トレニアに溺れる、蝶13
トレニアに溺れる、蝶13
「…………何だったんだ、今の?」
言いたいことだけを伝え、さっさと帰ってしまったレティシアに、遠矢は唖然さを含んだ声で零す。
「さぁね」
雪乃は淡白な口調で答えると、ティーカップに唇を寄せる。
「何か、懐かれてなかったか?」
「う~ん。どうだろ?やっぱり、カイキと親しいあたしが気になるんじゃないの?」
「あいつに婚約者がいたとはねぇ……。さすが王様」
「ホント。あんな可愛い子が婚約者なんて、カイキもすみに置けないわよね~」
雪乃は、うんうん、と大きく頷く。
何となくで街へ一緒に行く約束をしたが、案外、楽しめるかもしれない。
「お前、あの子のこと気に入ったんだな。珍しく優しかったし」
雪乃の接し方を見ていた遠矢が、言った。
「あら、何を言ってるの。あたしは、女の子にはいつも優しいじゃない」
「誰にでも優しくしろよっ。てか、アーシェミリアには異様に厳しいよな?」
ふと、遠矢の中に疑問が生まれる。
女の子に優しいと言うのであれば、彼女にも優しくしないといけないはずだが。
「ああ、あの子はいいのよ。何も言わないけど、あたしに厳しくされて喜ぶタイプだから。あんたと同じで♪」
揶揄する雪乃の一言に、
「喜んでねぇ。捏造すなっ」
「あら、自覚なかったの?無自覚であたしにイジメられて喜ぶなんて、君、相当重症ね」
「何でそうなるっ。お前の目、絶対腐ってんだろっ。今すぐ眼科行ってこいっ」
遠矢はギロリ、と睨み付ける。
「ふっ。甘いわね遠矢くん。あたしの目が、そう映しているわけじゃないわ。あんたが全身から、そういうオーラを放出してんのよ」
にやり、と雪乃は笑みを浮かべる。
それはまるで玩具をいたぶるラスボスの如き邪悪さを持ち、それを見ていた遠矢の表情からそれまで浮かんでいたムッとした苛立ちが失われ、
「………………。よくわかった。お前は、存在そのものが腐ってるってことだな…………」
ウンザリしたような呆れたような顔付きで、言った。
「その腐れに自ら飛び込んで来るのは、どこの誰かしらねぇ?」
雪乃は、ふふん、と勝ち誇った笑みを遠矢へと注ぐ。
「はぁ?お前、やっぱ眼科行った方がいいんじゃね?」
相手をするのも面倒くさいのか、遠矢はジト目で返す。
と。
「何を騒いでいるんだ?」
再び、聞き慣れた声が背後から届けられた。
姿を確認するまでもなく、誰だかわかる。
ようやく、待ち人が到着したようだ。
「何でもねぇよ。てか、お前が遅すぎなのが悪いんだよっ」
「はぁ???」
睨みをきかせてくる遠矢に、当然、ワケがわからないカイキは困惑しきった表情を浮かべながら、椅子に座る。
「お疲れ。仕事はもういいの?」
「はい、大丈夫です。遅れてすみません。だいぶ、お待たせしてしまいましたよね……」
すまなさそうに、カイキは謝る。
「ううん、別にいいよ。待ってる間『お友達』と今度遊ぶ約束してたし」
あえて、ここはレティシアの名は出さないでおく。
黙っていた方が面白くなる、そんな予感がする。
「友達?へぇ、ココに友達なんていたんですね」
ちょっと驚いたような、意外そうな顔で、言ってきた。
「失敬な。こう見えて、あたしは好かれる人には好かれる体質なのよ」
「ああ、それは分かります」
「嫌われるヤツにはめちゃくちゃ嫌われるけどな」
「ああ、それも分かるな」
付け足す遠矢の言葉を、心底納得したように、カイキは大きく肯定する。
「をい」
悪かったな。
どうせ、好き嫌いが別れる性格だよ。
思わず、ムッとする。
「ンなことよりカイキ、おれたちに話しがあって待たせてんだろ?」
遠矢が、グダグダとした無駄話しを終わらせるように、切り出した。
「ああ、そうだった」
ハッとした様子を見せ、カイキは姿勢を正す。
そしてゆっくり口を開き、事件の真相を話しはじめる。
「盗難事件のことなんですが、やはり動機は金銭目的だったようです。盗んだ物をすぐに闇市で売り現金に替え、服や装飾品を購入していたようです」
紡がれた言葉は、やはり予想通りなものだった。
「ふ~ん。まぁ、そうじゃないかとは思ってたけどね」
「メイドとしての給料が少なかったんじゃねぇの?」
「ああ、それあるかもね。城で働いてるって言っても、所詮はメイドだし」
「重労働の割に安月給ってか?」
「いや、そんな安月給ってわけじゃ……それに、たとえ給料に不満があったとしても、だからと言って盗んでいい事にはならないだろう……」
「まぁ、そりゃそうだけどな」
「安月給かは知らないけど、前にメイドの裏事情を垣間見た時があるんだけど、なかなか大変そうだったよ」
メイドとして働いていた事を思い出し、言う。
「裏事情?そんなもんを一体どっから?」
「それはまぁ、色んなルートからよ」
「『色んなルート』って何だよ……。どんだけルート持ってんだよ……」
「ふふ。情報を制する者は世界を制する、て言うでしょ?」
「知らねぇよ……」
「なら、知っておきなさい。今の時代、情報は重要なのよ。情報を持っているかいないかで、立てる場所が全然違ってくるんだからね」
「ふ~ん……」
「興味なさそうね……」
「ないな」
「……でしょうね」
どうでもよさそうにキッパリ言い放ちクッキーへと手を伸ばす遠矢に、雪乃は苦笑する。
「………………安い、か」
喋り続けていた雪乃と遠矢の隣で、カイキが小さく独りごちた。
「ん?何か言った?」
ぼそり、と呟いたカイキの一言を雪乃が聞き返す。
「いいえ、何でもありません。色々参考になりました。ありがとうございます」
軽く首を横に振り、カイキは爽やかな笑みを浮かべる。
「はぁ……そうなの?なら、いいけど……」
何が参考になったのか、何に対しての礼なのかイマイチわからない。
雪乃はクエスチョンマークを浮かべつつも、本人が納得している様子を確認し、適当に返す。
「それより、私にもお茶を頂けますか?」
にこり、と笑を浮かべカイキがお茶を求める。
「ああ、そうだったわね。今、淹れるから。あとそのクッキー、食べていいよ」
雪乃は素早く手を動かしカップに紅茶を注ぎはじめ、目線でクッキーを指す。
「ありがとうございます。仕事が終わって貴女の淹れたお茶とクッキーを頂けるなんて、私は幸せ者ですね」
日差しが優しく照らす中で、ふわり、とカイキが上品に微笑んだ。
「いえいえ、どういたしまして」
カイキのこういう台詞にはもはや慣れきっている雪乃は、たいした事ではないように、同じく笑を浮かべ返す。
しかし、
「おえぇぇ~」
その歯の浮きそうなゲロ甘発言に、遠矢は心底気持ち悪そうに胸を押さえ、内に溜まった気持ち的な何かを吐き出すような仕草を見せて、顔を歪ませた。
終わり
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
13話にしてようやく終わりました。
番外編なのに、本編の1章なみの長さになってしまいました。笑。
今年中に終わらせられて、よかったです。
トレニアの花言葉。『ひらめき』『欲望』『可憐』など。




