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攻撃魔法の使い手  作者: 餅は餅屋
第1章 パーティー結成篇
11/18

1-11 初めてのダンジョン探索 【中、その2】

 更新が遅くなってしまい、大変申し訳ないです。

 疾駆するエレーナさんを見ながら、彼女がキュクロープスとどのようにして戦うのだろうかとぼくは再び思案する。けれどエレーナさんがどうするつもりなのかはやはり皆目見当がつかない。



 キュクロープスの目前までエレーナさんは迫った。

 近寄ってくるエレーナさんに反応し、キュクロープスは棍棒を薙ぐ。

 ぼくであれば絶対に避けられないであろう速度で振るわれた棍棒が、風切り音を立てながらエレーナさんに接近する。

 しかしエレーナさんは、脇に飛び退くことで棍棒を華麗に回避した。そしてそのまま前進して、キュクロープスの背面へと回り、彼我の距離を充分に取る。

「ここからが本番よ。《ケルパー・フォルテ》!」

 白い光がエレーナさんの体を覆い、すぐに消え去った。

 エレーナさんの方にキュクロープスが振り返ると同時に、エレーナさんはキュクロープスに向かって突撃した。



「えッ!?」

 ぼくは驚きの声を上げる。

 先ほどまでのエレーナさんの速度は尋常ではなかったので、てっきり魔法を使っているものだとぼくは思っていた。けれど実際はそうではなく、彼女の身体能力が成せるわざだったようだ。

 そしてエレーナさんが魔法を使った今――ぼくの眼では彼女の姿を捉えることができない。

 その速さはまるで風のようなんていう表現があるけれど、エレーナさんの速度は風なんてものじゃなく、もっとずっと速い。

 残像すら残さず、一瞬でキュクロープスの眼前へとエレーナさんは踊り出た。

「《マイア・エペ・レピダ》!」

 エレーナさんが詠唱を終えると、彼女の刀が先ほどと同じような白い光に刹那だけ覆われる。

 そしてエレーナさんが、キュクロープスの脚を斬りつける。

 キュクロープスの赤い血が宙を舞う。今度はエレーナさんの刃が通ったのだ。

 だけれどエレーナさんは浮かない顔をして、

「……浅いわ、やっぱり堅いわね。今ので切断できないとなると、……難儀な戦いになりそうね」

 エレーナさんの刀は、キュクロープスの皮膚を浅く切り裂いただけだった。神速で刀が振るわれていなかったら、鮮血が飛び散ることはなかったかもしれない。



 突然、キュクロープスの大きくて青い単眼が見開かれた。

 怒っているのか、驚いているのか、はたまた別の理由からか。その正体は分からなかったけれど、キュクロープスが何がしかの感情を抱いていることはぼくでもわかった。



 キュクロープスが大きく口を開いた。

 次の瞬間、

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 唐突に上がった耳をつんざくような雄叫びに、エレーナさんは顔をしかめ、ぼくはロッドを手放して両手で耳を塞ぐ。

「バカッ! 早くロッドを拾いなさいッ!」

 エレーナさんが何か叫んでいるようだけれど、生憎とぼくの聴力は正常に働いていない。

 キュクロープスは、体を反転し、ぼくの方へと襲いかかる。さっきまでの緩慢な動きではなく、速度を上げて一気にぼくとの距離を詰めてくる。

 エレーナさんがぼくの方へと向かう。

 キュクロープスよりもエレーナさんの方が速いけれど、キュクロープスの方が先に飛び出したので、どちらが先にぼくの元へ辿り着くかは微妙なところだ。

 身に迫った初めての死の気配に、ぼくは恐怖で身が竦んで動けない。自分よりも大きな異形の魔物が迫ってきているのだ。

 ――怖い。こわい。

 汗が噴き出てきた。口の中が異様に乾く。

 こんな大きな魔物とエレーナさんは戦っていたのか……。

 今更だけれどぼくはそのことに気が付いた。

 ぼくよりも小さな体で、ぼくよりも大きな体の魔物と戦ってくれていた頼もしい少女が、今ぼくを助けるためにこっちへ向かってきている。

「早くそこから逃げなさいッ!」

 エレーナさんが切羽詰まった声を上げる。

 麻痺していた聴覚はおおかた回復していたので、その声はぼくに届いた。

 だけれど恐怖に脅かされたぼくの体はいうことを聞かず、動くことは叶わない。

 キュクロープスが、ぼくの目の前まで迫る。

「ああもうっ! 仕方ないわね。《チエーラ・イスキューロン・グリュントリヒ》」

 エレーナさんが魔法を使った。

 キュクロープスの棍棒が、ぼくに振り下ろされる。

 棍棒が迫ってくる様がスローモーションでぼくの視界に映る。

 ぼくは、ここで死ぬのかな…………。

 キュクロープスが笑っているかのようにぼくには見えた。

 怖くなって、ぼくは目を瞑る。

 棍棒が、迫る――。



 衝撃がぼくの体を襲う。

 突然起こった予想外の側面(・・)からの攻撃を受けてぼくは頭から固い何かにぶつかった。どうやら地面に突っ込んだようだ。

 直後、ガキンッという音がした。

 目を開けると、エレーナさんが筋交いにした刀で棍棒を受け止めていた。

 恐らく、棍棒がぼくに到達する寸前にエレーナさんがぼくを蹴って脇に飛ばし、助けてくれたのだろう。

 キュクロープスと力比べをしているにもかかわらず、エレーナさんはびくともしていない。

 ぼくは顔を擦り剥いて、血が出ている。

「い、痛い……」

 と言うのが精一杯だ。

「生きてるだけマシでしょ?」

 ぼくの呻き声をエレーナさんは耳聡く聞き取った。

「そ、そうだけど……」

 痛みが中々顔から引かない。ヒリヒリする。



 依然としてエレーナさんは、キュクロープスの棍棒を受け止めている。

 大概の場合、体の大きさは力の強さに比例する。

 つまるところキュクロープスの巨体と少女の体とを比べると、キュクロープスが膂力で勝つのは当然だ。だけれどもキュクロープスとエレーナさんの力は拮抗している。

 なんでだろう?

 いつの間にかエレーナさんの体が白い輝きに包まれていることにぼくは気がついた。どうやらあの白い輝きに秘密がありそうだ。



 膠着状態に堪え兼ねたのか、キュクロープスが棍棒を振り上げ、すぐさま振り下ろす。

 しかしキュクロープスが棍棒を振り上げた瞬間、エレーナさんは動いていた。

 キュクロープスの眼前へと迫り、跳躍。今度は膝頭をエレーナさんは斬りつける。再び鮮血が飛び、キュクロープスはくぐもった呻き声を上げる。

 棍棒を上げておろす動作には隙が生まれる。そこを突いた巧みな攻撃だった。

 堪まらず、エレーナさんに向かってキュクロープスは棍棒を振り下ろす。

 しかしそれを華麗に回避し、先ほどとは反対の膝頭をエレーナさんは斬りつける。

「ヴオオオオオオオオオオオオオオ」

 キュクロープスが痛みからか、叫び声を上げた。

 その隙にキュクロープスの背面へと回ったエレーナさんは、地を蹴り、背中を袈裟斬り。キュクロープスの背には、綺麗に斜めの線が入っただろう。

 キュクロープスは、低い苦悶の声を上げる。

 エレーナさんは一度、ぼくの方へと戻ってきた。

「エレーナさん、すごいよ! これなら楽勝なんじゃない!?」

 ぼくは興奮して話しかける。

「そんなことないわよ、むしろ状況は悪いわ。あいつの体が堅すぎて、刀が全然通らないのよ。このままだと こっちがやられるわ」

 そのとき、エレーナさんが肩で息をしていることにぼくは気がついた。

 先ほどからエレーナさんの体は、白い輝きに覆われたままだ。恐らく、魔力の消費が激しいのだろう。長時間の戦闘は厳しそうだ。

 これ以上エレーナさんに負担をかけるわけにはいかない。こうなったら、ぼくが何とかするしかない……。

 そう決心したときに、

「次で決めるわ。もしも私がやられたら、あんたはすぐ逃げるのよ」

 決然として、エレーナさんが言う。

 ついさっき冒険者の心得として「絶対に死ぬな」と馬車の荷台で言ったくせに、矛盾してるじゃないか、とぼくは思った。

 けれどエレーナさんの言葉には有無を言わさない迫力があった。

「……わかった」

 不承不承ぼくは頷く。

 ……どうにかしたいとは思う。けれど どうにもできない不甲斐なさに、ぼくは自分に嫌気がさす。


 エレーナさんが快活に言う。

「さて、それじゃあ行くわよ! 《マジーア・メーチ・レーズヴィエ・ソリドゥム》」

 エレーナさんの体を覆っているのと同じ白い輝きが彼女の二刀に纏わり付く。

 再びキュクロープスとエレーナさんは向かい合う。

 両者が、同時に動く。

 キュクロープスは、棍棒を振り上げながらエレーナさんに向かう。対してエレーナさんは、特には刀を構えずに進む。

 リーチが長いキュクロープスが先に攻撃を始める。棍棒を横薙ぎにして、エレーナさんに襲いかかる。

 エレーナさんは、跳躍することで棍棒を回避する。

 しかしキュクロープスはそれを読んでおり、すぐさま飛び上がったエレーナさんに向かって、棍棒を逆袈裟に振るう。

 キュクロープスの予想外の行動に、エレーナさんの顔は驚愕に染まる。回避しようとするが間に合わず、エレーナさんは刀を筋交いにして衝撃に備える。

 棍棒が刀に触れ、エレーナさんは吹き飛ばされた。

「エレーナさんッ!」

 悲痛に満ちたぼくの声が響きわたる。

 エレーナさんの小さな体は、壁に打ちつけられた。大きな音が鳴り、崩れた壁がまるで砂塵のように舞う。

 キュクロープスが下卑た笑いを浮かべていた。





 顔をしかめながらエレーナさんは立ち上がる。

 エレーナさんが赤い何かを吐いた。……血塊だ。

 それを見て、エレーナさんの方にぼくは駆け寄ろうとしたけれど、

「来ないでッ! これくらい何ともないから大丈夫よ。こっちに来たら、絶対にダメ!」

 ぼくの方にまで届く大声を出したがために、エレーナさんは再度吐血し、そのまま倒れ込む。

 その様子を見ていたキュクロープスは、ゆっくりと、だが確実に歩を進め、エレーナさんを追い込んでいく。

 苦痛に満ちた表情を浮かべながら、二刀を杖代わりにしてエレーナさんは立ち上がった。

「さあ、くるなら来なさい。これで決めてやるわ」

 エレーナさんの喘ぎながらの言葉が理解できたのかはわからないけれど、突如キュクロープスが雄叫びを上げ、もの凄い速度でエレーナさんへと迫る。

 キュクロープスが棍棒を振り上げ、振り下ろす。風を裂く音がする。

 それをエレーナさんは間一髪で避ける。そしてそのまま脚を斬る。白い輝きに覆われた刃が、キュクロープスの脚を切断(・・・)した。

「通った……!」

 ぼくは思わず感激の声を上げる。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ」

 痛みに耐えかねたのか、キュクロープスが大声で叫ぶ。

 その様を見たエレーナさんは、笑みを浮かべて跳躍し、キュクロープスが棍棒を持っている腕を斬り落とした(・・・・・・)

 そこからのエレーナさんは、まさに鬼神のようだった。

 斬る。

 斬る斬る。

 斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 腕、肩、脚、肩、腹、首と斬り、キュクロープスはすでに絶命しているにもかかわらず、エレーナさんは斬り続けた。肉が飛び、血が舞い散る。



 キュクロープスを肉塊へと変えてから、ようやくエレーナさんは動きを止めた。

「はあ、はあ……はあ…………はあ、はあ……」

 エレーナさんが肩で呼吸をしている。

 凄惨な行為を見て、ぼくの喉に酸いものが込み上げてきた。堪らず、ぼくは嘔吐する。

 今までの魔物は人の形をしていなかったので、そこまでグロテスクに感じなかった。どこかゲームをしているような気さえした。だけど一つ目という特徴以外は人の形をしていたキュクロープスが肉塊へと変わる様を見ると、生理的な嫌悪を催した。



 エレーナさんはその場に座り込み、浅い呼吸を繰り返す。いつの間にか白い輝きは消失している。

 エレーナさんの呼吸が落ち着くまでに、ぼくは計6回吐いた。5・6回目は、胃の中に吐くものがなかったのか、緑色の液体が出た。喉が焼けるように熱い。

 いつの間にか納刀したエレーナさんがぼくの方に近寄ってきた。エレーナさんの服は、返り血で真っ赤に染まっている。

「随分ひどい有り様じゃない。大丈夫?」

「そっちこそ、返り血で服が大変なことになってるよ」

 話しながら、喉に酸いものがまだあることに気がつき、ぼくは顔を顰める。とても気持ちが悪い。

「口を開けなさい。魔法で洗ったげるわ」

 汚れた口内を少女に見せることに少し躊躇したけれど、結局ぼくは口を開いた。

「《アセール・ヴァッサー》」

 空気中に突如現れた水がぼくの口内に入る。

 ぼくは口をすすいだ。

 エレーナさんが再度、

「《アセール・ヴァッサー》。ほら、もう一遍すると、綺麗になるでしょ?」

 ぼくは再びうがいをした。舌と喉に感じていた気持ちの悪い酸い感じがやや落ち着いて、ぼくは一息つく。

「エレーナさん、ありがとう、助かったよ。ぼく一人だったら、取り返しのつかないことになってたかもしれない」

「そもそもあんた一人じゃここに来てなかったと思うけどね。にしても、まさかこんなところでキュクロープスに遭遇するとは思ってなかったわ」

 そう言って、エレーナさんは地面に腰を下ろした。

「……ところで、エレーナさん、その、あそこまでする必要があったの?」

 思い出しただけで吐き気が湧き上がってきそうなむごたらしい行いだった。当分肉は食べたくないとぼくは思う。

「……ちょっとやりすぎたわ。あんなに斬っちゃうと売れる部分もないしね。…………っ! まずいわ、手を貸してッ!」

 突如、地面一帯に青い幾何学模様が浮かび上がった。

 もしかして、これは魔法陣……?

「早くしなさいッ!」

 言われ、咄嗟にぼくは腕を伸ばす。

 エレーナさんとぼくの手が触れ、そして手を繋ぐ。

 次の瞬間、地面が割れた。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 ルビを振ってほしい漢字がありましたら、気軽に教えてください。


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