初陣
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研究施設の侵入者の一件も片付き、誠達はまたいつもの日常に戻った。
「アキ、お前の射撃精度は申し分はないが、もっと周りを見た方がいい。前衛のくるみを誤射仕掛けてたぞ」
「…すまない、くるみ」
「えっ、いえ、悪いのは前衛に出過ぎてたこっちですよ」
くるみは自分のミスをちゃんと分かっているようだがなかなか治らない。
走り始めると歯止めが効かないのが彼女の欠点だ。
しかし、人というものは急には変われない。これからゆっくり治していこう。
「…美咲、射撃精度が落ちてきてる。もっと落ち着いて撃て」
「うっさいわね…わかってるわよ」
美咲は素直ではないが、少しずつ成長してくれている。
この頃は多かった射撃ミスも少なくなってきている。
皆が少しずつ成長出来ているのが誠にとってはとても嬉しかった。
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「よぉ、誠、最近訓練学校に顔出して無かったけど、なんかあったのか?」
研究施設であったことは敵に情報を漏らさない為伏せておけと総務から言われていた。
「あぁ、ちょっとな」
「それにしてもよぉ誠ぉ、お前も立派になったなぁ、俺は嬉しいぞぉ」
「誰の親だよ」
笑いながらそう答えると健太が言った。
「なんか、お前ちょっと変わったよな」
「そうか?」
「あぁ、前はもう少しネガティブで根暗なイメージだったぞ」
「酷いなぁ」
誠の印象は彼女達と会ってから変わったのかもしれない。
確かに大きな実感を感じている。
誠は「じゃあな」と言うと、健太が手を振り返してくれた。
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誠達の捕まえた中国人スパイ6人に聴取を行ったところ、中国が韓国と同盟を組み、九州を攻撃するという情報を得た。
軍はすぐさま作戦本部を立ち上げ、迎え撃つことを望んだ。
人員不足の為、訓練学校に所属しているうちの何人かと、人口銃器戦闘兵器達を動員するらしい。
もちろんその中に誠も入っていた。
誠は人口銃器戦闘兵器達のバックアップを行う分隊に配属された。
しかしながら、実戦経験の浅い誠達はもちろんのごとく最後列に配備された。
今回の作戦に参加出来なかった健太からは「がんばれよ!」と言われて背中を強く叩かれた。
初めての軍服を着て、緑の迷彩柄のヘルメットをかぶり、ベルトを留める。
「ほら、早く乗りなさいよ!」
プロペラが回り始めたヘリの中から美咲の声がして、足早にヘリに乗り込んだ。
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今回の作戦はこうだ。
既に日本海沖で交戦中の海軍からの情報を元におおよその上陸地点を予測。
いくつかの分隊に分かれ、中国軍が上陸したところを攻撃するという作戦だ。
人口銃器戦闘兵器は試用段階なので、今回は全員同じ分隊に回されたようだ。
誠達の分隊は長崎県沖を守る事となった。
「海軍からの連絡が入った。中国軍が海軍の猛攻撃をすり抜け、上陸するらしい。厳しい戦いが予想されるが、気を引き締めていけ!いいな!」
「「はい!!」」
生死が関わった本物の戦争である。油断は出来ない。
「なお、我々の目的は人口銃器戦闘兵器達のカバーだ。くれぐれも邪魔はしないように、では頼む」
誠達は皆それぞれの陣営に着く。
大きな波の音が聞こえてくる。
何も変哲もない普通の波。
その時無線から連絡があった。
「長崎県北西側沖に敵影!間もなく上陸する!迎撃せよ!」
誠は息を飲んだ。
もうすぐ戦争が始まる…。
その時また無線が聞こえた。
「こちらB1部隊、分隊長に報告します!α地点を喪失!さらに、敵部隊はb地点に向かっています!」
予想よりも早く突破されてしまったようだ。
誠達がいるB6部隊は最後列である。
まだ敵の攻撃はまだ受けないだろう。
「アキ、ポジショニングは大丈夫か」
「……」
アキは無言で親指を立てた。
「最後列だからと言って油断するなよ、敵はいつ襲ってくるかわから…」
その時だった。
遠くからパンパンと連続して音が鳴ったと思うと、隣の草むらに隠れていた仲間が血を吹き出して倒れた。
「!?」
「しまった!こちらB6部隊!分隊長に報告…ぐぁっ!」
さらに無線を取ったもう1人の仲間も倒れた。
まずい、非常事態だ。
海軍が発見していなかった艦隊が先に上陸して、待ち伏せていたのだろうか。
南側から敵が溢れ出してくる。
俺は急いで石垣に隠れ、無線を取った。
「こちらB6部隊!敵に攻撃を受けています!救援頼みます!」
「了解した!すぐに向かわせる!」
石垣にビシビシと銃弾が当たる。
「ひあっ!?」
頭に大きな衝撃が襲った。
どうやらヘルメットを銃弾がかすめたようだ。
「くそっ、一体どうすれば…」
その時、シュコッという音がしたと思った瞬間、銃弾の雨が止んだ。
次々に音がして、敵が倒れていく。
「アキ!!」
「…」
アキはスコープを覗いたまま、少し笑った。
先ほどの射撃はスプレッサーを付けた〔DSR-1〕の発砲音だったようだ。
アキは匍匐体勢で次々に敵を薙ぎ倒していく。
「俺もッ!」
誠も近くに設置されてあった機関銃で敵の出を抑える。
ダダダダダダダと頼もしい機関銃の銃声が響いた。
「みんな!スナイパーを援護してくれ!敵を近づけさせるな!」
他の仲間達も立ち直り、次々と敵に発砲した。
アキももちろん、訓練でも披露していたあの優秀な狙撃で敵を撃ち殺していった。
そんな戦場の最中、誠は自分の父親、柊 晃について思い出していた…。
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「父さん!次は早く帰って来てね!」
父さんに抱きついた少年時代の誠。
その父さんが来ていた軍服は少し血なまぐさかったのを覚えている。
父さんはいつも同じ防弾ゴーグルを頭につけていた。
「あぁ、次はできる限り早く帰る」
そう言って父さんは7年、ずっと中米の戦地のど真ん中にいる。
今頃も仲間達と戦場を駆け巡っているのだろう。
17歳になった誠は落ちぶれながらもここまで来た。
今まで才能が無いだの向いてないだの散々言われ続けた。
頭も良くないし、技術もない。
そんな誠は今、戦場にいる。
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どのくらいの時間が立ったのだろうか、機関銃のグリップを握りっぱなしだった誠の腕は限界に達し、痙攣し始めていた。
他のみんなも疲弊し弾薬も残り少ない。
しかし敵の出は収まるどころか増えていく一方だった。
その時茂みから匍匐で距離を詰めてきた敵がこちらに銃を向けて立ち上がった。
その瞬間だけが、スローモーションの様に遅く感じた。
もうダメだと思ったその時、目の前が白く染まった。
フラッシュグレネード。
「救援に来たわ!」
「皆さん大丈夫ですか!?」
どうやら、助けに来てくれたのは美咲とくるみの2人だったようだ。
そして、誠は意識を失った。
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「誠!誠!」
誰かが呼ぶ声がする。
「起きてください、誠さん!」
まだ眠いんだ…放っておいて…
「…起きろ」
「グハッ」
アキが蹴り飛ばしただろう脇腹に強い痛みを感じて意識が回復した。
どうやらここは救護テントのようだ。
「良かった…」
くるみが抱きついてきた。
誠はその頭をそっとなでた。
しばらくするとくるみは泣き出してしまった。
「バカね、無茶し過ぎよ…」
「ごめん…」
美咲はそれだけ言ってそっぽを向いてテント外へ行ってしまった。
「…無事で、良かった…」
「アキ、ありがとうな、お前がいなかったら今頃死んでたよ」
笑いながらそう答えるとアキは「…それ…笑い事じゃない…」と言った。
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中国との交戦はおよそ4時間だった。
多くの敵は彼女達によって屍となった。
だが同時に、誠の分隊からも多数の死者が出た。
誠も生きるのに必死で、夢中で銃を撃った。それが他人の命を奪う道具なのだと後で気づいた。
「…これが戦争」
アキがふと口を開いた。
「殺らなければ自分が殺られる。だから夢中で人を殺す」
誠は顔を俯けた。
「でも、自分を責めないで。これは柊 晃の言葉」
俺の…父さんが…。
「これが正しいことでも間違いであっても、生きろ」
「…アキ、ありがとう」
「…」
アキは再び目を閉じた。
この戦いで多くの死者が出たが、なんとか敵の殲滅には成功した。
生き残っていた敵は、捕虜となるだろう。
誠達の活躍はかなり大きかっただろう。敵の奇襲に対応し、死者は出たものの一人も敵を通さなかった。
誠は、このことを一刻も早く父親に知らせてあげたかった。
『見てみて!ヒコーキ!』
幻覚…か。
何処か昔の自分を見ているようで、誠は少し照れ隠しするようにヘルメットを深く被った。