アフリカンデイジーを込めて02
アフリカンデイジーを込めて02
振り向くと、スマホを片手に笑顔を浮かべるカイキが立っていた。
赤銅色の髪が、サラサラと風に靡かれ揺れている。
長めに伸ばされている前髪により、うっすらと影を落とし込んでいるオレンジ色の双眸が、影ではない暗闇を微量に宿していることに、雪乃は気付く。
彼はチラリ、とイッサーを一瞥するが、すぐに視線を雪乃へと戻した。
イッサーも、無言を貫く。
無視するつもりはないが、挨拶する必要はない、とお互いが判断したようだ。
「遅いよっ。約束の時間を三十分以上もオーバーさせるって、どういうこと?」
スマホの通話を切りながら、雪乃は少しだけ責めるような色を言葉へと加え言い放った。
「すみません。まさかこんなに遅くなるとは思っていなくて……。ところで、何ですかこの炎は……」
ふよふよ漂う炎に気が付いて、不思議そうにカイキが指を差す。
「寒かったから、暖をとってたのよ」
雪乃は力を使い炎を操作して、集結させる。
「なるほど。最近、急に寒くなりましたからね……。城へ、戻りますか?」
赤い光で雪乃を温める魔術を眺めながら、カイキが言った。
しかしその誘いを、
「いいよ、別に」
雪乃は首を横に振って断る。
城の温もりとソファーでゆっくりお茶でも飲みながら過ごすというのなかなか魅力的なのだが、あまり時間の残されていない身としてはカイキの申し出に甘んじる訳にもいかない。
そして、自分の用事は今ここで済ませられないほどの事でもない。
「そうですか……。今日は、何用でこちらへ?」
「ちょっとカイキに渡したい物があってね。こっちに、来て」
言い終わると、雪乃は自分の隣をポンポン、と叩き座るように促す。
「?」
きょとん、と首を傾げながらも、言われるがままカイキはベンチに腰を下ろす。
座ったことを確認したところで、雪乃はバッグからハートマークの印刷された小さな袋を取り出した。
「日頃、色々とお世話になってるしお世話をしているからね。はい、これバレンタイン♪」
そう言って、カイキの前へと押し出した。
「へっ。ば、ばれんたいん?」
カイキは素っ頓狂な声を上げ、雪乃とチョコを交互に見やる。
バレンタイン。
それは、二月に訪れるチョコにそれぞれの『想い』を込めて渡すイベントのことである。
カイキの住む世界に『バレンタイン』という概念はない。
けれど『バレンタイン』が存在する世界に関わるようになり、詳細は理解している。
「そう。今いる世界が丁度バレンタインのイベント真っ只中でね。張り切って作っていったら、思いのほか大量に出来ちゃって。だから、色んな人に義理チョコばらまいてるの」
雪乃は、にっこり笑った。
「そうだったんですか……。ありがとうございます」
カイキはふわり、と微笑んでチョコを受け取る。
「ここでいただいても?」
開封の許可を、求める。
「どうぞ」
雪乃がこくり、と頷きとともに承諾すると、カイキは袋に手を入れて茶色い包装紙と赤いリボンでラッピングされた箱を取り出す。
「へぇ。綺麗に出来てますね」
お店でラッピングしたかのように隙のない仕上がりに、カイキは感心したように呟いてスっとリボンを解き、ビリビリと包装紙を破る。
(容赦ねぇなぁ……)
もったいない、と思うのは自分が貧乏性だからだろうか。
「あ。トリュフ、なんですね」
ぱかっ、と箱を開け中身を見たカイキが、言った。
「そ。ちなみに、味は全部違うからね。右からキャラメル、フランボワーズ、紅茶、ピスタチオ、コーヒーよ」
「すごい。本格的じゃないですか……」
驚いた表情で、雪乃を見る。
「まっあね~♪」
「美味しそうですね。いただきます」
カイキはそう言うと、キャラメル味のトリュフを掴み口へと放り込む。
「……ん。美味しい、です。とても……」
スっと目を細め、噛み締めるように呟いた。
「当たり前でしょ」
何日、チョコレート作りに費やしたと思っているのだ。
手間も根気もハンパなく、マズイわけがない。
「そうですね。当たり前、ですよね」
「特に、疲れているといつもより甘い物が美味しく感じるみたいだよ?」
「私、疲れているように見えますか?」
不思議そうに、カイキが目を丸める。
どうやら、無自覚のようだ。
「見えるね」
雪乃は、目を細める。
疲労からくる目の曇りもさることながら、顔色もあまりよろしくないように見える。
「…………そう言えば、ずっと徹夜続きでした」
苦笑交じりに、カイキが言った。
「仕事熱心なのは悪くないけど、自分を顧みないのはどうかと思うよ?」
そういうのは感心しない、と続ける。
王としての仕事に真剣なのはいいが、代わりのきかない仕事故、自己管理も立派な仕事の内だ。
「別に、そういうわけではないのですが……」
困ったように、カイキが呟く。
「意外と仕事バカよね~。あんたって」
「意外って……。そんなに意外ですか?」
「うん。見た目が派手だし女にマメだから、あんまり真面目に見えないんだよね~」
雪乃は、カイキの姿を上から下まで眺める。
外にある汚いベンチだというのに、姿勢を正し綺麗に座っている彼。
全身からは育ちの良さが溢れ出し、整った美しい顔立ちを持つせいで、彼はまさに、おとぎ話の中に存在する『王子様』そのものだった。
「………………」
カイキは黙って雪乃を見つめ返し、複雑そうな表情を浮かべ唇を歪ませる。
そんな反応に、
「あれ?一応、褒めてるんだけど。嬉しくないの?」
雪乃が首を傾げ、
「だって、軽いヤツに見えるってことでしょう?」
カイキが不満そうに言ってのけた。
「違うよ。人は見かけによらないって、こと。だからあんたは、他の人より疲れているのが分かりづらいってことよ」
「そうでしょうか……」
「そうですよ~。あんたの周りにいる連中は、よほどのことがない限り、あんたの異変には気付かないよ」
「では、その異変に気付く貴女はやはり凄いということですね」
「当たり前でしょ。あたしの目をナメないでよね」
雪乃は、己の目を指差した。
「今日はそのチョコでも食べて、ゆっくり休むことをオススメするわ」
「……そう、ですね。貴女の言う通りにします。……チョコも、本当にありがとうございます。『本命』ではないことが残念ですが、大事に頂きます」
カイキは小さく微笑んで、チョコにフタをする。
「おう。作ったあたしに対し、大いなる感謝と尊敬の念を抱きながら大事に完食しろよ」
うんうん、と雪乃は満足そうに頷く。
「はい」
やはりニコニコ顔で、カイキが答える。
さらりと『本命ではなく残念』と言った彼の台詞は、もちろんさらりとスルーだ。
「ちなみに……『本命』はいるのですか?」
チョコの箱を袋へ戻しながら、カイキがそっと聞いてきた。
「………………」
せっかく聞こえないフリをして『本命』ネタには触れないようにしていたのに、どうやら彼は外してくれないらしい。
これは、答えないといけないだろうか……。
チラリ、とカイキを見ると、じっと返答を期待する眼差しとぶつかった。
どうやら、答えないといけないらしい。
「もちろん、本命はいるわよ」
「誰です?」
即座に、さらなる質問が投げかけられた。
「誰って、そんなの、ウチの子たちに決まってるじゃない。……後、雪美ちゃん」
妙に食い付いてくるカイキとは逆に、雪乃は淡白に答えた。
「あ。な、なるほど……」
ここでようやく自分がひどくバカげた質問をしていたことに気付いたようで、カイキがハッとして口元に手を当てる。
雪乃にとって一番大切なのは、魂を分けた存在である『雪美』と子どもたちだ。
「特にイっちゃんには、愛情をた~っぷり注いだ特性のチョコを作ってあげたんだから。ね~♪」
頬を緩ませ雪乃が振り向きイッサーに同意を求めると、彼は無表情のままこくり、と頷く。
「え。何か怖い……」
カイキが、引いた。
身体も少し後ろへと下げ、本気で怖がっているようだった。
「どこがよ」
ムッとして、雪乃は唇を尖らせる。
「だって、念とか入っていそうじゃないですか……」
「『念』って何よ。海よりも深い愛情しか入ってないっての」
さらにムッとした雪乃は拳を作ると、カイキの腕を軽くパンチする。
「それ、結構怖いですよ?」
彼は、雪乃からペリシ、とされた場所をさすりながら言った。
しかしその発言を聞いた途端、雪乃の表情が再び笑みへと変わる。
にんまり、とした意地の悪い笑みに。
「ふふん、残念でした。イっちゃんも遠矢くんも水守ちゃんも、それはもう喜んでくれたわよ。遠矢くんなんて、感動するあまり食べられないんじゃないかってくらいだったもの」
「毎年、貰っているのに?」
「遠矢くんって、ツンデレな上にヘタレでしょ?あたしがあげた物は、大事に大事に取っておくタイプなのよ」
雪乃は胸を張り、言った。
「それ、遠矢が聞いたら絶対に怒りますよ?」
「あははは。顔を真っ赤にして怒る遠矢くんの姿が、目に浮かぶよ」
「彼も、苦労しますね……」
「苦労するのが好きなのよ、彼は」
苦笑交じりのカイキのその横で、雪乃はケタケタ、と笑う。
と。
「ユキ、そろそろ時間だ」
イッサーの声が、した。
そこでハタっと気付き、雪乃は笑うのを止める。
「もうそんな時間かっ」
がばっ、と立ち上がる。
すると周囲を漂っていた炎たちが、一つまた一つと消えてゆき、帰途の気配を匂わせる。
「え、もう帰るのですか?」
カイキが、目を見開く。
「さっきも言ったけど、今チョコをばらまいてる最中なの。次の約束があるから、もう行かないと」
言うと雪乃は一歩、踏み出して、くるり、と身を翻しカイキを正面から見る。
彼は、帰ろうとしている事に不満なのか、僅かに顔を歪めていた。
「そんな顔しないでよ。また来るから――――てなわけで『黒異の門』!」
雪乃が天空に向け呼びかけると、どこからともなく漆黒の門が出現した。
異世界と異世界を繋ぐ、門。
雪乃が望まない限り、開くことも通ることも出来ない門。
ギギギギィ。
ゆっくり、と門が開く。
「姫っ。チョコ、ありがとうございます。ホワイトデーのお返し、ちゃんと渡しますから!」
ベンチから勢いよく立ち上がったカイキが、叫んだ。
「何を当たり前なこと言ってるのよ。ちゃんと、十倍返しだからねっ」
門に手を当て、にやり、と雪乃が唇に笑みを刻む。
「えっ。普通、三倍では……?」
「このあたしが、普通で満足するはずがないでしょう!それに、十倍なんてどうってことないでしょう?あんたの財産は、何のために存在しているのよっ」
ビシッ、と雪乃はカイキを指差し問う。
「えっ。国と国民のためですが……?」
真顔で真面目な答えが返ってきた。
「うわっ。この優等生め!」
つまらん、と雪乃はぷいっと顔をそむける。
「くす。すみません。でも、ちゃんとお返しはしますので、期待していて下さいね」
カイキは、何故かニコニコと笑っている。
「ふ~ん。ま、そこまで言うのなら……」
雪乃はここで一度セリフを切り、『黒異の門』へと足を踏み入れる。
そして、
「お望み通り、期待して待っててあげるわ!」
後半を門の向こう側にいるカイキへと、叫んだ。
ギギギギィ。
雪乃を感知した『黒異の門』が、ゆっくりと動き出す。
イッサーが、スっと門の中へと入る。
彼は、けして雪乃より先に『黒異の門』を潜ろうとしないのだ。
「あ、ありがとうございます!」
扉の発する音にかき消されないように、カイキの叫び声が届いた。
バタン。
門が閉じ、その瞬間に『黒異の門』は溶け消える。
後は、世界と世界を繋ぐ曖昧な空間に、雪乃とイッサー二人きり。
「よし!まだまだ渡してない人がいるから、ちょっと急ぎめで行くか。もう少し、付き合ってくれる?」
雪乃がイッサーにそう問いかけると、
「ああ」
無表情な唇から無機質な音が洩れた。
「ふふ。ありがとね」
断られることはまずない、期待通りの返答。
雪乃はイッサーの腕に自分の腕を絡めると、再び『黒異の門』を出現させた。
終わり
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
前編だけでは分かりませんが、バレンタインのお話しでした。
アフリカンデージーの花言葉。『心も体も健康』他。




