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 勿論、俺がこの程度で諦めるはずがない。

 待てば海路の日和ありという諺を信じて、俺は人目のつかない草木の茂みから校門を監視していた。我が校は校門が一つしかないため、帰路に着く生徒は必ずこの門を通過する。


 つまり、名迫さんも必ずここを通る訳だ。郊外ならば若野の管轄外。東野の目さえ気を付ければ名迫さんに話し掛ける機会が出来るかもしれない。


 そう、そもそも俺は名迫さんと話をしてみたいだけだ。それなのに第三者に拒絶されたり、罰を執行されたりあまりにも理不尽ではなかろうか。誰にだって友達になる権利はあるはずだ。そこに下心が含まれているかどうかは二の次だろう。


 嫌なら本人が拒絶すればいいだけのこと。そうされるまでは俺は諦めない、絶対にな。


 ……来た。行くぜ。尾行開始だ。


 夕日が照らす青き校門を、東野と名迫さんは楽しげに会話をしながら通過した。二人共自転車には乗っておらず、肩を並べて徒歩で帰路を辿る。

 俺は茂みをゆっくりと抜け出し、適度な距離を保ちながら歩き始めた。固い決心とは裏腹にコソコソと着いて行くそのざまはあまりにもダサい。流石に少し情けなさを感じた。


 電柱に隠れて二人の様子を伺う。二人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。しかし、会話の内容まで聞き取ることはできない。

 それでも俺は諦めずに、細心の注意を払いながら歩みを進めた。十五分ぐらいはそうしていたと思う。


 やがて、二人の分岐路が見えた。交差点に着いた二人は、少し立ち止まって会話をしてから名迫さんは左に、東野は真っ直ぐ進んでいく。


 ここからが勝負だ。如何に自然に名迫さんに話し掛けるか。それを脳内で目まぐるしく考えていた。


 幸い、この交差点を左に行く道は俺の帰路でもある。つまり「あ、名迫さん。家こっちなの?偶然だね、俺もこっちなんだ。今度から一緒に帰ろうか」と爽やかスマイルで誘うことができる。一緒に帰れるかは別として。


 取り敢えずここで立ち止まっていても仕方がない。東野もそろそろ見えなくなる頃だろう。動き出すなら今だ。そう思い、電柱に隠れるのを止めて、歩みを進めた時だった。


 前方にいる東野が振り返った。まるで俺がここにいるのを知っていたかのように。ゴゴゴゴと背景に文字が見えそうなほどの迫力があった。


 その上俺と東野の距離は、俺が想像していたよりもずっと近かった。俺の影が奴の足元に届いている。俺が考えごとをしている間、立ち止まっていたのだろう。


 正面に立つ東野は、不気味なほどニコニコしていた。しかし目元は全く笑っていない。ビリケンさんみたいな笑顔だ。あれ本当不気味だよな。人を幸福にしようとする意思がまるで感じられない。どちらかと言えば人を陥れて微笑んでるように見えるレベル。


 そんな張り付いた笑顔を微動だにさせないまま東野はこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。マズイ、ニゲナケレバ。コロサレル。

 身体は直感でそう感じていたのに、まるで俺は蛇に睨まれたカエルのようにその場を動けずにいた。ニゲタラコロスと東野の目が宣告しているからだ。


「偶然だな。こんなところで。何か良いことでもあったのか?ニコニコしてさ」


 俺は平静を装い、乾いてカラカラになった喉からなんとか声を振り絞って尋ねた。


「良いこと?あぁ、そうだ。良いことがあったんだ。聞いてくれよ」


「いや、聞いといてなんだけど遠慮しとくわ。俺急いでるからさ。また今度聞かせてくれよ。じゃな」


 機械のようにぎこちなく足を動かして、必死にその場を離れようとする。しかし間に合わなかった。


「まあ待てよ。白雪に関することだぜ?お前も知りたいだろ?」


 東野がリンゴを握り潰すかのように俺の頭を鷲掴みにして持ち上げた。俺と東野の身長差は低く見積もっても五センチはある。勿論、俺の方が高い。にも関わらず奴は万力のような握力を駆使して、いとも簡単に俺を持ち上げた。それだけで奴との実力差は明らかだった。


「どうした?早く答えろよ。私は中途半端が一番嫌いなんだ」


 言いながら更に握力を高める。この握力、弱まることを知らない。やべぇ。俺の頭陥没するんじゃないか。月のクレーターみたいになったらどうしよう。変化球とか投げやすそうだな。ってそんなどうでもいいこと考えてる場合じゃねぇ!


「おおお、教えてください!今すぐにでも聞かせてください!」


「おお、そうか。じゃっ、話してやるよ。心して聞け」


 東野は、コホンと咳払いをして話を始めた。


「実はな、帰りに若野先生と会ったんだ。話を聞けばとある生徒が白雪の尾行をしていたそうじゃないか。

 私はそれを聞いて呆れたよ。まだ転校初日だぜ?不安だらけの白雪に追い討ちかけるなんて許せねぇよ。そう思うだろ?」


「はいいい。思います思います!!すみませんでひたー!!」


「ん?なんで謝ってんだよ。まだ誰がやったかなんて一言も言ってないぜ?それにお前じゃないんだろ?流石にクラスメートがそんなこと、する訳ないもんなぁ」


「はい!違います!違います!私がそんな愚行をすることは決してありません!」


 否定するついでに首を振って意思を示そうとしたのだが、どれだけ首に力を込めてもビクともしなかった。どんだけ力強いんだよ…。先の展開に絶望しか見えねぇ。


「だよなぁ。じゃあなんで謝ったんだ?」


「そそそ、それは言葉の綾と言うか。あれです!あれ!今朝の不祥事から疑いをかけられてると思い、その誤解を解くためなんです!」


「そうか、それなら仕方ないな。ところでお前はこんなところで何をしてたんだ?」


「わ、私も下校していた次第です。帰り道がこちらなんです」


「ふーん、そうか。でも下校の割にはコソコソしてたよなぁ。今だって電柱なんかに隠れたりしてさ。何かあったのか?」


「そそそ、それはですね!私こう見えて追われる身でして。今もこうしている間に奴らがジリジリと迫っているのです!ハハハ」


 我ながらあまりにも嘘が苦しい。しかし拷問に近いこの状況下で、まともに頭が働くはずがなかった。タスケテポパイ……。


「へー、お前も大変なんだな。あ、そうそう今思い出したよ。若野先生が言ってたんだ。犯人の名前、前田って言うらしいぞ。お前知ってるか?というかお前、なんて名前だっけ?」


「えっと、私の名前はですね…」


 背中から滝のように冷汗が流れる。正直に答えるべきか。今答えたら間違いなく殴られる。答えなかったらどうなるんだ?

 沈黙は金とも言うしな。ワンチャンあるかも知れん。しかし確か沈黙は肯定だと聞いたこともある。

 残念ながら東野はそう捉えたらしい。


「おいおい、自分の名前も忘れちまったのか。仕方ないなぁ。教えてやるよ。お前の名前は……」


 そう言って東野は頭を掴んでいた手を離した。万力から解放され、着地した俺は膝に手を置き前屈みになる。

 そんな俺を他所に東野は右足を高く上げていた。地面とほぼ垂直な角度で高々と上がったそれに気付いた時には、既に振り下ろし始めていた。


「前田啓介だよ!!!!」


 ——白。


 高々と上げられたスカートの隙間から見える圧倒的純白。

 それが最後に見た光景だった。

 振り下ろされた足は見事に俺の脳天に直撃。俺は耐えきれず、崩れ落ちるように地面に倒れた。


「金輪際白雪に関わるんじゃない。お前みたいな人間が関わっていい相手じゃないんだよ白雪は」


 吐き捨てるようにそれだけ言い残し、東野は去っていった。俺は朦朧とする意識の中、最後に見た白き布を忘れられず、本日二度目の鼻血を流していた。


 茜空

 僕が見たのは

 白い雲

           前田啓介 辞世の句


 俺は霞む視界に身を任すかのように、その場で意識を失った。


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