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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
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トレニアに溺れる、蝶07

トレニアに溺れる、蝶07







「あ、あれなのか……?」

 雪乃が指差した方向へ視線を向けたレティシアは、あまりにもスラム街には不釣り合い過ぎる外観を持つ建物に、ぽかん、とした表情で呟いた。

 黄色い板に赤い色で『いらっしゃいませ』と書かれている巨大な看板。

 それを左右から支えるように二体の筋骨隆々な男の像が佇み、到底、歓迎しているとは思えないほど鬼のような凄まじい形相を刻ませている。

 店内に入るには圧力しか感じられないこの二体の像を潜らなければならず、これを見て怖気ずく人もいると聞いたことがある。

 まるで、魔除けのようだ。

「あの、何故だろう。すごく危険な気がするのだが……。入って大丈夫なのか?」

 不安そに、問う。

 どうやら、二体の像がさっそく効果を発揮しているようだ。

「あら。貴女、なかなかいい嗅覚してるじゃないの」

 たじろぐレティシアに、雪乃は、にやり、と意地悪そうな笑を浮かべる。

「……本当に、ここなのか……?」

「イヤなら、ここで待っててもいいわよ?そんな長くはならないと思うし……」

 雪乃がそう言うと、

「えっ。い、いやそんなっ。……大丈夫だ。私も一緒に行く」

 レティシアは驚いた表情で首を激しく横に振り、雪乃の提案を拒絶する。

 怪しい店に入るのは気が進まないけれど、何が起きるかわからないスラムに一人取り残されるよりは、マシなのだろう。

「店主はなかなか食えないじーさんだけど、危険な場所じゃないからそんなに怯えなくても大丈夫よ」

「あ、ああ……」

 ビクつくレティシアを慰めるように言うと、雪乃は厳つい二体の像を潜る。

 おずおず、とレティシアがそれに続く。

 像の奥には隠れるようにドアが設置され、雪乃はノブを回した。


 ギィィ。


 来客を告げるドアの悲鳴が、雪乃たちを招き入れる。

「こんにちは~。じいさん、まだ生きてるか~」

 何とも失礼極まりない言葉をかけながら、雪乃は薄暗い店内に足を踏み入れた。

 名前のない店の内部は、物で溢れかえっていた。

 びっしりと並べられている棚の中には、分厚い書物から、呪術にでも用いるかのような不気味な笑を浮かべる怪しい人形、ホコリ被っている大皿や動物の置き物など、ぎゅうぎゅうに押し込まれている。

 床の上には、いくつもの箱が、店内に進むことを阻むかのように置かれ、派手な花瓶やツボ、南国でウケそうなバッグが山のように詰め込まれている。

 そして店の一番奥。

 一段高くなっている場所に、ズドン、と鎮座する老人が一人、こちらに目を向けていた。

「いらっしゃい……」

 店主が、ゆっくりと口を開いた。

 歳の頃は、七十前半くらいだろうか。

 背中を丸め、ちょこん、と座る小柄な老人は、チラホラと見える白髪交じりの髪をきっちり整え、顎を覆う立派な髭からは品のようなものが漂い、スラムの住人とは思えないほど身なりも小ざっぱりしていた。

 小顔の中にはしっかりと深くシワが年輪のように刻まれ、長い年月、佇む巨木のような迫力が全身から漲り、空気のように静かに座り雪乃を見つめる双眸は曇りひとつなく、その奥に獣の牙を潜ませているのが伝わってくる。


「今日は、珍しい客を連れてきておるようじゃの……」

 店主の目が、興味深そうに雪乃の後ろに佇むレティシアへと注がれる。

「は、はじめまして。レティシアと申します。本日は、突然訪問してしまってお騒がせ致します」

 緊張した面持ちながら姿勢を正し、レティシアが名を名乗った。

「スラムにあるとは言え、一応ここは店なんだからそんなに堅苦しいこと言わなくてもいいのに……」

 律儀に詫びるレティシアに、雪乃は言う。

「うむ。はじめまして。こんな汚い場所に、こんな綺麗で礼儀正しいお嬢さんが来てくれる日が来ようとはのぉ」

 店主は人の良さそうな顔を作り立派な髭を撫でながら、目を細める。

 どうやら、レティシアの言葉遣いや立ち振る舞いから、一目で一般市民ではないことを見抜いたようだ。


(相変わらず、目聡い爺さんね)


 雪乃は、彼の持つ観察力と推測力に素直に感心する。

 レティシアの素性を彼が知ったことについては、まぁ、たいした問題にはならないだろう。

 それを悪用するようなタイプではない。


「色々な物が揃っていて、とても面白いです」

 自分の正体がバレてしまっていることなどまったく気付いていないレティシアは、呑気に話を続ける。

「うむ。ちと散らかっておるが、ゆっくり見ていきなされ」

「はい。ありがとうございます」

 レティシアは、にこり、と小さく笑を浮かべると、周囲を改めて見渡しはじめる。

 ちょっと薄暗い店内だが、目さえ慣れてくれば案外、見えてくるものだ。

 彼女は、棚の中や床に置かれている箱の中を興味深そうに眺めていく。

 

「で。今日は何の用じゃ?」

 上手く会話を流し、レティシアに名を名乗るという行為を回避した店主が、再び雪乃を見つめる。

「うん、ちょっと聞きたいことがあってね……」

 雪乃は切り出しながら、商品なのかそうではないのかよくわからない椅子に腰かけた。

「最近、城で髪留めとピアス、ネックレスの盗難があったの。何か変わった人物がいるとか怪しい噂話しとか、聞いてない?」

「城で、盗難?」

「ゆ、ユキノさん何をっ!」

 躊躇うことなく喋り出した雪乃に、店主は眉を潜め、店内を物色していたレティシアが驚きの声を上げ振り返った。

「そんなこと、他人にベラベラ喋る必要はないだろうっ」

 ぐっと、肩を掴まれる。

 ふと見れば、レティシアの顔にはうっすらと焦りが滲んでいた。

 まさか、こうも簡単に城内で起こった騒ぎを暴露されるとは思ってもみなかったようで、口の軽い雪乃に批難めいた視線を注ぐ。

「隠しても無駄よ。ここの店主、すっごい早耳なんだから」

 けれど雪乃は、ケロリとした表情で返す。

「だからと言って、よりによって城で起きたことを平気で話していい理由にならないだろうっ」

 非常識だ、と言わんばかりのレティシアの言葉と表情に、雪乃は嘆息する。

「大事な話しだから、ちょっと黙っててくれないかな?」

「だがっ……」

 注意する雪乃に、けれど納得できないレティシアは難色を示す。

「犯人を捕まえたいんじゃないの?」

「し、しかし……」

 レティシアは瞳を曇らせる。


「……最近、闇市に一級品の装飾品が入ってきた、という話しなら耳にしておるが」

 ごたごた話す二人の様子を見かねたのか、店主がゆっくりと口を開いた。

「闇市に?」

 ぽつりと零された言葉に、雪乃の片眉が器用に持ち上がる。

「スラムには、闇市なんてものまであるのか……?」

「そりゃあ、あるでしょ」

「だが、何故闇市にそんな高価な物が……?」

 不思議そうに、首を傾げる。

「身元がバレないように裏で取り引きするのは、基本中の基本よ」

 困惑するレティシアに、平然と雪乃が言った。

 闇市には、様々な人々が出入りし、様々な商品が取引される。

 表ではけして取り扱えない危険な品も多く存在し、秘密裏に様々な物を売買できる。

 闇市には様々な事情を抱え訪れる者が多いため、他人に干渉しないのが暗黙のルールだ。

 けれど、いくら身元が判明しずらい闇市での売買とは言え、滅多にお目にかかれないほど珍しい物が入ってくれば、流石に話題となる。

 早耳である店主の元に、情報が入ってこないわけがない。


「それを売りに来たのって、どんな奴が聞いてる?」

「ごく普通だった、と聞いておるぞ」

「『普通』ね……」

 反芻しながら、雪乃はにやり、と笑う。

 ――――やはり、予想通り。


 『普通』ということは、つまり犯罪に身を置くプロではなく一般人臭がプンプン漂う素人だった、ということに他ならなかった。








ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


スラムで情報収集~。

店主は何でも知っているのです。

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