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攻撃魔法の使い手  作者: 餅は餅屋
第1章 パーティー結成篇
10/18

1-10 初めてのダンジョン探索 【中、その1】

「何かいるわ……多分だけど、大きなやつがね」

 そう言ってエレーナさんは奥の方を睨みつけた。

 エレーナさんの見ている方向をぼくは注意深く見るけれど、何も感じ取ることができない。

「えっと……全然分からないんだけど…………」

 きまり悪くて、頭をポリポリと掻きながらぼくは言った。

 そんなぼくの様子を横目で見ていたエレーナさんは、俄に真剣な表情をして、

「……いいッ? 相手がどのくらいの強さか分からないから、注意してッ! 絶対に私の前に出ないでッ! 分かった!?」

 くし立てるようなエレーナさんの物言いに気圧されながら、ぼくは「わかった」とだけ答えた。

 そしてエレーナさんが1歩を踏み出したとき――。



 ――ドシン。

 地面が悲鳴を上げるかのような振動が足元を伝って体へと響いてきた。

 ――――ドシン、ドシン。

 また、振動が伝わってきた。それも今度は立て続けに2回もだ。

 大地が揺れているかのような錯覚を起こして、ぼくは思わずよろめいた。

 対してエレーナさんは、2本の刀を鞘から抜いて構えている。

「来るわよ、下がってて!」

 神妙な顔つきでエレーナさんが言う。

 ぼくは首肯し、エレーナさんから少し離れたところに陣取る。何が起きてもすぐに動けるように辺りを警戒しつつ、ぼくは1度ダガーの柄を触り、そしてロッドを固く握り締めた。

 ――ドシン、ドシン、ドシン。

 またしても地面が揺れる。

 振動に少し慣れたからか、ぼくは体のバランスを取ることで、体勢を崩さずに済んだ。

 エレーナさんは微動だにせず、平然とその場に佇んでいる。



 魔物が姿を現わした。

「な……で、でかい…………」

「そうね……思ってたよりも大きいわ」

 ぼくの吃驚の声に、エレーナさんが反応する。

 ぼくとエレーナさんの目に苔色の巨人が映った。

 ぼくの身長の3倍くらいの背の高さだろうか。手には巨体に見合う大きな棍棒を持っていて、のっそのっそと緩慢な歩みでこちらへと近づいてくる。

 そして何よりも、そいつの最も特徴的なのは――、

「一つ目の巨人? ……もしかして、キュクロープス? なんでこんなところに…………!」

 エレーナさんは愕然としつつ、気力を失わないようにと柄を強く握る。

「あれってかなり強そうなんだけど……大丈夫?」

 エレーナさんはぼくの方を振り返って、

「……なんとかするしかないでしょ。初めて戦うのがあいつだと、あんたには荷が重すぎるでしょうし。……怪我をしたくなかったら、あんたは何もしないでそこにいなさい。私が戦っている最中にあんたが魔法を撃ってくると思うと、ぞっとするから」

 ひどい言われようにぼくは少し憮然としつつ、

「いや、不甲斐ないけど、エレーナさんに任せるよ」

「そう、分かったわ。……勘違いしてほしくないから言うけど、あんたが信用できないってわけじゃないわよ? まだあんたの魔法を1度も見てないのに、あんたと私がいきなり連携を取るのは難しいと思っただけよ。気を悪くしたのなら、謝るわ」

 エレーナさんの真意を理解して、溜飲が下がったぼくは、

「大丈夫、エレーナさんの言う通りだと思う。ぼくは魔法を使わないから、エレーナさんは存分に戦って。ぼくは何もできそうにないから、戦闘の邪魔にならないようにだけ気をつけるよ。全てをエレーナさんに任せることになってしまうけど……」

 何も手伝えなくて申し訳ないとぼくは思う。

「そんなの気にしなくていいわよ、仕方のないことなんだから。それに私は案内役よ? こういうときのために、私はいるんだからっ!」



 あれこれと話しているうちに、巨人――キュクロープスが迫ってきていた。こちらに近づくことで、改めてその大きさがよくわかる。

 ずっしりとした丸太のように太い腕は、はちきれんばかりの筋肉で盛り上がっている。胸筋は鎧さながらといった具合だ。それらを支える脚は巨体に見合った大きさをしている。

 キュクロープスと比べると、いやが応でもエレーナさんはちっぽけに見える。



 エレーナさんがどのようにして戦うのだろうかという好奇と果たして本当に彼女が勝てるのだろうかという不安、そして彼女に怪我をしてほしくないというエゴが綯い交ぜになって、ぼくの胸中で渦巻く。

「私の刀がどこまで通用するのか……良い腕試しになりそうね」

 キュクロープスの方に顔を戻し、その動向をエレーナさんは注視する。

 そして突如、エレーナさんが動く――。

 地面を蹴り、数歩で一気に加速。キュクロープスの眼前まで疾走する。

 迫ってくるエレーナさんに反応し、キュクロープスが豪腕を振り上げる。

 けれどもエレーナさんの速度は尋常ではなく、キュクロープスが腕を振り上げきる前に、エレーナさんは脚を斬りつけた。

はやいッ!」

 ぼくの声に熱が入る。



 しかし刀は、予想外にもガンッという鋼鉄を叩いたような音を鳴らした。

「え……?」

 ぼくは呆気にとられる。

 エレーナさんが交差して振るった刀は、あろうことかキュクロープスの体に弾かれていた。

 エレーナさんは腕をだらんと下げている。勢いに乗った攻撃だったため、反動がもろに体を襲ったのだろう。もしかしたら腕が痺れているのかもしれない。

「……魔力で筋肉を覆ってる? それとも身体強化の魔法? どっちにしろ、このままだと埒が明かないわね」

 エレーナさんが毒づいているうちに、キュクロープスが棍棒を振り下ろす。

 巨体に見合わぬ速さで死をもたらす棒が空気を切り裂き、エレーナさんに迫る。

「危ないッ!」

 ぼくは思わず叫ぶ。

「わかってるわよッ!」

 エレーナさんはキュクロープスの背面に回ることで棍棒を回避。そして大きく跳躍し、そのまま腰のあたりを斬りつけた。

 けれどまたもや刀は弾かれ、先ほどと同じような音が鳴る。

「……背後も弾くとなると、全身が刃を通さないとみた方が良さそうね」

 すたっと地面に着地し、エレーナさんはキュクロープスと一旦距離を取るため、ぼくのいる方へと向かう。



「エレーナさん、大丈夫?」

 エレーナさんの身を案じ、ぼくは声をかける。

「ええ、問題ないわ。それにしても、やたらと堅いわね、あいつ」

「何か策はあるの?」

 聞きつつ、どうしようもなくなったときに、どのようにして2人で逃げ出そうかとぼくは思考を巡らせる。

「そうね、生憎私にはこれしかないの」

 エレーナさんは、ぼくに見えやすいように刀を持ち上げ、軽く打ち鳴らした。

 キュクロープスが牛歩のようなのろさで、ぼくらの方へと迫ってくる。しかし歩幅が大きいので、ぼくらが長話をする時間はない。

 エレーナさんが話を続ける。

「……だから、この二刀で切り抜けるしかないわ。もしも私がやられそうになったら、あんたは私を置いて逃げなさい。これはお願いじゃなくて、命令よ。本当は1度もあんたが魔法を使うところを見てないから、1人で行かせるのは心配なんだけど、そんなこと言ってられる状況ではないものね。大丈夫よ、あんたがあいつから逃げられるくらいの時間は意地でも作ってみせるわ」

 キュクロープスが1歩進むたびに騒音が鳴り、大地が揺れる。

「えっと、キュクロープスだっけ……とにかく あいつは歩くのが遅いから、今なら2人で逃げられるんじゃないかな?」

「……たぶん無理よ。今はゆっくり歩いてるけど、速く走ることもできるはずよ。さっきの棍棒を振り下ろす速度を見たでしょ? あれだけ素早く動けるのだから、私たちが背を向けて逃げようとすると、すごい速さで追ってくるはずよ」

「それは実際にやってみないと分からないんじゃないかな? 試す価値はあると思うんだけど……」

「たしかに、あんたの言う通りかもしれないわね。……だけどね、私は逃げたくないの。どんなときも私は自分の刀術を信じて、生き延びてきた。そしてそれはこれからも変わらないわ。……あんたは私のことを莫迦ばかだと思うかもしれない。それでも私にはどうしても曲げられないことなの。だから逃げるなら、悪いけどあんた1人で逃げて。……無責任なことを言って、ごめんなさい」

 そう言って、ぼくの目をエレーナさんは真正面から見つめる。

 エレーナさんの表情に、ぼくは違和感らしきものを覚えた。

 今のエレーナさんが浮かべている面持ちはどこかで見た覚えがある。

 どこだろう。……ああ、そうだ。マテーシスへと向かう馬車の中で、いまと似た表情を見たんだった。

 毅然としつつも、どこか悲しみを背負っていて、いつの間にか消えてしまいそうに儚げで悲愴な顔だ。これが違和感というか、既視感の正体なのだろう。

 どうやらエレーナさんの選択肢には逃げるという項目がないようだ。

 たとえ一人になっても逃げることなく戦い続けるというエレーナさんの信念がぼくにひしひしと伝わってきた。

「……一応、了解。ギリギリまでここにいるよ」

「あんたがそれでいいなら、私は構わないわ」

 エレーナさんが微笑を浮かべたので、釣られてぼくも微笑んだ。

 いつの間にかキュクロープスがぼくたちの眼前まで迫ってきている。



「そろそろ話はおしまいね。あんたはもっと下がってて。こいつとの戦いにケリをつけるわ」

「わかったよ。気をつけてね、エレーナさん」

 エレーナさんが頷いたのを確認し、ぼくは後方に下がった。

「さて、それじゃあいくわよッ!」

 キュクロープス目掛けて、エレーナさんが駆け出した。


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