第二話
「では第四回、何故前田啓介君はモテないのか会議を始めまーす!イェーイ!パチパチパチー」
意気揚々と拍手をしながら和室に入って来た母は、妹達が見ていたテレビの電源を切ってそんなとんでもない発言をした。というか、第四回って数字が生々し過ぎるんだが…。冗談ですよね?
「えー、またやるのー。もう第一回で結論出たじゃん」
「兄ちゃんは…兄ちゃんだからモテない…」
俺の方を睨み付けてテレビが切られたことに反抗しているのは、長女の綾乃、中学二年生。母に似たクリッとした大きな二重が特徴だ。
一方、ボソッと酷いことを言ってのける髪が長い方は次女の千郷、小学五年生。こちらはいつも眠たげな目をしている。
どっちも俺とは似ても似つかぬ見た目で、可愛らしいルックスなんだが、この通り全く可愛くない。
「今回はそんなマンネリ化した議論を改善するために、特別ゲストとして前田啓介君が来てます」
「本人が来ても何も変わんないよ」
「まあまあそう言わずに。ほら、啓介も何か言いなさい」
「兄ちゃんは兄ちゃんだからモテないって流石にちょっと酷すぎやしませんかね…」
「でもこれ第一回から揺るぎないもんね」
「うん」
本当に三回もやってたのか……。母さんどんだけ俺のこと心配なんだ。なんか逆にごめんなさい。
「じゃあどうすればモテるか考えてあげましょう」
「無理」「うん」
「おい俺は妹の前でも泣ける男だぞ」
ここ数日目とか鼻とか背中とか、あらゆる所から液体を流している。そのせいかやたらと喉が乾くことを思い出して、手元にあったマグカップにお茶を注いだ。
「それ綾乃のだから使わないで!」
即座に取り上げられた。「あ、ごめん」とナチュラルに謝ってしまう自分があまりにも悲しい。母の哀れみを込めた視線がより一層心を締め付けた。そんな今にも泣きそうな顔しないでくれよ。こっちが泣きたくなるわ。
「兄ちゃん、もうこの街じゃ有名人。平成の両津なんて仇名がある」
「そんな不名誉な仇名まであるんですか…」
確かに俺はこの街じゃちょっとした有名人だ。幼い頃から色々と不祥事を繰り返してきた結果、何故かそうなってしまった。しかし、不祥事とは言っても万引きとかそういう法に触れる類のことはしていない。小さい悪戯の積み重ねがこのような仇名を付けられる原因になったんだろう。女子にカンチョーとかね。
「平成の両津……確かに言い得て妙だわ」
母は笑いを堪え切れず、会議の議長であるにも関わらず鼻で笑っていた。おいさっきの泣きそうな顔は何処へ消えた!
「高校入ったら俺は変わるんだ〜とか毎日言ってたくせにまた学校でゲームしてるんでしょ?バッカみたい」
「確かにそれはそうよね。最初はコンタクトして髪も整えて頑張ってたのに、三日でメガネに戻しちゃうし髪はボサボサ。今じゃ悪戯仲間にも距離を置かれてるじゃない」
「……」
「ほら、もう結論出たじゃん。兄ちゃんは兄ちゃんだからモテない。そして兄ちゃんは兄ちゃんである限りモテない。以上」
綾乃は投げやりにそう言って、机の上に置かれたリモコンを手に取ろうとする。しかし母がその手を掴んで阻止した。
「まあ待ちなさい。今まではそれでよかったかも知れないけど、今回はそういう訳にもいかないのよ」
「え?なんでよ!」
「お兄ちゃんに好きな人ができたからよ」
母の言葉に妹二人は絶句した。綾乃は本当に嫌なものを見るような、引きつった顔でこちらを見ている。一方、千郷は俺の鞄を手に取り、中からゲーム機を摘み出した。
「千郷、ゲームじゃないわ。リアルよ」
母の言葉に千郷は目をパチクリさせ、思考が停止したかのように固まってしまった。こいつらどんだけ失礼なんだよ。
「兄ちゃんに人を好きになる権利なんてあったの?」
「あるわ!!」
思わずデカイ声でつっこんでしまった。すると千郷がビクッと反応し、ようやく意識を取り戻した。
「どんな……人?」
まるで人であるかどうかを尋ねているかのようなイントネーションだった。
「いやー、それがねぇ。ものっすごい美人なのよ。転校生らしくてね。高嶺の花なんてもんじゃないわ。白雪姫よ」
「お姫様…」
「無理じゃん、ドンマイ」
悔しいが何も言い返せなかった。この話を聞いて可能性があると思える人間は俺以外いないに等しいだろう。俺は自分の立場を客観的に見れるぐらいにはネガティブだ。
「ところがどっこい。お兄ちゃんはなんとその子と友達になれたのでしたー。つまり、可能性はゼロじゃないの。だからお兄ちゃんの悪いところを指摘してあげて?」
母がやんわりと言い返してくれた。しかし本人の目の前で妹に欠点を指摘させようとする辺り、中々の畜生である。
「「顔」」
二人の第一声は見事に重なった。綺麗にハモった声を聞いて、妹たちは互いに顔を見合わせ、笑顔でハイタッチ。畜生遺伝子はしっかりと引き継がれているのであった。泣くぞ。
「なるほどなるほど。顔…ね。他には?」
いや、あんたも真剣に耳を傾けてんじゃねーよ。顔が悪いなんてこちとら百も承知してますって。
「「性格」」
その後も妹達の指摘、否、罵倒は長々と続いた。まるで口裏を合わせたかのように、次々とハモらせていく二人の言葉はあまりにも残酷で、俺は瞳に液体を貯めざるを得なかった。それとは反比例して、笑顔が増していく妹たちの姿は何故か物凄く滲んで見えたそうな。