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 目を覚ますと視界に広がるのは夜空ではなく、見慣れた天井だった。

 自分の記憶を辿る。確か俺は道端で気を失ったはずだ。それなのに何故か今は自宅の和室に寝っ転がっていた。


「あら、気が付いたかしら」


 キッチンから声が聞こえた。母の声だ。何が起きてるのか理解できない俺は、取り敢えず身体を起こす。


「母さん?なんで俺ここにいるの?」


 俺の質問に答えるために、エプロン姿の母が一度作業を止めて和室に入ってきた。


「あんたが道の真ん中で寝てたから連れて帰って来たのよ。自転車で何か轢いたと思ったらあんただったの。笑えるでしょ」


 アッハッハと豪快に笑いながら母は言った。いや、笑えねーよ。他人だったら大事じゃねーか。


「本当、大変だったんだから。あんたは全く起きる気配ないし、鼻血は止まらないしどうやって持って帰るか四苦八苦したわよ」


「ご、ごめん。それで結局どうやって持って帰ったんだ?」


「偶々山下さん家の側だったからソリを借りてね、引きずって来たのよ。ご近所さんに感謝しなきゃね」


「もうちょい手段選んでくれよ…」


 夏に母親にソリで引きずられるとか絵面がシュール過ぎる……公開処刑じゃねーか。これからご近所さんとすれ違うたびに「前田君、ソリで引きずられてたけどどうしたの?」とか聞かれる羽目になったら泣くぞ。


「なーに言ってるの。そもそも道の真ん中で堂々と寝てるあんたが悪いんだから」


「……はい」


「一体何があったの。どうせあんたのことだからくだらない事なんでしょうけど、話してみなさいよ」


 母は先ほどまでのケラケラした態度を一変して、少し真面目なオーラを醸し出して話を聞く態勢になっていた。恐らく、こんな息子でも心配なんだろう。そう思うと尚更言えない。

 転校生を尾行して同級生に殴られたなんて言える訳がなかった。


「ま、なんとなく分かってるんだけどね。今日若野先生から電話があったから」


 無言で貫き通そうとしている俺の魂胆を察知してか、母は自分の推測を話し始めた。


「先生がくれたヒントはね。今日あんたがホームルーム中にゲームをしていたという報告と女の子の転校生が来たことの二つ。どうせまたドキメモしてたんでしょ。懲りないんだから」


「すみません…」


「それと今日道端で寝ているあんたを見つけた時に得た情報は、あんたが鼻血を流していたこと。滅多に鼻血を流さないあんたが鼻血を出す原因として考えられる要因は二つ。

 一つは単純に何かに興奮して出た可能性。もう一つは殴られたりぶつかった結果出た可能性。

 道端で倒れてたことから考えて後者の方が可能性は高いわね。もしくは両方か…」


 片肘を机に乗せて頬杖をつき、少し目を細めながら母は見事なまでの推理力を発揮した。この強引な推理が的を射てるのは母が俺のことを知り尽くしているが故だろう。俺は只々感心するばかりであった。


「どっちにしろあんたが倒れていた事情を話さないところから察するに、あんたにも非があることは間違いない。

 つまり、見ず知らずの人間に殴られたり、何かにぶつかった可能性は低い。何かしらの後ろめたさをあんたは抱えている。そうでしょ?」


 すげぇ、まるで見ていたみたいに的確だ。流石我が母。息子の愚行はなんでもお見通しである。

 母親という生き物は息子が駄目人間であればあるほど、観察力が上がり推察力も付く。優等生は放っといても勝手に育つからな。手間のかかる分、よく理解できるという訳だ。


「沈黙を肯定と捉えた結果出る結論は一つ…ズバリ!ドキメモに夢中だった前田啓介君は転校生に一目惚れして恋に芽生え、尾行した結果見つかって殴られた!どうよ!」


 母の目は異常にキラキラしていた。それはまるで息子の肯定を期待しているかのように感じられた。

 今までギャルゲーにしか興味がなかった息子の恋を応援したい。そういった思いの結晶が表情に現れていた。


 だから俺は一度だけ。首をゆっくりと縦に動かし頷いた。


「やっぱりそうなのね!で、相手はどんな子なの?洗いざらい吐いてもらうわよ!」


 俺はその言葉を聞いて観念し、今日あった出来事を全て話し始めた。元々俺は自分に非があるとあまり思っていない。ただ、情けないから話したくなかっただけだ。


 そんな前提を踏まえた上で切り出した話を、母は全く笑わず真剣に耳を傾けて聞いてくれた。


「ふーん…なるほどねぇ。そりゃ確かにいくらあんたと言えども、ちょっと過剰防衛だと思うわ」


 今日起きた出来事をありのまま話した結果、母は少し不服そうな顔でぼやいた。


「ですよね!流石に話し掛ける前に突き放されたら、こっちもどうしようもないってもんですよ!」


「まあねぇ、でもあんただからこうなったのよ。あんたじゃなかったら東野さんもここまで拒絶しなかったでしょ。友達ぐらいにはなれたでしょうに」


「うっ…」


 自分でも重々承知していたのだが改めて母親に言われると、胸が締め付けられる。僕ちゃんのガラスのハートが割れちゃう……


「ま、そんなこと言っても後の祭り。尾行が見つかった以上東野さんは今まで以上に警戒するだろうし、きっかけを作るのはより一層難しくなったという訳で。この状況を打破するには…」


「打破するには…?」


 母の言葉に俺はゴクリと生唾を飲む。母は真剣だった表情を緩め、提案を出した。


「私が一肌脱ぐしかないようね!安心しなさい。私が手伝えばどんな野郎でも相思相愛。恋のキューピッド、千春ママにお任せあれ!」


 ドーンと船長よろしく机に片足を乗せ、母は胸を張って宣言した。人差し指を天井に向けて立て、自信満々なご様子である。

 瞳の輝きは十代のそれと大差ない。三十後半とは思えないバイタリティーだ。俺はそんな母に圧倒され、まるで強要されているかのように恐る恐る首を縦に振った。


「そうと決まれば話は早い!明日あんた学校終わったら今日と同じことをしなさい」


「今日と同じって…?」


「尾行よ尾行。ただし校内は駄目よ。若野先生には流石の私も勝てないし…。生徒の目も気になるからね」


 若野には勝てないってあんた一体東野に何するつもりだよ。というか若野は何者なんだ?やっぱり奴はグラップラーなの?


「でもそれじゃまた殴られるだけなんじゃ…殴られ損はもう懲り懲りだ」


「なーにぬるいこと言ってんの。恋はハングリー精神。弱音吐いてちゃ高嶺の花なんて無理よ。それに私を信じなさいって」


 ポンと俺の肩を叩いた母は、明るい笑顔を見せて俺を励ました。


「分かった」


 気恥ずかしさから、ありがとうとは言えなかったが、俺は心の中でそう呟いて愛想のない返事をした。


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