英雄魔王伝1
太陽が昇り始めた時刻、鬱蒼とした木々に覆われたこの森は葉と葉の間から光を通し、何げない風景を幻想的に見せる。
そんな深い森の中、一人の女性が目を覚ました。
「う、ん。……?」
体を起こした女性は目の前をぼんやりと見つめ、不思議そうに言葉を発する。
「ここは……森、かしら?何で、アタシ、こんな場所に?」
ぼやけた視界を正すように頭をポンポン、と叩くと少し意識がハッキリとしてきて視界が少し鮮明になる。
一息ついて、とにかく今の現状を把握しなければ、と辺りを見回すと、自分の近くに倒れている二人の人間を見つけた。自分と同じく倒れていた所を見ると、もしかしたら自分の現状について何かを知っているかもしれない。
一人は鎧を身に纏った青年。短く切りそろえられた黒髪に濃い顔立ち、背丈は高い方のようだ。
見た目の第一印象は“真面目そう”といった所だ。
「……うっ、ん。」
観察を続けていると鎧姿の男がうめく様な声を発して目を覚ます。
「ん……ここは。…………お前は、誰だ。」
目覚めた鎧姿の男はゆっくりと起き上がり、自分を見つめている女性に気付くと、低い声で唸る。起き上がって間もないというのに鋭い眼光で睨みつけるその姿は人と言うより獣を連想させる。
だが、問い掛けられた女性はそんな刺すような視線もものともせず、飄々《ひょうひょう》と言葉を返す。
「なんだかアタシと同じような反応で面白みが無いわね。それで、アタシが誰かって?知らないわ、アタシ、記憶喪失なの」
以前変わらぬ態度で睨みつける鎧姿の男相手にしれっと返答する。
「ふざけているのか」
鎧姿の男は静かに吠える。そんな男の面白みのない真面目すぎる態度に女性は小さく溜息をつき、呆れたように続ける。
「それだったら貴方が先にご自分の事を話して下さらない?」
女性は妙にへり下った態度で鎧姿の男に訊ねる。
女の急な態度の変化に鎧姿の男は馬鹿にされているような気分になるが、確かに女の言い分は間違っていない事を認め、自身が何者であるかを丁寧に説明しようと記憶を探るが……
「俺は…………誰だ?」
鎧姿の男は静かに頭を捻った。はて、自分はいったい……。
と、そこまで考えた所で不快な視線に気づいた。
じーっと目の前の女に見つめられている。
「まぁまぁ、よくもまぁ自分の事を棚に上げてアタシに睨みつけるなんて真似が出来たわねぇ。まったく、ふざけているのはどちらなんでしょうねぇ?」
ハンッと小さく鼻を鳴らして、女性は見下すような視線を鎧姿の男にぶつける。先程、凄まれたことへの仕返しなのだろうが、どうやら彼女はやられたら倍返しにするようなタイプのようだ。
「すまないが、俺について何か知らないか?」
目の前で散々悪態をつかれているのに鎧姿の男は気にも留めず目の前の女に質問を投げかける。この男もなかなかに肝が据わっていると言えよう。
だが、その眉間にはシワが出来ていて、その質問をされた女の方も眉間にシワを作った。
「アタシと同じようにこんな所で寝ていて、またまた同じように記憶の無い鎧姿の男。あと、頑固そう。 という事しか分からないわ。貴方はアタシについて分かっている事は何かあるかしら?」
「黒いシスター服を着た女。あと腹黒そう」
女は微笑を浮かべ、男は顔を逸らして「フンッ」と鼻を鳴らした。
「結局、どっちも何も分からない、って事ね。」
そんな鎧姿の男を見てシスター服の女は「じゃあ」と切り出して、
「そこでグースカ寝てるロン毛が最期の望みってわけね。その望みは薄そうだけど」
シスター服の女は微笑を浮かべながらもう一人の男を指差す。
「この状況で情報を得られる可能性は……低い、か…。」
鎧姿の男は自分を納得させるように頷いた。
そんなこんなで髪の長い男はゆっくりと目を覚ました。
「うん……。うん?…………鎧の人? と、綺麗なお姉さんだー。」
目を覚ましたロン毛の男は、顔を隠すようなほど長い髪でどうやって見ているのかは分からないが、辺りを見て、そんな感想をこぼした。
「こういうのって、素が出るのよね。」
「なるほど。どうみても阿呆だな。」
「む、ちょっとちょっと!置いてけぼりで話を進めるのを止めるッス!」
「元気がいいのね、起きたばかりで状況も分からないだろうに」
「なるほど、馬鹿のようだ」
「さっきから何なんスかー!人の事をアホだのバカだのダメ人間だの言うのを止めるッス!」
ロン毛の男はややオーバーアクション気味に立ち上がり猛抗議を始める。
「私は別に言って無いけれど。」
「あ、そうッスね。ごめんなさいッス。」
ロン毛の男は少し落ち着いたものの、テンションの高さは変わらないらしい。
「それで、ココはどこッスか?」
そんな男の何も知らないような能天気な表情を見て、鎧姿の男は「はぁ」と溜息を吐いて眉間にシワを寄せ、シスター服の女は「面白くなってきたわぁ」と妖艶な笑みを浮かべた。
そんな二人の様子を見ながら、状況説明を受けてないロン毛の男はしきりに首を捻っている。
「とりあえず、このままじゃ何だから、あそこの切り株の所に行って。座りましょ。ちょうど三つあるみたいだし」
シスター服の女は、ちょうど座れるような高さに切られ、三角形になる配置の切り株を指差してそう言った。
「え……ちょ、え?」
現時点で髪の長い男は何も、説明を受けていない。
「ちょ、ちょっとーーーーーーー!!」
髪の長い男を置いて先を行く二人の背中に吠えるが、悲哀と混乱に満ちた叫びは静寂な森に消えていった。
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三人は切り株に向かい合うように腰かけた。
鎧姿の男とシスター服の女とロン毛の男が向かい合うという奇妙な構図が出来上がっていた。