弱くて早く発動する魔法とかも使えるの?」
「一応は使えると思う」
エレーナさんが訝かしげに「一応……?」と聞いてくる。
「あっ、いや、その、まあ使える、かな」
「煮え切らないわね。まあいいわ。さっきまでと同じで、とりあえず私が先行するからあんたは後をついてきて。で、あんたの判断で適宜魔法を使ってくれるかしら? もちろん発動前には私に声をかけてちょうだいね」
「わかったよ」
「話している間に魔力が少し回復してきたから、そろそろ行きましょうか。……期待、してるわよ」
言い終わるやいなやぼくに背を向け、エレーナさんは颯爽と歩き始める。
暫し呆けてから、ぼくも歩き出す。
エレーナさんが急いで背を向けたのは、きっと彼女なりの照れ隠しだったのだろう。年相応に可愛いところもあるんだなとぼくは思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれからは特に困った場面もなく、魔物が出てきてもエレーナさんが1人でささっと片づけた。とはいっても一体いつダンジョンを出られるか分からないからとはぎ取りはしなかった。現状で荷物が増えても邪魔になるだけだ。
「かなり上までのぼってきたはずなんだけど……まだ出口じゃないのね」
エレーナさんが愚痴をこぼした。
「このままだと、ダンジョンで一夜を明かすことになったりするのかな?」
「冗談じゃないわよ。大体そんな用意は持ってきてないし。なんとしてでも今日中に脱出するわよ」
心なしかエレーナさんの歩く速度が上がったように思う。いや、明らかに上がっているか。
慌ててぼくも歩を速めた。
しばらくのあいだ2人して早足で進んでいると、前方に数人の人影が見えた。
と、その人たちがこっちに向かって駆けてきた。男が3人と女が2人の合わせて5人の集団だ。
「おい、お前ら大丈夫か? ずいぶんとひどい格好をしてるじゃねえか」
先頭の男が話しかけてきた。
「……何の用?」
右手を左腰に当てながら、ぶっきらぼうにエレーナさんが言った。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれよ。ほら、さっきすごい音がしただろ? 何があったか見てきてほしいって受付嬢に頼まれて、ダンジョンに何組かのパーティーが潜ったんだ。俺たちはそのうちの1組ってわけさ」
おどけたふうに男が言う。
確かパーティーは、クエスト遂行のために集まった集団のことだったかな。基本的には、仲の良い冒険者同士で集まったものが多いんだっけか。
ぼくは、創作物の記憶を手繰った。とはいえ、虚構と現実とでは齟齬があるだろうし、注意が必要だと思う。
ぼくが沈思していると、エレーナさんが男に話しかける。
「なるほどね、事情は分かったわ。私たちもその音は聞いたわよ」
「おおそうかい! どっちの方から聞こえたか分かるか?」
男が快活に聞いた。
「もっと下の方よ」
エレーナさんは、先ほどぼくと歩いてきた道を指差す。
「あっちか! ありがとよ。……で、最初の質問に戻るが、お前ら大丈夫か?」
ぼくが答えようとしたら、何も言うなというふうにエレーナさんに睨まれたので、黙っておいた。
「ええ、問題ないわ」
「……そうか、ならいいんだけどよ。まあ礼と言ってはなんだが、浄化の魔法をかけさせてくれや」
後方に控えていたロッドを持つ女を男は呼んだ。
「別にかけてもらわなくていいわ」
けれどエレーナさんはにべもなく拒絶する。
相手の厚意を無下にするのはどうかと思い、ぼくは口を挟む。
「エレーナさん、せっかくなんだし かけてもらおうよ」
エレーナさんは、「チッ」と下品に舌打ちをしてから、
「わかったわよ。……お願いするわ」
「そうこなくっちゃな」
男は破顔した。
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