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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
98/115

アフリカンデイジーを込めて01

アフリカンデイジーを込めて01







 スノーシェリカ城。裏庭・林。

 ガサガサガサ。

 歩を進めるたびに、足元から乾いた音が舞い上がってくる。

 季節は、冬。

 夏の間、青々と瑞々しい葉を茂らせていた木々は、茶色い肌を乾燥した外気に晒している。

 緑から茶色へとすっかり色を変え滑り落ちた落ち葉は、カラカラに乾いた状態で地面に深い絨毯を作り上げている。

 片足を蹴り上げれば、簡単に落ち葉が宙に舞う。

 優秀な庭師によって完璧に管理されている庭ももちろん綺麗だが、手入れのされていない自然のままの庭も風情があって美しい。

 ひゅるひゅると吹く風の中に、ひんやりとした冷気が交じられ、冬の物悲しさを演出させる。

「まったく、カイキのヤツ~。仕事が忙しいなら、先に言いなさいよね~」

 広大な林の中を歩きながら、雪乃は不満げに呟いた。


 今日の夕方、わずかな時間を利用して会うようにと約束をしていたというのに、いざ来てみれば、臣下に会議中だからと面会を断られ、邪魔だと追い出された。

 彼らのそんな態度は慣れたものだったし、王としての職務を最優先にすべきと考えている雪乃は、カイキの仕事を邪魔するつもりはない。

 仕方なく会議の終わりを待とうとしていたのだが、チラチラ注がれる臣下たちの鋭い目とネチネチとした嫌味に鬱陶しさを覚え、外に出た。

 そして今、雪乃は滅多に足を伸ばさない裏庭の深い場所を散策中である。

「もう少し、厚着してくるんだったな……」

 肌を撫でる冷えた風に、雪乃は失敗したな、と己の服装を見やる。

 ワンピースの上に薄手のコート一枚。

 昼間は大丈夫だったが、この時間帯になるとなかなか厳しいものがある。

 光を纏った太陽も、沈みはじめている。

 冬の夕方は、思っている以上に短い。

 あっという間に日が落ちて、空気は冷えていく。

 この季節、服装の調整が本当に難しい。

 だが、寒いからと言って城に引き返すのも、臣下たちが待ち構えていると思うと何だか足が向かないし、もう少し散歩を続けたい気分だった。

 となれば、己が取る行動はただ一つ。


「こういう時、魔術が使えるってホント便利よね~」

 熱がないならば、自ら生み出せばいいのだ。

 雪乃はしみじみと呟くと、術の詠唱をはじめた。

「ファイヤーボール、ファイヤーボールっ。おまけのファイヤーボール!」

 雪乃が宣言した途端、かざした手から燃え盛る炎の玉が出現する。

 続けざま、三つ現れた焔は、本来ならば攻撃用として用意られる術であり、発動した瞬間、標的目がけ飛んで行くのだが、雪乃はそれに素早く浮遊の術をかけ、飛び出す事を防止させる。

 ふよふよ、と雪乃のコントロールにより宙に留まる炎からは、ほんわかと暖かな熱が伝わってくる。

「うしっ。あったかあったか」

 ぬくぬくと伝わってくる熱は、まるで焚き火のようだ。

 少し人魂が彷徨っている風にも見えるのだが、寒さから解放されれば問題ない。

 雪乃は、自分の周囲に炎を飛ばしたままで散歩を続ける。



 ザクザクザク。



 ひたすら続く、林。

 何千と思われる木々が作り出している林は、スノーシェリカ城の豪華さや賑やかさはなく、自然の静かさで満ちていた。

 罵声を浴びせてくる臣下たちも、ここまでは追ってこない。

「ん~。たまにはのんびり散歩ってのもいいわね~」

 雪乃はそう言いながら、気持ちよさそうに背中を伸ばし両手を広げる。

 空には、真夏とはまた違った雲が流れ、澄んだ空気が気持ちいい。

 雪乃は頭上を見上げたまま、前へと進む。

 遠矢が住む世界もそうだが、カイキの住む世界にもまた四季があり、それぞれの季節が楽しめる。

 年間の気温がほとんど変わらず四季のない世界を知っている雪乃は、季節が年に四回も変わるということがどれほど貴重なことなのか、知っている。

 この林も、あと一、二ヶ月後にはきっと真っ白に染まることだろう。

「雪を見ながら暖かい部屋で冷たいアイス。最高の組み合わせよね~」

 雪乃は、楽しそうに呟く。

 雪見酒ならぬ、雪見アイスだ。

「あっ。雪美ちゃんも誘えば、ダブル『ゆきみ』になるじゃん!」

 などとバカなことを言いながら、ケタケタと笑う。



 その結果。


「どわあ!」


 右足が、何かを引っ掛けた。

 前へと進むべく踏み出した右足は、途中の障害物に阻まれて、目的の場所を見失う。

 完全に緩みきっていた状態での不意打ちに、雪乃の身体は大きくバランスを崩し、前に倒れる。

 だが。

 すかさず横から現れた腕が、難なく雪乃を受け止めた。

 さらり、と雪乃の黒髪の中に銀糸が交じる。

 自分を包む長い腕と温もりに、ちらり、と目線を上げれば、イッサーの整った顔がそこにはあった。

 スっと流れる輪郭に、銀の髪が伝う。

 中性的な顔立ちの中にある、満月のような金の瞳に見つめられ、雪乃はやっぱり綺麗だな、と思う。

「あはは。ありがと~」

 イッサーに受け止められて、無事、転倒を防いた雪乃は己のドジを笑いつつ礼を言うと、少しだけ名残惜しさを感じつつも体勢を戻し、彼から離れる。

「何かに躓いたみたいなんだけど……」

 自分が引っ掛けた物の正体を確かめようと、視線を下に注いだ雪乃は、葉の中に混じる木の根を見つけた。

 上を見ていたせいで、完全に足元に這う木の根に気付けなかった。

 これは、かなりマヌケな話だ。

「……まだ、カイキを待つつもりか?」

 イッサーが、問うてきた。

 どうやら彼は、裏庭をぷらぷら散歩してカイキを待っているこの状況から抜け出した方がいい、と考えているようだ。

 雪乃はバッグからスマホを取り出し、時刻を確認する。

 裏庭に出て、三十分ほど経過していた。

 ぷらぷらと時間を持て余しているのだが、この後別の予定をいれているのであまり長居は出来ない。

「う~ん。まだ一時間くらいあるから、大丈夫でしょう。ギリギリまで待って間に合いそうになかったら、今日は帰るよ」

 最悪、カイキと会えない可能性もあるが、それは仕方がないことだ。

 雪乃はスマホを振りながら軽く言うと、再び歩き出す。

 隣に、イッサーが寄り添う。

 そんな二人を、炎の玉が追う。

 お互い無言でしばし歩き続けると、広い場所に出た。

 木々がなく、ほどよく雑草が生えている場所は、野球やサッカーが出来るほど広く、目立った遊具や人工物がないにも関わらず、ベンチが飾り物のように、ぽつんぽつん、と置いてあった。


「ああ、ここは……」

 見覚えのある場所に、雪乃は思わず声をもらした。

 どうやら知らぬうちに、足がこちらへと向かっていたようだ。

 無意識とはいえ、懐かしい場所への到着に、雪乃は苦笑する。

「ふふ。昔、よくここで遊んでたよね~。覚えてる?」

 昔の記憶を脳裏に思い浮かべながら、雪乃はチラリ、とイッサーを見上げる。

「ああ。七百年、くらい前か……」

 思い出に浸り、ニコニコと笑む雪乃とは逆に、表情を一切変えることのないイッサーは淡白な口調で返した。

「もうそんなに経つのか~」

 感慨深そうに頷くと、雪乃はベンチに向かって歩き出す。

 はるか昔。

 カイキがまだ生まれておらず、この国がまだまだ今のように確立しておらず、不安定だった頃。

 雪乃は今のように、スノーシェリカ城に頻繁に足を運んでいた。

 その頃、ここは様々な花で溢れた野原だった。

 城から少し距離があったこともあり人も滅多に立ち寄らない静寂に満ちているこの場所は、ゆったりとした時間が流れ、サボるのには最適な空間となっていった。

 そして、それは今も健在のようだ。

 季節が冬が故に、花で満ちたりてはいないけれど、春になれば可愛らしい花々が咲き誇るに違いない。

 だが、一つ残念なことは、いつ設置されたのか分からないベンチはあまり利用者がいないようで、寂しさを背負っていた。

 雨風にさらされ痛みが激しかったが、座れない程度ではなく、雪乃はこの場の懐かしさも加わって、迷いなく腰を下ろした。

 黒髪を前へと流し、広場だった場所を眺める。

 イッサーはベンチに座ることに抵抗があるのか、立ったままで待機する。

「時の流れは、恐ろしく早いわねぇ……」

 雪乃は、小さく呟いた。

 『時』に縛られることなく永遠に存在し続ける雪乃にとって、この場所での思い出は遠いようで近い過去だ。

 再びスノーシェリカ城へ赴くようになって、数年。

 見慣れた風景とともに、過去の記憶が蘇ってくることは一度や二度ではないけれど、当時ともに過ごした者たちは誰一人として存在してはいない。

 けれど、その子孫たちが城を守り国を支えている。

 刻一刻と時は動き、未来へと進んでいる。

「そろそろあたしも、ただの『人間』で通すのが難しくなってきたかもなぁ……」

 先程も言ったように、雪乃は年をとらない。

 ずっと、このままだ。

 後、一、二年は大丈夫かもしれないが、さすがにそれ以上は無理だ。

 まったく人間としての成長が現れず、老いていない、と見破られてしまえば、もうただの『人間』では通せない。

 かと言って『魔族』と言うのも、違う気がする。

「身を引くつもりか?」

 上から、イッサーの声が降って来た。

「可能性としては、あるわよね」

 いつまでも、入り浸ってはいられない。

 自分はあくまですべての世界を見守る、『管理者』なのだ。

 この世界から、とまでは言わないが、カイキの前から去ることも視野に入れて色々と考える時期に来ているのかもしれない。


 なんて、思っていると、

 プルルルル……プルルルル……。

 スマホが、鳴った。

 雪乃は素早くバッグに手を入れて、異世界で、電波がなくても使えるように特殊仕様のスマホを取り出す。

 着信者は、同じく特殊仕様のスマホを所有するカイキだった。



「もしもし?何?」

 スマホを耳に当て、通話をはじめる。

『あ、あのっユキ。今、裏庭にいるんですよね?どの辺りにいるのですか?』

 耳元から流れ込んでくるカイキの声は、少しだけ焦っているような、急いでいるような、そんな荒々しさがあった。

「どうしたの?何かあった?」

 いつもとは違うカイキの様子に、雪乃は質問には答えずそう問い返した。

『あ、すみません。ちょっと、走っているだけです』

 カイキが、答えた。

 そう言われてみれば、微かに風を切るような音とバタバタとした雑音が聞こえてくる。

「何で走ってるの?」

 素朴な、疑問。

『姫が待っているからに決まっているでしょう。それより、居場所はどこです?』

「姫言うな。急に居場所と言われてもなぁ……。野原のある辺りだけど……」

 再度場所を尋ねられ、けれど正確に答えることの出来ない雪乃は、目の前にある目印だけを口にする。 

『野原……?』

 ピンとこないのか、訝しげなカイキの声が漏れる。

「野球が出来そうなくらい広さがあって、ベンチがあるところ」

 そう付け足すと、

『……あぁ、あそこですか。分かりました。すぐに行きますので、そこで待っていて下さい』

 カイキが言った。

「わざわざこっちに来るの?あたしがソッチに戻ろうか?」

『いえ。私も、もう裏庭に来ているので大丈夫です』

 どうやら、すでに裏庭を走っているようだ。

「そう。なら待ってるけど、仕事はもう終わったの?」

『…………。えぇ、まぁ』

 雪乃の問いかけに、カイキは短い沈黙の後に歯切れの悪い口調で言った。

「終わってないわけ?」

 カイキの曖昧な態度に、雪乃の眉がひそめられる。

 まだ仕事が終わっていないのであれば、裏庭を歩いているというその身をすぐさまUターンさせ城へ戻って頂きたいのだが……。

『いえ、今日の仕事自体はもう終わっているのですが、ちょっと雑用というか何というか……兎に角、色々ありまして……』

 カイキは、疲れたような呆れたような、そんなため息を吐く。

「色々って?」

『修復作業の報告や、スケジュール確認。謁見者のリスト……。ここまではよかったのですが、何故か食堂のメニューを変更するにあたり新たなメニューの提案を頼まれたり、購入する家具を選んだりと……その他諸々、です』

「はは。何それ、本当に雑用じゃない。大変だったみたいね……」

 雪乃は、苦笑する。

 まさか裏庭で待っている中、食堂の新メニューまで考えさせられているとは。

 おそらく、臣下たちの画策だろう。

 自分に会わせないようにするための。


「なかなか、やってくれるわねぇ」

 雪乃は、小さく呟く。

 カイキが雑用に追われていなければ、もっと早くこちらの用が終わっていたのだ。

 そう思うと、ちょっと面白くない。

『何です?どうかされました?』

 雪乃の囁きに、カイキが聞き返す。

「何でもないよ。それより、散々待たされているんだから、早くこっちに来なさいよ」

 雪乃が催促すると、

「それには及びません」

 返事は、スマホ越しからではなく、直接耳へと届いた。







     続く









ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

ちょっと昔の事を思い出し、懐かしさに浸る雪乃。

誰にも言っていませんが、実はスノーシェリカ城との付き合いは長いのです。


後半に続きます。

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