トレニアに溺れる、蝶09
トレニアに溺れる、蝶09
「レティシア?どうかしました?」
視線を彷徨わせ、まだ何か言いたげな様子をチラチラ見せるレティシアに気が付いて、放って置けばいいものを、性格がそうさせるのか、カイキはそっと尋ねた。
「……い、いえその……。あの、カイキ様はユキノさんの手料理を頻繁に召し上がっているのですね……」
もごもご、と言いにくそうにしながらも、意味ありげな物言いで聞いてきた。
表情が、曇る。
どうやらレティシアは、他の女の作る手料理を、婚約者に食べて欲しくないようだ。
「ええ、たまにですが。ユキはこう見えて、とても料理上手なんですよ」
そんなレティシアの様子に気付いていないわけもないのだろうに、カイキは気付いていないフリで平然と答えた。
「……そ、そうなのですか……」
レティシアは小さな声で呟くと、さらに暗い表情で目線を落とした。
(何これ……)
二人のやり取りを聞いていた雪乃は、小さく息を吐く。
この何とも言えない言葉の応酬や距離感が、見ていてとても面倒くさい。
『婚約者』といういかにもな関係性を掲げている割には、まだまだ気持ちの部分は浅いようだ。
「とにかく、あたしは今から料理作るんだから、ウドの大木みたいに立ってるだけなら、邪魔なんでさっさと出てってくれない?」
これ以上、構ってはいられない。
雪乃は、しっし、と手を振り、追い出すように言った。
が。
「では、私もお手伝いしますよ」
退室を望む雪乃を無視し、カイキは笑顔で申し出た。
雪乃の動きが、ピタリと止まる。
「え?いや、手伝わなくても大丈夫だよ?」
やんわりと断る雪乃に、
「何を作る予定なんです?」
にっこり、と拒絶を許さないイイ笑顔で聞いてきた。
「えと……生姜焼き定食だけど」
雪乃は、素直に答える。
「ああ、いいですね。美味しそうだ」
カイキはとても嬉しそうに袖をまくると、素早くアシスタントとしての準備をはじめ出す。
これは、何を言っても引きそうにはない。
(まぁ、いいか……)
少々、唖然とする雪乃だったが、手伝いたいのならいいだろう、と受け入れる。
「じゃあ、野菜を切ってくれる?」
「はい、わかりました」
雪乃の指示を受け、カイキが野菜を手に取った瞬間、その姿に異を唱える者が一人、いた。
「ちょっと待って下さい。カイキ様が料理など手伝う必要はないのですから、止めてください」
レティシアはあわててカイキに近づき、待ったをかける。
これにより、せっかく進みそうになった展開が再びストップさせられる。
「………………はぁ」
雪乃は、小さく息を吐く。
けして、レティシアに悪意があるわけではない。
彼女は、単に王であるカイキに料理人がするような仕事をさせたくないだけなのだろう。
しかし、それによりこちらの動きが妨げられたことには変わりなく、雪乃は眉根を寄せる。
「レティシア。私はこれまでも何度も手伝いはしているので、問題ないですよ。貴女は、ゆっくりしていて構いませんから」
不機嫌になりつつある雪乃を気にしながら、カイキはやんわりと邪魔しないように伝える。
だが、そんなことでレティシアが引くわけがない。
「カイキ様お一人に、そんなことはさせられません。わたしも手伝います!」
「えっ」
突然の言葉に、カイキは驚きと戸惑いの声を上げる。
「いや、君は手伝わなくてもいいですよ。一応、お客ですし、ね」
自分も、半ば強引に押し通したにも関わらず、どうにか彼女の提案を断ろうとするカイキだが、彼女の耳には届かない。
「大丈夫です。わたし、最近お料理のお勉強をはじめたんです!」
「いえ、そういう問題ではなく……」
「ユキノさん、お皿を出せばいいのだろう?」
言うが早い。
レティシアはやる気満々で雪乃へ話しかけ、答えが返ってくるよりも早く食器棚の扉を開けた。
と。
……ゴトリ。
扉を開けた瞬間に、中から何かが滑り落ち、床に当たって鈍い音を立てた。
「ん?これは……。ネックレス?」
足元へ落ちて来た物を拾い上げ、レティシアが言った。
それは、ピンポン玉サイズの宝石がゴテゴテと輝くド派手なネックレスだった。
「……あらまぁ」
上品さのカケラもないネックレスの登場に、雪乃はさほど驚きを見せないまま冷静に見つめ、声を発した。
「何故、こんなところから……?」
カイキが、ぽかん、とした表情で目を瞬かせる。
「これは、カイキ様の物なんです?」
「えぇ。かなり高価な物ですから、保管室にあるはずなんですが……」
カイキは不思議そうに首を傾げながら、レティシアの手からネックレスを受け取る。
「まさか、誰かが保管室から盗ってしまわれた、と……?」
レティシアは口元に手を当て驚いた表情を浮かべながら言い、ちらり、と雪乃へと遠慮がちな視線を送る。
「とんでもない物が出てきちゃったわねぇ」
カイキの肩に手を置きネックレスを覗き込みながら、雪乃はにやり、と笑った。
「あの、まさかこれはユキノさんがここに……?」
ニヤニヤ、と口角を上げて薄く笑う雪乃に疑問を抱いたのか、レティシアが強ばった顔付きで問うてきた。
「失礼ね~。このあたしが、こんなコントみたいなミス犯すわけないでしょ。あたしが犯人なら、もっと見つからない場所に隠して、無くなっていることすら察知されないように小細工して、完全犯罪成立させるっての」
フフン、と得意げに言う。
「ああ、確かに。貴女なら、そうでしょうね」
くすり、とカイキが笑む。
「そ、そう堂々と宣言させても……」
微笑むカイキとは逆に、レティシアは雪乃の言葉を冗談として笑い飛ばせないのか、頬を引きつらせる。
「まぁ、そんなことより。ユキ、これからどうするおつもりで?」
カイキが、脱線しかけている会話を本線へと戻し、次なる行動を問う。
これはどう見ても、雪乃を犯人とするために仕掛けられた罠だ。
カイキがこれを見ても雪乃を疑うような気持ちにはならなだろうが、この城の中には疑っている魔族が大勢いる。
ここからネックレスが出てきたとあれば、ますます雪乃を疑うだろう。
「フフン。そんなの、決まってるじゃない」
雪乃は鼻で笑いながら口を開き、カイキの肩に置いていた手を離す。
「お昼ご飯を作って、食べる!」
今、自分が行うべき行動は、これしかない。
雪乃はカイキから離れると、再び食材の前に立つ。
「へ?」
レティシアが、素っ頓狂な声を出す。
「そうですね。まずは腹ごしらえ、ですね」
カイキもこくり、と頷いて、ネックレスをテーブルの上に置いた。
***** *****
食器棚から落ちてきたネックレスは、やはり、昨日、様子を見に行った、盗難が相次いでいる保管室に本来ならばあるべき物で、数千万の価値のある装飾品であった。
宣言通り、生姜焼き定食を作り、お腹いっぱいに昼食を堪能し空腹を埋めた雪乃は、それからすぐには動かず、午後を何事もなかったかのようにゆっくりと過ごし、3時のおやつなんかも味わった後、カイキに頼んで保管室を管理しているメイドたちを全員、応接室へと呼び集めてもらった。
一人がけのソファに、どかり、と主の如く陣取る雪乃の前に、メイドが五人、並んでいた。
どうやらミレニアが一番年長者らしく、他の四人の容姿は彼女より十歳ほど若く見える。
メイドたちは、何故集められたのか分からない、といった様子で佇んでいる。
「仕事中にすまない。ちょっと聞きたいことがあって、集まってもらった」
隣のソファに座り、固い表情を滲ませているカイキが、静かに口を開いた。
彼の隣には、これまだ固い表情のレティシアが座っている。
「いいえ。とんでもございません。ご命令に従うのが、私たちのつとめですから」
ミレニアが、小さく微笑む。
その笑みはとろけるように柔らかで、カイキに対する従順さがヒシヒシと伝わり、雪乃のイタズラ心をくすぐった。
「あらそうなの?じゃあ、まず美味しいお茶でも頂こうかしら。甘いお菓子でもあったら、最高なのだけど」
雪乃は足を組み、偉そうな口調で言ってのけた。
「貴女には言っていませんっ!」
それまで、カイキに注いでいた笑みを一瞬で消し去り、キッ、と眼光鋭く雪乃を睨み付ける。
「あら、怖い」
獲物を狙う蛇のごとく凄むミレニアに、雪乃は肩をすくめて見せる。
「……ユキ。大事な話しが進まないので、ちょっと黙って」
面白がっている雪乃を、カイキが窘める。
「あはは~。ごめんね、ついつい」
雪乃は、軽い口調で謝る。
ミレニアの様子を見ていたら、無意識にいつもの調子で軽口を叩いてしまうから、いけない。
本題に、戻らなければ。
雪乃は、緩んだ意識を引き締める。
そんな雪乃の様子に、これ以上はふざけないだろう、と読んだカイキが、口を開く。
「今日の昼頃、このネックレスが出てきたんだ。これに見覚えは?」
おもむろに、ネックレスをテーブルの上に置いた。
「あ!」
「それはっ」
「私たちが管理している物に、違いあるません。昨日まで保管室にあったはずですが……」
ハッとザワめくメイドたちのすぐ後で、ミレニアが困惑した表情で言った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
気がつけば、一ヶ月近くも更新していませんでした(ーー;)
時が経つのは早い……。
さてさて、ようやく物語は終わりへと近付いてきました。
次回、犯人出ます!(キッパリ!)




