トレニアに溺れる、蝶05
トレニアに溺れる、蝶05
事の発端は、二週間ほど前。
装飾品などを保管している部屋から、アクセサリーが紛失した。
はじめは、仕舞う場所を間違えただけだろう、とそんな程度にしか考えておらず、さほど重要視していなかった。
なんせ城には数え切れないほど装飾品を保管する部屋があり、何人ものメイドたちが出入りしているのだ。
保管場所のちょっとしたミスが起きてしまうことも、ある。
けれどいくら探してもアクセサリーは見つからず、それどころか数日後、今度はピアスが消えた。
いくら消えたアクセサリーがピアスだとはいえ、そこは一級品のシロモノだ。
売れば、かなりの額になる。
「そこでようやく盗難の可能性がある、という考えに至ったのですが……。正直、家臣とメイドから可能性の話しを聞いただけで証拠などもあるわけではないので、何とも言えない状況ではあります」
「そんな状態なのに、何であたしの名前が出るのよ?」
雪乃は、問う。
「……装飾品を管理する部屋には術が施されており、普通の人間が入ることは不可能なんです」
「だから『普通じゃない』あたしが犯人扱いってわけ?」
「彼らは、そう考えたんでしょうね……」
雪乃の言葉に、カイキはため息を付いた。
普通に考えれば、まず最初に疑うのは術を突破することの出来る魔族だと思うのだが、彼らがまず容疑をかけたのは、城に出入りする鬱陶しい人間――――雪乃だった。
「まぁ、なんと言うか……わかりやすいわね」
魔族たちから注がれる感情が素直すぎて、怒る気すら起きない。
「すみません……」
カイキが、頭を抱え項垂れる。
「しかし、証拠もないのにユキノさんを泥棒だと決め付けるなんてこと、本当にするのだろうか……?」
信じられない、とばかりにレティシアが口を開く。
「するわよ。ここの連中って、だいたいそんなもんだから」
彼らからの一方的な想いに慣れてしまった雪乃は、気にした風もなく断言した。
「それはあまりにも、酷過ぎでは……?」
「あたしはもう慣れちゃったから何とも思わないけど、他の人からしてみればヒドイかもしれないわね」
雪乃は、澄ました顔で答える。
培ってきた経験のせいか、他者から浴びせられる敵意や悪意に対し、すっかり免疫の付いている雪乃には、もはや外部からの攻撃に対し揺らめくような心は持ち合わせてはいなかった。
だが、今のレティシアの言葉で、彼女が魔族たちの意識に違和感を覚える心の持ち主で、それがカイキと近い場所にあるかもしれない、とわかり、雪乃は何となく嬉しい気持ちになる。
「で、これからどうするつもりだ?アンタを犯人だと決め付けている魔族たちは、今にもアンタを捕まえようとしているぞ」
シュウが、聞く。
「なるほど。だからカイキは早く帰れって言ったわけね……」
雪乃の脳裏に、自分を捕らえようといきり立つ魔族の姿が、容易に浮かび上がってくる。
彼らは、どうやって雪乃をカイキから引き離せるか、常日頃から考えている。
そんな魔族たちにとって、盗難騒ぎは、証拠の有無に関係なく、雪乃を排除する絶好のチャンスだと思っているのかもしれない。
「ユキの潔白が証明されるまで、城に近付かないようお願いしようと思っていたのですが……」
カイキは、神妙な面持ちで頷く。
どうやら彼は、雪乃の耳には入れず、不在中にすべてを解決させようとしていたらしい。
だが。
「それなら心配しなくても大丈夫よ。何も問題ないわ」
雪乃は、ニヤリ、と笑う。
自分にかけられた、泥棒という容疑。
話しを聞いているうちに、己の中にムクムクと興味が湧いてきた。
冤罪をかけられたことに対し憤りは生まれないが、大人しく見ているだけで終わらせるのは、面白くない。
関わってこそ、面白くなるというものだ。
「何故だろう。嫌な予感しかしないのですが……」
雪乃の満面の笑みに、カイキの表情が引つる。
「そんなことないわよ。あたしが犯人を捕まえてあげる、ってそう言うだけだし♪」
「え~」
口元に手を当て、うふふ、と笑う雪乃に、カイキは何故か嫌そうな顔をする。
「そんなわけで。カイキ、今から盗まれたかもしれないっていうその場所に、案内しなさい」
雪乃はすくっと立ち上がり、命令した。
*** ***
スノーシェリカ城には、数箇所、装飾品を保管する場所がある。
今回、数点の所在不明品が出たのは、その中でも比較的小さな部屋であった。
重厚な扉を開け中に入ると、天井まで伸びる棚に出迎えられた。
壁に張り付くように備えられている棚の中には大小、様々な装飾品がびっしり並べられており、部屋全体が宝石箱だった。
天井から降り注ぐ魔術の淡い光が宝石たちに注がれて、煌びやかに輝いている。
宝石に疎い雪乃ですら、一瞬目を奪われ、付けてみたい、という誘惑が頭をよぎる。
それに、これだけの装飾品が並んでいれば、一つや二つなくなったところでバレないかもしれない、とそんな思いが生まれる可能性も無きにしも非ずで、管理する者は色々な思いと葛藤しなければならないのかもしれない。
雪乃は、きょろきょろ、と視線を飛ばし部屋全体を見渡す。
重厚な扉には侵入者を拒む術が施されてはいるが、中は真っ白。
一度入ってしまえば、盗ることはさほど難しくはないだろう。
「す、すごい……。高価な宝石が、いっぱい……」
四方から輝きに包まれて、レティシアが驚嘆の声を上げる。
「……何で、君が一緒にいるのかな?」
雪乃が、じとり、とした目で聞く。
カイキの部屋で帰るに帰れなくなってしまったレティシアは、言葉を挟みつつも大人しくソファに座っていた。
雪乃が犯人探しをはじめると宣言し、カイキに案内役を頼み部屋を出た時、彼女とは別れるはずだったのだが……。
何故か、レティシアは今も隣に存在している。
料理人見習いであるシュウは自分の立場をわきまえ帰っていったのだが、カイキの『婚約者』という身内にも近い肩書きを持つ彼女は、当然のように付いて来ていた。
カイキもカイキでそれについて異を唱えることはせず、好きにさせている。
「あ、いや、つい気になって……。微力とは言え、私にも何か手伝えることがあるかもしれない、と思い……」
レティシアは、身を縮こませ答えた。
自分とは無関係とは言え、中途半端に話しを聞いてしまったせいで、すっかり興味が生まれてしまったようだ。
まぁ、興味があるのはそれだけではないのかもしれないが。
「私がここにいるのは、邪魔だろうか?」
さぐるように、レティシアは雪乃を見つめる。
不安そうに瞳を揺らす彼女の姿は、まるで雪乃という肉食獣に怯える小動物のように見え、何だか弱いものイジメをしているような気持ちが生まれ、追い返すことを躊躇させる。
「あ~。まぁ、別にいんじゃないの?ねぇ、カイキ」
後ろにいるであろうカイキに、視線は向けず声だけ投げかける。
「えっ。あ、はい。……そうですね」
同意を求める雪乃に、カイキは反射的な勢いで答えた。
カイキの本心がどうかは知らないが、雪乃自身、同行してくる彼女の存在を邪魔だとは感じてはいない。
余計な言動や的外れな発言で場の空気を困惑させるような人物ではないことは、短い付き合いながらわかっている。
「んで、カイキ。なくなったアクセって、どんなの?」
ここでようやくカイキに向き直り、話しを本題へと移行する。
「ええっと、髪留めとピアス、ネックレスですね。……何か、わかりますか?」
「い~や。何もわかんない」
早々に尋ねるカイキに、雪乃は首を振る。
現場に来れば、犯人に繋がる何かが手に入るかもしれないと思っていたのだが、これといって怪し場所も、不自然な術の乱れもない。
この状況下では、単にうっかり紛失してしまった、と思うのが普通だ。
「ここって、メイドは誰でも入れる場所なの?」
「いえ。一応、保管室なので、各部屋には決められた者しか入れないようになっています。ここに入室出来るのは、私とメイドの五名だけです」
「かけられている術は、どの部屋もこの程度のもんなの?」
「以前はそうでしたが、今回の騒ぎを受けて強化しています。それに各部屋にかけている術の種類も変更して、同じ解除方法にならないようにしました」
「なるほど。じゃあ、やっぱりその五人の中に犯人いるんじゃないの?」
「そう考えるのが普通なのですが、全員否定していますしそもそも、誰もメイドが盗ったとは考えていないみたいです」
「何でそうなるかな~。どう見てもメイドが怪しいに決まってるじゃない」
魔族の思考回路に呆れ、やれやれ、と嘆息しながら呟いた雪乃の言葉に、
「何ですって!」
怒りの込められた女性の声が響いた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
まだまだ続くぜ!
どうやら、1章なみの長さになりそうです。
番外編なのになぁ。笑。




