トレニアに溺れる、蝶08
トレニアに溺れる、蝶08
素人がわざわざスラムに足を運び、一級品を売り込む……。
何かワケありとしか、思えない。
「その一級品って、もうどっかの誰かに売っちゃったりしたの?」
「いや。出処が怪しいからの……。はじめは買い取るのを躊躇しとったようだが、相手がどうしても売りたい様子で、しつこく値下げまでしてきたらしくての。根負けして仕方なく買い取ったそうじゃ。だが、どうしたらいいのか困っとるようじゃよ」
髭を撫でながら、言った。
さすがだ。
闇市という、一見秩序もなさそうに見える世界だが、そこに関わっているの者たちは『闇』に染まり、『闇』と共に生きている。
妙なものを嗅ぎ分ける嗅覚は、抜群だ。
「ちなみに、その素人さんが売りに来たのって、いつかわかる?」
「一週間ほど前かの」
一週間。
時間的には、合う。
雪乃は腕を組み、ふむ、と考え込む。
これだけの情報で動くのは、早い気もする。
気もするのだが…………。
「悪いけど、その商品買い取っててくれないかな?お金はいくらかかってもいいからさ」
考えた末、口を開いた。
「よいのか?お前さんの望む物か、わからんぞ?」
「いいよ。じいさんと、その店の主の目を信じてるし」
雪乃は、頷く。
盗難にあった装飾品の詳しい外見がわからない以上、城へ持って行って直接メイドに確認してもらうしか手はない。
かなり賭けに近いけれど、店主の話しを聞く限り、持ち込まれた装飾品が盗難された物の可能性は極めて高い。
「盗られた物は髪留めとピアス、ネックレスだったの。それらしい物だったら、買っておこう」
「ありがと。二日後にまた来るわ」
雪乃がそう言うと、
「明日の同じ時間には用意しておこう」
店主は目を細め、日時の指定をした。
「さっすが。仕事が早い」
満足気に笑うと、雪乃は立ち上がる。
「料金は、さっき奪った『情報』でいいわよね」
にやり、と意味ありげな笑みを刻み、雪乃はレティシアをそっと指差す。
「やれやれ。そっちが勝手に連れて来ておいて……」
偶然、入って来たレティシアという『情報』をちゃっかり料金として使う雪乃に対し、やや困ったような口調で言い、言いながらも報酬としては満足しているのか、店主は仕方がない、と納得するような様子を見せて頷いた。
「私が、何か?」
自分へと注意が注がれているのを感じとったのか、レティシアが、怪訝そうな表情を浮かべる。
「いいや、何でもないよ。……話しはもう終わったから、帰ろうか」
雪乃は軽く首を振ると、店主に背を向けてドアの方へと歩き出す。
「あ、ああ。……えと、お邪魔しました」
さっさと店を出ようとする雪乃に慌てながらも、レティシアはきっちり店主に頭を下げて挨拶を済ませ、踵を返した。
「なかなか純粋な子のようじゃの……」
ゆっくりとドアを閉め出て行ったレティシアを見送りながら、ぽつり、と店主は呟いた。
***** *****
只今の時刻は、午前十一時。
情報収集のためスラム街に趣き、店主と話しをしてから、一日が経過していた。
昨日、翌日に再び訪ねる予定を入れていた雪乃は、そのままスノーシェリカ城に一泊し、今日を迎えていた。
あと数時間もすれば、昨日頼んでおいた事の結果が手に入るだろう。
それまで、別段やることのない雪乃は、やや早い昼食を摂るべく、キッチンへと立っていた。
「うし!作るか」
雪乃はそう意気込みながら、腕まくりをする。
カイキの自室から、ちょっと離れた場所にひっそりと存在している小さなキッチンは、必要なものしか揃っていないシンプルな作りだったがちょっとした料理を使うにはとても便利で、ほとんど人が出入りしないことをいいことに、雪乃が頻繁に出入りする場所の一つと化していた。
食器棚の中に詰め込まれている食器やグラス類は、いつの間にか雪乃の好みの物に変えられ、十種類以上ある調味料や保存食も雪乃が購入して来た物で占められている。
ここだけの話しだが、別の世界から買ってきて備蓄している物もあったりするので、雪乃の中ではすっかり自宅のキッチン感覚が芽生えていた。
雪乃は素早くエプロンを身に付け、手を洗う。
昼食を作るにはやや早い気もするが、他にやることもないので料理を作り時間を潰すことにする。
「なんて思いつつ、何を作るかだよな……」
雪乃は独りごちながら、キッチンに面したドアを開ける。
中は、ひんやりとした空気が漂う小部屋だった。
扉のない大きな棚や、大きな箱が無造作に置かれていて、中には様々な食材が入っていた。
瑞々しい野菜にはじまり、バターや牛乳といった乳製品、お菓子、飲料水、ちょっと離れた所には生肉が置いてある。
小部屋の中は魔術によって常に冷気が充満し、食品を痛まないように守っている。
つまりここは、小部屋全体が冷蔵庫の役割をしている、ということである。
雪乃は野菜と肉を確認し、脳裏で調理可能なメニューを思い浮かべながら、さらにその中から自分が食べたい物を選別し、絞っていく。
「ふむ。生姜焼き定食にするか……」
がっつり、肉を食べたい気分だ。
素早くメニューを決めると、雪乃は必要な材料を棚から取り出し、部屋を出る。
中央に置かれている木製の渋みのあるテーブルの上に材料を並べ、棚から調理器具を出しコンロの上に乗せる。
コンロには、やはり魔術が施され、魔力がない者でも簡単に火を付けることが出来る仕組みとなっている。
火加減の調整は、足りなければ己の魔力を与え強火にすることも可能だが、システムキッチンのような便利さはない。
この世界は、すべての動力に魔術が用意られる。
明かりを灯すのも道具を動かすのも、魔力なくしては不可能だ。
魔族にとってそれはたいした問題ではないけれど、魔力のほとんど持たない者も多く存在する人間にとって、それは死活問題。
故に魔力の少ない人々は魔術の込められている『魔石』を購入し、それを利用しなければ満足に生活出来ないという状況に陥っている。
「家電を持ち込みたい衝動に駆られるけど、魔力じゃ動かないしなぁ……」
電子レンジや炊飯器、ホームベーカリーなどを置けば作れる料理の幅も広がるのだが、いかんせんこちらの世界では動かない。
こっちでも誰かが発明してくれないかなぁ、などと腕を組み思っていると、
「どうしました?何か問題でも?」
聞き慣れた男の声が届いた。
ちらり、と視線を飛ばせば、声の主であるカイキがレティシアを伴い、入口に立っていた。
「…………何でいんのよ」
雪乃は、あからさまにイヤな顔で二人を迎えた。
「キッチンへ向かった、と彼女に聞いて……。昼食は、こちらで?」
仏頂面の雪乃を気にする風もなく、いつものように爽やか笑みを浮かべたカイキが聞いてきた。
「あ~まぁね。お城の豪勢な料理もいいけど、もう飽きちゃって。あたしの口が庶民的な料理を求めているのよね」
「ああ、なるほど」
嘆息する雪乃に、カイキは小さく笑う。
城で出される食事は、一流の料理人が贅沢な食材をふんだんに使い、作られている。
煌びやかで濃厚で、超高カロリー。
毎食がパーティー状態なのだ。
一日程度ならば豪勢な食事もいいのだが、二日、三日とそれが続くと、贅沢な話しだが、飽きてくるのだ。
街へ降りてもいいのだが、今日は和食の気分なのだ。
「そうだ、二人も食べる?食べるなら、作ってあげるけど?」
雪乃がそう切り出すと、
「え?」
「食べます!」
思わずきょとん、と呆けるレティシアとは逆に、カイキが即答した。
「えぇっ!」
カイキの反応に、レティシアが驚きの声を上げる。
「オッケー。とびきり美味しい手料理作ってあげるから、楽しみにしてな」
雪乃は、にやり、と笑う。
しかし、意気込む雪乃の思いを削ぐ声が、挙がった。
「ユキノさん、ちょっと待ってくれ。昼食なら、もうすでにシェフが用意してくれているんだ。今から必要ないと伝えるのは、時間的に遅いような気がするのだが……」
レティシアだ。
「別に構わないでしょ。臣下のおっさんやメイドさんたちのお昼にすればいいんだし」
その他にも、城には大勢の魔族や人が働いている。
カイキたちの食事を回すくらい、問題ない。
「いや、彼らとは食べている物が違うんだ……」
「はぁ?何をケチくさいこと言ってるのよ。いいじゃない、別に」
「しかし、彼らも混乱するかと……」
レティシアは、ちらり、とカイキを見つめる。
自分だけでは説得できない、と思っているようでカイキに助けを求める。
だが、そもそもカイキは雪乃派だ。
「一食くらい、構わないでしょう」
注がれる視線の真意を知ってか知らずか、受け止めながらカイキは淡々と答えた。
「……か、カイキ様がそう仰るのなら……」
本人にそう言われてしまえば、レティシアに異を唱える術はない。
「………………」
レティシアは、それでも納得しかねるような表情を浮かべたままで、スっと視線をそらした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
スラムの次は、料理です。笑。




