くすぶる陰謀7
くるぶる陰謀7
「あら。なにそれ?珍しい本ね」
スっと差し出された一冊の本に目を止めて、包丁を握っていたサクラが不思議そうな顔付きで問いかけてきた。
だがその質問には答えず、ツバキは無言で本を開く。
パラパラと長い指先でページを流し適当なところで止めると、ツバキは二人の目に入りやすいように前へと突き出す。
「なになに?何が書いてあるの?」
興味津津と、ユウキは本を覗き込む。
そこには、若い人間のイラストと古代文字が並んでいた。
(これって……)
ユウキは、瞬時に黙読する。
古代文字で成り立っている文章は、名前と年齢。そして身体的な特徴を構成していた。
おそらく、横にイラストで描かれている人物の情報だろう。
つまり、プロフィールだ。
「ねぇ、ツバキくん。この本って一体なに?ここに書かれてる文字って、ず~っと昔に使われなくなったっていうヤツだよね。本自体は新品みたいに綺麗だけど……」
ユウキは、そっと字をなぞりながら問うた。
すっかり使われなくなってしまった遥か昔の文字。
この文字が衰退し、千年は経過している。
今では揶揄をも含んで『古代文字』とも呼ばれている。
しかし字体は恐ろしく古臭いくせに、この本の表や裏に目立った汚れはなく、紙に劣化も見られない。
どう見ても最近作られた本だ。
魔術を使い特殊に保管されている物かとも思ったが、術の気配もない。
となるとこれはわざわざ読みにくい文字を使い、最近作られた本、ということになる。
何故、そこまでしてこのようなプロフィール本を?
これが、ツバキが受けている『仕事』と何ら関係しているとでもいうのだろうか……?
「これって昔の文字よね。今じゃ滅多に見れるものではないのに……。ツバキちゃん、それ読めるの?」
ちなみに私は読めないわよ、と付け足したサクラの問いかけに、
「問題ない、と言いたいところだが。なんせ、千年以上も前に滅んだ文字だからな……。しかし、おそらく個人情報の類だと俺は読んでいる」
眉を寄せ、ツバキは答えた。
(正解!)
ユウキは心の中でガッツポーズを作る。
どうやらさすがのツバキも古代の文字までは読めないようだった。
それでも記されているイラストや数字の並びから推測し、正しい答えを導き出したようである。
何の情報すら引き出せない場合は、こっそりとヒントを出そうかと考えていたユウキは、己の危惧が無駄に終わったことに対し、ホッとする。
さすがツバキ、と言うしかないだろう。
しかし、これを理解したところで『事件』の真相に繋がる重大なヒントになるのかは謎である。
むしろ、この本の入手経路の方が気になる。
「ツバキくん、これどうやって手に入れたの?」
「城の地下で偶然発見した。手がかりになるだろうと思い入手したんだが、はっきり言って何を指しているのかさっぱりだ。城の連中との関連性もまだ見つかってはいない……」
「お城の中でこれを……」
ツバキの返答に、ユウキは神妙な面持ちで呟く。
「あら。つまりツバキちゃんは城の魔族たちが人間を攫っていると読んで色々調べている時に、その怪しい本を手に入れたのね。けれど、確固たる証拠までは何一つ掴めていない、と?」
「…………。ああ」
「まぁ、らしくないわね。ユウキちゃんを呼んだ理由は?」
紡がれるサクラの言葉の中に、ふと出た自分の名前。
ユウキは、自然と姿勢を正す。
「ユウキ。メイドとして城に侵入し、俺の手伝いをしろ」
それは拒絶を許さない、強い口調だった。
「あたしに、囮になれってこと?」
ユウキは、肩を震わせた。
声は、震えていなかっただろうか?
『手伝い』という表現は聞こえがいいが、その裏に隠された真意に気が付かないほどバカではない。
標的にされているのが『人間の若者』という話しを聞かされた以上、自分が置かれる状況はもはや『囮役』としか考えられない。
「ああ、珍しく察しがいいな」
臆面もなく、ツバキは囮役としての利用を認める。
呼ばれた時点で何かあるのでは、と感じてはいたが、よもや『囮役』を命じられるとは。
いくら相手が募集という意思を示しているとはいえ、王城は保守的な概念が濃いために人間嫌いな魔族の巣窟だ。
言わば敵地に乗り込むようなもの。
初歩的な魔術しか扱えないユウキにとって危険極まりない。
滅多にないツバキからの要請に応えたいという気持ちはあるけれど、その半面で果たして自分に務まるのだろうか、という不安が芽生える。
ただでさえ、足手纏いとされているのだ。
「も、もしも魔族さんたちに探っていることがバレたら、どうなるの?」
恐る恐る、聞く。
「弱者は、殺されるだけだ」
「…………」
わだかまる恐怖を助長させるような言葉を、ツバキは淡々と述べた。
しかしこれが、現実だ。
彼らにとって人間の命など、その程度のものとしか思っていない。
「だが、これは絶好のチャンスでもある。城は人間がそう簡単に出入りできる場所ではない。今のうちにバカ共の懐に入り込んで、王の寝首を掻く機会を狙うには最適だ」
ニヤリ、とツバキは笑った。
「待って。寝首を掻くって、いくら何でも危険だよ」
無謀すぎる、とユウキは不安な目でツバキに訴えかける。
ツバキが内心で魔族を快く思っていないことは承知だが、喧嘩を売るには相手が悪すぎる。
しかも『王』に手を出そうなど。
もはや、狂気の沙汰だ。
「そんなことは百も承知だ。だが、俺たちを拒絶する腐りきった今の世界に、興味はない」
「興味、ないの?この世界に……」
ユウキは、オウム返す。
国に不満を抱き『王』を毛嫌いしていることは承知しているが、興味がない、と言い放った彼が、悲しかった。
「俺の望みは、この世界のすべてを消し去り、新しい秩序を創ることだ。そのためならば、どんな犠牲も手段も厭わない。俺には、それだけの力があると信じている」
ツバキの瞳から揺るぎない意志と覚悟が溢れ出し、いつものクールな彼を饒舌にさせた。




