1-14 初めてのダンジョン探索 【下、その2】
更新が遅くなり、申し訳ないです。
「エイッ!」
空間に躍り出たエレーナさんは、掛け声と共に刀を振るい、正面のヴォールクを斬り伏せる。続いて左右から跳びかかってきた魔物を斬って捨てる。
「まだまだ行くわよッ!」
威勢の良い声を張り、自らを鼓舞してエレーナさんは舞う。
怒濤の勢いで振るわれる2刀は、あたかも死屍累々を築き上げるためだけに存在しているのではないかと錯覚しさえする。
刀を振るって魔物を斬り、エレーナさんは道を作る。
これならいける――と確信し、エレーナさんの後を追おうとしてぼくは足を踏み出した。
異変が起きたのは、そのときだった。
蝙蝠型の魔物らの体表が、生成り色に光り始めた。その色は、エレーナさんの魔力の色と少しだけ似ている。
――エレーナさんの魔力の色と似ている?
ぼくの嫌な予感は的中した。
蝙蝠型の魔物らの翼から生成り色の光が一斉に射出され、それらはすべてエレーナさんへと殺到する。
「エレーナさんッ! 危ないッ!」
「……ッ!」
近くの魔物に集中していたために、遠距離からの攻撃に対して、エレーナさんの反応が僅かに遅れる。
だが、その僅かな遅れこそが激闘の中では勝敗を分けることがままある。
蝙蝠型の魔物らが放った魔力の光線が凄まじい速さでエレーナさんに迫り、直撃した。
土煙を上げながらぼくの足元までエレーナさんは転がってくる。
「エレーナさんッ!?」
エレーナさんの体を揺さぶり、ぼくは安否を確かめる。
「……痛いから、揺すらないで」
「ご、ごめん」
咄嗟に手を離し、エレーナさんの生存にぼくは胸を撫で下ろす。
けれどその間に、エレーナさんとぼくの周囲を魔物が取り囲んでいた。
エレーナさんが倒れた今、頼れる人はいない。鞘からダガーを抜き、ぼくは構えた。緊張で手先が震えている。
「……ほんとに、あんたはだらしないわね」
言いながら、エレーナさんは刀を支えに立ち上がる。
「エレーナさん? 立ち上がっても大丈夫なの!?」
「少なくとも今のあんたよりは戦えそうよ。魔法が直撃する寸前に魔力で体を覆ったから、見た目ほどダメージはないわ」
そうは言うけれど、立っているのも辛そうにぼくには見える。ところどころ服が破け、エレーナさんの柔肌は傷を負っている。
ぼくよりも幼くて小さな少女がぼくを守るために戦っているというのに、先ほどから何もできない自分の無力さにほとほと呆れてしまう。
きっとこの少女だって、自分よりも大きな魔物と対峙するのは怖いはずだ。いや、もしかしたらもう恐怖心すら覚えないほど戦い慣れているのかもしれない。
けれど、少なくともさっきのキュクロープスとの戦闘では何かしら感じていたはずだ。そうでなければ我を忘れてあそこまで斬ることもなかっただろう。
恥ずかしいな、とぼくは思った。
少女に守られてばかりでは立つ瀬がない。それに、少女に戦いのすべてを任せるというのは男としてどうかと思う。幸いなことに、この世界へと飛ばしてくれた老人が言うことには、ぼくの魔法は凄まじいらしい。だから、後は決心するだけだ。
ぼくは一度深呼吸し、それからエレーナさんに頼み事をする。
「……エレーナさん、少しだけで良いから時間を稼いでくれない?」
「当然よ。あんたが逃げる余裕くらいは作ってあげるわ」
笑ってエレーナさんは言ったけれど、その表情はどこか苦しげだ。
やっぱりやせ我慢してるんだなとぼくは思った。無理して虚勢を張らなければならないくらいエレーナさんからしたらぼくは情けなく見えるのだろう。恥ずかしいし、悔しい。
「5分……いや、3分で良いから、詠唱が終わるまでぼくのことを守れる?」
「ずいぶんと見くびったことを言うわね。そんなのお安いわ」
「じゃあ、頼んだよ」
そう言ってぼくは自身の魔力に意識を集中し始める。
「えっ、ちょっとここで!? 普通はもっと場所を考えるでしょ! ……はあ、仕方ないわね。あんたに賭けるわよ」
エレーナさんは刀を構え、ぼくに近づこうとする魔物に対して威嚇する。
けれど少しも怯んだ様子を見せずに魔物らはジリジリと距離を詰めてくる。
「頼まれたからには、やるしかないわね。《チエーラ・イスキューロン・グリュントリヒ》」
エレーナさんは覚悟を決めたのか、残り僅かであろう魔力を振り絞り、魔法を唱えた。
詠唱が終わると、エレーナさんの体は白い輝きに包まれた。
「《この場に存在せし我が道を阻む愚かなる魔物どもよ。――」
ぼくは詠唱を始める。
「その詠唱って、あんたもしかして……」
エレーナさんが驚いているうちに、高められた魔力に釣られたのか、魔物たちがぼくへと襲いかかる。
「チッ、させないわよッ!」
舌打ちをし、ぼくの詠唱が妨げられないようにエレーナさんは刀を振るう。
一の太刀。跳び迫る魔物を正中線で二つに割った。
二の太刀。側方から来た魔物の牙を本差で受け、脇差で首を刈る。
三の太刀。滑翔して迫る蝙蝠型の魔物を跳躍して斬る。
「業火に焼かれて死すのが汝らにはふさわしかろう。さあ喚け、泣け、叫べ、戦け。今こそ死の鉄槌を下そう。塵も残らぬ灰燼と帰してやろう。――」
ぼくの詠唱は続く。
詠唱が進むにつれ、魔物らの攻撃は峻烈を極めた。
ぼくを死守するエレーナさんは、魔力の消費が激しく限界が近そうだ。体を張ってぼくを守ることも屡々(しばしば)あったため、自身の血と敵の返り血とで体は真っ赤に染まっている。
「はあ、はあ、そろそろやばいかも……」
残存魔力が本格的に少なくなってきたのか、エレーナさんは魔法を維持できなくなる。体に力が入らず、立っているのがやっとという体だ。
狼のような魔物と猪型の魔物が、同時に跳びかかってくる。
エレーナさんには刀を振るう力がもう残っていないようだ。エレーナさんの顔に諦観の表情が浮かんだとき、
「>>>『ムエルト・ジャーマ』》! 待たせたね、エレーナさん。ここから反撃だよ。ぼくの側から離れないで!」
ぼくの魔法が、発動した。
恐らく明日中に次話を投稿できると思います。