トレニアに溺れる、蝶10
トレニアに溺れる、蝶10
「………………」
「………………」
「………………」
目の前に出されたネックレスに、ミレニアをはじめとするメイドたちは動揺しながらも静かに息を飲み、見つめている。
「……カイキ様は『出てきた』と仰っいましたが、一体どこから出てきたのです?」
張り詰めた空気を打ち消すように、ミレニアが聞きた。
「ユキがよく使うキッチンからだ。レティシアが発見した」
素直に、カイキが答える。
「レティシア様が?それは、大変なご迷惑を。申し訳ございません」
驚いた表情を浮かべつつも、ミレニアはレティシアへと深々と頭を下げる。
「あ、いや。ネックレスが落ちてきた時は驚いたが、決して迷惑などではないぞ? そなたが気にする必要はない」
レティシアは笑を浮かべながら首を振り、気遣いの言葉を述べる。
「はい。ありがとうございます」
ホッとしたように、ミレニアが再び頭を下げた。
「それで、君たちを呼んだ理由というのは、他でもない。何故、保管室にあるはずのネックレスがキッチンに移動していたのか、だが……。これは完全に、今回の盗難騒動と関係していると見ていいだろう」
カイキが静かな声で、言った。
その落ち着いた声音で発せられた内容に、メイドたちの表情に緊張が走る。
「ユキが頻繁に利用している場所からネックレスが出たことから、今、一番怪しいのは、はっきり言って彼女だ」
カイキはここで口をつぐみ、雪乃を見つめる。
つられるようにメイドたちの目が雪乃へと注がれる。
やっぱり、という確信を得たような強い光と軽蔑するような視線が注がれる。
「………………」
雪乃は、黙ってその視線を受け止める。
「ですが、カイキ様。さすがにこれだけでは決定的な証拠にはならないのでは?」
それに異を唱えたのは、レティシアだった。
「ええ。もちろん、これだけでは決定的な証拠とは言えません。ユキも、心当たりはないと言っていますし……。ですよね?」
問うカイキに、
「うん。あたし知らないよ」
雪乃は、頷く。
口では『怪しい』と言っているカイキだが、雪乃を疑っていないことは、口調や表情から察することが出来る。
これは、どう考えても雪乃に濡れ衣を着せるために張られた罠だ。
「やっぱり。なくなっていたんですね……」
そんな中、メイドの一人が暗いトーンで声を上げた。
「やっぱりって……。貴女、どういうこと?」
すかさずミレニアが、怪訝そうに声の主へと問い返す。
「あの、実は……昨晩、保管室の近くをウロつくユキノさんをお見かけして……。怪しいな、と思って声をかけようとしたのですが、逃げるように走り去ってしまわれ、声をかける事が出来なかったのです……」
小柄で金色の髪を持つメイドは、遠慮がちに、けれど己を主張するように一歩前に出て、口を開いた。
「それは、本当なの?」
「はい。その時私も一緒にいたので、間違いないです」
勝気そうな別のメイドが、やはり一歩前に出て同意する。
「何故、報告を怠ったのです?何かあれば報告するように言ってあったはず」
ミレニアが、眉をひそめた。
『も、申し訳ありませんっ』
二人のメイドは声を揃え、怯えたように頭を下げる。
(へ~。そんなことで、いちいち報告義務が発生するわけね……)
雪乃は、心の中で呟いた。
まさか、夜中に一人で城の中を歩き回っていただけで問題視されるとは思ってもみなかった。
まぁ、それを知ったからと言って己の行動を制限するつもりはサラサラないが……。
「ウチのメイドがこのように言っておりますが……。ユキノさん、どう説明するおつもりで?」
ミレニアが、スっと目を細め、雪乃に問うてくる。
「夜中に部屋を抜け出したりはしたけど、それはただ喉が渇いたから水を飲みに行っただけだっつの。保管室に行くわけないでしょ。それ、本当にあたしだったの?」
雪乃は、よくわからない証言をした二人のメイドを、ちらり、と見る。
説明を求められても、雪乃にはまったく心当たりはないのだ。
彼女が誰かと見間違えているが故の発言か、はたまた陥れたいがための口からでまかせか。
見極めようと、雪乃は瞳に力を込める。
「……で、でも……私は確かに見かけ、て……」
雪乃に直視され、金髪メイドが狼狽しながら口ごもる。
「ちょっと待って。私たちが嘘を言ってると、そう思ってるんですかっ」
勝気なメイドが雪乃へと詰め寄り金髪メイドを庇うように、前に出る。
「ええ。あたしは、そう言ってるんですよ?」
勝気なメイドへと視線を移し、雪乃は、にやり、と笑った。
「言いがかりよっ」
「言いがかり~?あんたたちこそ、あたしのことが気に入らなくて、出鱈目なこと言ってるだけじゃないの~?」
疑心のこもった目付きで、雪乃は言う。
「そんなっ。違います!」
「勝手なこと言わないで!」
口々に、否定が飛んできた。
「ユキノさん、いい加減にして下さいませ。この子たちがそんな嘘を言って、何の得がありますかっ」
雪乃の露骨な態度に、怒りを露わにしたミレニアが二人を庇うように会話に加わる。
「『何の得が』って、そんなの自分たちが犯した罪をあたしに擦り付けるために決まってるじゃないの。うまくいけばあたしは罰せられるし、自分たちは大金をゲットし贅沢三昧できる、ってな感じで」
さらりと言いた出した雪乃に、勝気なメイドの双眸が鋭く光り、怒りが宿る。
「私たちが、犯人だと?」
ギュッと拳を作るメイドには気付かないフリをして、雪乃は紡ぐ。
「ええ、そうよ。あたしが昨日『その薄っぺらい口をぺちゃくちゃ無駄に動かすんじゃなくて、証拠を持ってきてから』云々ってのを、ミレニアから聞いたんでしょ?だから証拠となりうるように、急いで宝物庫からこのゴテゴテしたネックレスを盗ってあたしがよく使うキッチンに隠した。違う?」
「違います。証拠もなく好き勝手なことを言わないで!」
きっぱり『犯人』と断言する雪乃に、金髪メイドが叫ぶ。
「か、カイキ様助けて下さいっ。私たち本当に何もしていませんっ」
このままでは負ける、と思ったのか、勝気なメイドがカイキに助けを求める。
「……………………」
しかし、カイキは無反応。
黙って、二人を見つめる。
その真っ直ぐな視線と無言の圧力に、メイドたちの焦りがさらに加速する。
「どうせ宝石に目がくらんで、何も考えず軽い気持ちで盗ったんでしょ?たまにいるのよね~。毎日管理してるもんだから、自分の物みたく勘違いしちゃって、盗ってもバレないだろう、と思っちゃうバカなヤツ~」
さらに追い詰めるように、雪乃は言った。
「ひ、ひどい!そこまで言わなくてもっ。私たちはキッチンになんて入ってませんっ!」
「そうよ!むしろ、私たちに罪を着せるために、ユキノさんがワザと棚に隠したんじゃないんですかっ!」
きっぱりと、言った。
すっごくお久しぶり更新です。
犯人は、身近にいました!




