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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
94/115

トレニアに溺れる、蝶12

トレニアに溺れる、蝶12







 軽快な音楽が、小さく流れていた。

 盗難事件の犯人が無事捕まって、数日後。

 雪乃はスノーシェリカ城にあるテラスで、携帯ゲーム片手に優雅なティータイムを楽しんでいた。

 その向かいにある椅子には、背もたれに身体を預け、両足をだらりと伸ばしだらしのない姿勢で座っている遠矢が、マンガを読み耽っている。

 今、この場には雪乃と遠矢しか存在しておらず、静かでゆっくりとした時間が流れていた。

 城の主であるカイキは王としての役目を果たすため今この場にはいないが、仕事が片付き次第、合流することになっている。

 盗難騒ぎの全貌を、説明したいらしい。

 雪乃としては、どうせ金銭目的なのだろう、とさほど興味があるわけでもないのだが、迷惑をかけたことを気にしているらしいカイキは、ちゃんと話して幕引きをしたいようだった。


「なぁ……。おれたち、いつまで待たされるんだ?」

 マンガに視線を落としたまま、遠矢がやや退屈そうに問いかけてきた。

「……そんなの、知るわけないでしょう」

 主人公を操作し街の中を探索していた雪乃は、ちらり、と遠矢を一瞥するが、すぐさまゲーム画面へと視線を戻し淡白な声音で答えた。

 カイキが現れるまでの間、時間潰しのため読み出したマンガは、そろそろ終盤に達しようとしているようで、読み終わってしまえばやることのない遠矢にとって、彼の到着時間はかなり重要な要素となっているようだ。

「なぁ……。おれがマンガ読み終わったらさ、そのゲーム貸してくれねぇ?」

 次なる暇潰し道具を得るために、遠矢はそう切り出した。

 そんな彼に、

「それ、本気で言ってる?」

 やはり画面をとらえたままで、けれど冷え冷えとした口調で雪乃は返した。

「い、いやだな~。冗談だよ冗談」

 アハハハハ、と遠矢は頬を引きつらせ乾いた笑を浮かべると、何事もなかったかのように再びベージをめくる。


「やることがないんなら、イっちゃん呼んであげようか?」

 雪乃は、街のNPCから情報を聞き出し、画面に現れた文字を目で追いながら喋る。

「? 何で呼ぶんだよ?」

 雪乃の言っている意味がわからず、遠矢は眉を潜め聞き返す。

「暇なんでしょ?格闘ごっこの相手くらいなら、付き合ってくれるんじゃない?」

 彼らは時たま、運動と称し、お互いの拳をぶつけ合い自分の実力と相手の実力を見極めている。

 何とも暑苦しい行動だが、暇を潰すには、持ってこいだろう。

 だが。

「ごっこ言うなっ。それに、今はンな気分じゃねぇんだよ」

 遠矢は仏頂面で雪乃の提案を拒絶する。

「ああ、そう言えば未だに全敗だものね……あんた」

 雪乃は、思い出しながら言った。

 イッサーは、強い。

 あの妖しい容姿の下に、巨大な力を秘めている。

 子どもを相手にするように、意地になる遠矢を軽くあしらうイッサーの姿を何度も目撃している。

 だがそれは、実力差を考えれば至極当然なことなのだが、雪乃が何の気なしに発したセリフは、どうやら遠矢を傷付けたらしく、

「うるせーなっ!あいつがチート過ぎんだよ!」

 ダンッ!

 ムッとした表情で、テーブルを叩く。

「あいつの強さは異常だっつの。一体、何をどうしたらああなるんだ……」

 面白くなさそうに呟く遠矢に、

「まぁ、手塩にかけて大事に大事に育てたからねぇ……」

 頬に手を当て表情を緩ませながら雪乃は答える。

「……おれは真面目に鍛錬して強くなろうとしているのに……狡くないか……」

 遠矢が、恨めしげな眼差しを送る。

 イッサーは、この世に生まれた瞬間から『力』を持っていた。

 努力し鍛錬を続けて力を得る遠矢とは、根本が違っていた。

「他人を羨ましがってても、強くはなれないよ?」

「わかってるよ、ンなこと……」

「それに、遠矢くんは努力を重ねて強くなる方が性格的に合ってるでしょ?」

「…………物は言いようだよな…………」

 はぁ、と遠矢はため息を吐く。

「はいはい、そう落ち込まない。ほら、クッキーでも食べて機嫌直しな。ね?」

 うだうだ感を拭いきれないでいる遠矢に、雪乃は宥めるようにテーブルの中央に置かれていたクッキーをススメる。

「アホかっ。おれは子どもか!」

 ギロリ、と睨み付けながら喚く遠矢だが、右手はちゃっかりクッキーを受け取り、そのまま口に放り込む。

「言動と行動が合ってないよ、遠矢くん」

 呆れながら言う雪乃に、

「うるへー」

 チョコチップが練り込まれたクッキーを音をたてながら咀嚼しつつ、遠矢は答える。

「……これ、お前が作ったやつ?」

「うん。昨日作った。まだあるから全部食べていいよ………」

「ふ~ん……」

 素っ気のな反応を示しながらも、さらにお菓子の皿を引き寄せる遠矢を視界の隅にとらえた雪乃は小さく笑い、ゲームへと視線を戻す。

 が。

 キャラクターを操作しようとしたまさにその時、背後に気配が生まれた。



「ああ、いたっ。やっと見つけた!」

 聞き慣れた声が、響いた。

「うぐ?」

 クッキーを口いっぱいに含んでいた遠矢が、怪訝そうな表情で声を発した。

 顔を上げ、雪乃の背後へと視線を送る。

 背後で蠢く気配に、それが誰だか瞬時に察した雪乃は首を巡らせ振り向く。

 予想通り、レティシア・カネバが立っていた。

 初対面の時とは違い、白のブラウスと黒のパンツに身を包み何とも庶民的な、シンプルな格好で佇んでいた。

「ユキノさん、少し時間を頂いても構わないだろうか?」

 つかつか、とテーブルへと近付いて来たレティシアが、言った。

「何だろう……。デジャヴ感がすごいんですけど……」

 カイキの部屋ではじめて会った時も、確かこんな感じだったような気がする。

 雪乃はそうボヤきながらも無視するわけにも出来ず、仕方ないとため息を吐き、携帯ゲームの電源を切った。

「まぁ、取り敢えず座りな」

 椅子を進める。

「ありがとう。感謝する」

 レティシアは嬉しそうに頷くと、雪乃の隣へと腰かけて、遠矢へと会釈する。

「確か、盗難事件の時にいた方、だったか……?」

「……もぐ……どうも」

 クッキーを呑み込んで、遠矢は軽く挨拶を返す。

 そう言えば、初対面がゴタゴタだったため、お互い自己紹介をしていなかった。 

「この子はレティシア。あたしも数日前に会ったばかりでよく知らないけど、カイキの婚約者らしいよ」

 さらりと言った雪乃に、

「ここ婚約者ぁ~!!」

 両目を見開きどもりながら、遠矢は叫んだ。

 信じられない、とばかりにレティシアを凝視する。

「はじめまして。レティシア・カネバと申します。以後、よろしく頼む」

 遠矢の遠慮のない視線を気にすることなく、ぺこり、と頭を下げるレティシア。

「あ、どうも。遠矢です」

 つられるように頭を下げて、遠矢も名乗る。

「この前の盗難騒ぎでは、大変お世話になった。ユキノさんとは、どういったご関係で?」

 レティシアが、聞く。

「関係………………。う~ん家族、みたいなもん?」

 そう答えながらも、あまりピンと来ていないような遠矢の様子に、

「ご家族……なのか?」

 不思議そうにレティシアが首を傾げる。

 そんな彼女に、

「あ~違う違う。『主』と『ペット』の関係よ」

 雪乃はひらひら、と手を振って訂正する。

「ヲイ、コラ。誰がペットだっ!」

 それをすぐさま遠矢は否定するのだが、

「あんたよ」

 ビシッと雪乃が言い切った。

「ンなわけあるかっ!」

 ガタン、と勢いよく椅子から立ち上がり叫ぶ遠矢に、

「――――このような関係です。」

 雪乃は一人冷静にレティシアへと関係性を示す。

「…………な、なるほど。複雑な関係なのだな」

 どう返していいのかわからない様子で、レティシアは曖昧に笑った。



「それより。レティシアは、まだあたしに何か聞きたいことでもあるわけ?」

 ムスっとした表情で椅子に座り直す遠矢を横目に、雪乃はティーカップを持ち上げながら問いかけ、言い終わると喉を潤した。

 もしかして、まだカイキとの仲を疑っているのだろうか?

 数日前に、お互いの間に流れる感情は、恋愛ではない、と説明したばかりなのだが。

 なんて思っていると、

「あの、実はユキノさんに一つお願いしたいことがあって……」

 レティシアは、真面目な顔付きで言い出した。

「お願い?」

 予想外の言葉に、雪乃はオウム返す。

 彼女は、こくり、と頷くと、ふっと真顔を作り、

「わたしはユキノさんに同行しスラムに足を踏み入れた時、改めて自分はこの国のことを何もしらないのだと、痛感させられた……。スラムだけじゃない。街のことも、国民のことも、何も知らないんだ……」

 レティシアは忸怩たる思いを暴露するように、重々しく胸の内を零した。

「お貴族様は、生温い世界で優雅に生活しているっていうのが世の常だからねぇ……」

 神妙な顔付きのレティシアとは逆に、どうでもよさそうに雪乃は返す。

 もちろん貴族とてスラムの存在は認識しているだろうが、一体その中でどういう人たちがどういう暮らしを行なっているかまでは興味はないだろう。

 廃れようが増幅しようが、たいした問題ではない、と考えている者が多い。

「でも、カイキ様は時々城を抜け出して街に出ているのだと聞いた」

「うん。軽い変装して買い物とか遊びとか、一緒に行ったりしてるね」

 雪乃は、答えた。

 激しく反対する臣下たちの想いを押し退け街へと出かけているカイキは、すっかり街に溶け込み、今では馴染みの店が出来るほどになっている。

 けれど、彼が街に出るようになったのは雪乃の影響が大きく、年月としてはまだまだ浅い。

 王として己の国を知るために見ることはとても大事なことなのだが、いい気分転換にもなっているようで、たまに雪乃と街をブラついていたりする。

「頻繁に、出かけたりしているのか?」

「ん~。そう頻繁ってほどじゃないけど……。時間がある時にぷら~っとって感じかなぁ……」

「……そう、なのか……」

「もしかして、あんた街に興味あるの?」

 これまでの会話からそう推測した雪乃が聞くと、レティシアは小さく頷いた。

「あの……それでお願いと言うのは……。今度街へ行く時、わたしもご一緒させて頂けないだろうか?」

 どこか戸惑いを含んだ声で、言った。

「それは……まぁ、別に構わないけど……?」

 特に考えもせず、雪乃はさらりと言った。

 街に一緒に行くくらい、何の問題もない。

 が。

「ほ、本当か!」

「うおっ」

 雪乃の返答がよほど嬉しかったのか、レティシアはテーブルに両手を付いて勢いよく身を乗り出した。

「う、うん。ホントホント」

 彼女のあまりの反応に、急に温度差を感じた雪乃は、驚きながらも首を縦に振る。

「絶対だからな!約束だぞっ」

 期待のこもった瞳を煌めかせ、ずいっとさらに雪乃へ詰め寄り念を押す。

「わ、わかったわかった。約束する」

 勢いに押され、雪乃は、こくこく、と頷く。

「ありがとう、ユキノさん。感謝するっ」

「ど、どういたしまして……」

 約束を交わしたことでようやく満足したのか、レティシアは満面の笑みを浮かべながら身を引く。

「でも、いいの? カイキの『婚約者』があたしと関わって」

 落ち着きを取り戻した頃を見計らい、雪乃は問うた。

「……え?」

 きょとん、と彼女は首を傾げる。

「あたしと仲良くしてちゃ、貴女の評判、悪くなるんじゃないの?」

 何たって、こちらは『王を拐かす下賎な悪女』なのだ。

 王の『婚約者』とまで関わりを深くするとなると、彼女に何らかの影響が及ばないとは限らない。

「……………………。」 

 雪乃の言葉を受け、彼女はしばし考え込むような様子を見せたのち、ゆっくりと首を横に振った。

「…………そんなことでわたしの評判が悪くなったとしたら、それは自分が至らないからだ。ユキノさんが気にする必要はない」

「ふ~ん。まぁ、それだけ覚悟があるならいいけどね……」

「はい……。あの、では早々で申し訳ないが、わたしはこれで失礼させて頂く。もう屋敷に帰らねばならなくて……」

 レティシアは、言って椅子から立ち上がる。

「そうなの? あんたも忙しい身なのね。……じゃあ、気をつけて」

「ああ。寛いでいるところを邪魔してすまなかった。……では、近いうちに」

 レティシアはそう挨拶を済ませると、マスカット色の髪を靡かせ踵を返しスタスタと部屋の中へと入っていった。

 意外と、彼女も忙しい身のようだ。



 


 



ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

あれ?予定ではこれで終わりのはずだったのに、書いてたら何だか長くなってしまったので、一度切ります。笑。

次回で、本当に最後です。

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