トレニアに溺れる、蝶04
トレニアに溺れる、蝶04
(おいおい)
多少の焦りがあったとは言え『本人の意志とは関係なく、親が勝手に決めた』などと堂々と言い放ったカイキに、雪乃はそこまで言うか、と心の中で囁く。
キッカケはどうであれ、レティシアがカイキに淡い恋心を抱いていることは、この短い間の対話で知ることが出来た。
たとえ『婚約』に至る経緯が大人の都合から生じたものであったとしても、想いが生まれてしまった乙女にとって今のカイキの言葉は、なかなかのものだろう。
「あ~でも、王様なんだから『婚約者』がいたって不思議じゃないわよね?」
自分の発言のせいで恋心を傷つけてしまったことに対し、何となく後ろめたさのようなものを感じ、雪乃は言った。
「そうでしょうか?」
カイキが、首を傾げる。
「そうだよ~。それに、今は何とも想ってなくても、未来はどうかわからないわよ?心なんてちょっとしたことで簡単に変わってしまうことだってあるわけだし……」
落ち込んでいるレティシアを勇気付けるように、雪乃は続けた。
だが。
「心は、そう簡単に変わったりしないと思いますが」
レティシアを庇うセリフをペラペラ喋る雪乃に、カイキはちょっとだけムッとした固い声音で言った。
どうやら、発言がお気に召さなかったらしい。
「………………」
あっちを立てればこっちが立たず、というやつだ。
「人は、可能性に満ちているってことよ」
「…………………………」
肩をすくめて見せる雪乃に、しかしカイキはまだ不満が残っているようで、黙り込む。
「そんなことより。カイキ、あたしの用があったんじゃないの?何気に急いでるっぽかったけど……?」
これ以上、このネタで話しをしていても仕方ない。
雪乃は素早く話題を、もっと重要性の高い方へと持っていく。
「あ、そうでした!喋っている暇なんてないんです。……ユキ、急いで帰って下さい」
雪乃の言葉にハッとしたカイキが、慌ただしさを含んだ声で言いながらソファへと近付くと、紳士な彼にしては珍しく座ったままでいる雪乃の腕を掴んだ。
「えっ?何よ、いきなりだな……。まぁ、いいけど……」
ぐっと腕を掴まれ、立ち上がるように促された雪乃は、戸惑いながらも素直にソファから立ち上がる。
事情はよくわからないが、カイキが帰った方がいい、と判断したのなら、きっとそっちの方がいいのだろう。
「すみません。説明は後日ちゃんとします」
「いんや。別に気にしなく――――」
気にしなくてもいい。
そう告げて扉を開けようとした雪乃より先に、扉がガチャリ、と開かれた。
「失礼します」
入室を宣言する声と、一人の少年が姿を現すのは、ほぼ同時だった。
「お前……」
突然、現れた少年にいち早く反応をしたのは、カイキだった。
歳の頃は、十八、九。
短く切りそろえられている黒い髪と大きいながら鋭さもある生意気そうな瞳が印象的な少年は、カイキの姿をとらえた瞬間に、ぺこり、と頭を下げた。
大人の身体を手に入れようとしている少年は、キュッと締まった肉体と健康的に焼けた肌を持ち、全身から活発そうな空気を醸し出している。
名を、シュウ。
彼は人間ながら料理人の見習いとして、城の厨房で日々、包丁を握っている人物だった
「あれ~。シュウちゃんじゃん。久しぶりねー」
突然の訪問者が、無粋な魔族ではなく見知った人物であったことを認識し、驚きつつも雪乃は気さくに声をかける。
「この時間にいるってことは……今日は休みなの?」
料理人の服装ではなく、ラフな私服で佇むシュウに雪乃は聞いた。
城で働く者たち、それらすべての胃を満たすため腕をふるう料理人たちの労働は生半可なものではない。
一食分の用意が整った瞬間に次の食事の準備がはじまり、一日中仕事に追われている。
仕事中に私服でウロつく時間など、ない。
「ん。休みだが書庫で料理の本を読んでた」
「そかそか。勉強熱心だね。でも、何でココにいるの?」
「それはアンタに……」
「シュウ。王の私室に、勝手に入ってくるな」
シュウのセリフを遮って、カイキは渋い顔付きで無断での入室を注意した。
それはまるで彼の発言をワザと邪魔しているようなタイミングで、雪乃は、はて、と違和感を覚えた。
「申し訳ありません。失礼とは承知しておりますが、どうしてもユキに確認したいことがあったもので。カイキ様が勝手に逃がす前に……」
ぺこり、と頭を下げ謝罪しながら、シュウが言った。
「………………」
「逃がす?あたしを?」
沈黙するカイキの傍で、雪乃は首を傾げる。
一体、何のことだろう。
「アンタに、ひとつ聞きたいことがある」
すっ、と目を細め、シュウが雪乃を直視する。
何だろう、と疑問の宿る頭で雪乃はシュウを見つめる。
けれど、雪乃が口を開くより先に、シュウとの間に大きな背中が割って入って来た。
カイキだ。
「だからユキは絶対に関係ないと、何度も言っているだろう。俺が保証する」
彼は、シュウから守るように雪乃の前に立つ。
ここから彼の浮かべている表情は見えないが、背中からかすかな怒りが感じられる。
「カイキ様。貴方の私情によって示される保証が何の意味も価値もないことくらい、わかっているでしょう。どいて下さい」
「……………………。」
バッサリ。
シュウから放たれる冷たいながら正論めいた言葉が、カイキの口を塞ぐ。
だが、身体は動かない。
「あ、あの……」
オズオズ、と上がる声がした。
レティシアだ。
「私が口を挟むのも何ですが……落ち着いてお話しをしてはどうでしょう?」
彼女は、自分とはまったく関係のない話しを目の前で展開され、完全に退室のタイミングを見失い、居心地悪そうにしながらもソファから提案してきた。
「そうですね。立ち話もなんですし。座りましょう」
シュウが、すかさず反応した。
「おまっ。勝手に!」
頷き、ソファへと座ろうとするシュウを、カイキは制止しようと腕を伸ばす。
だが、
「まぁ、いいじゃない。よくわからないけど、あたしに関係することなんでしょ?話しするよ」
止めようとするカイキを、雪乃が止めた。
カイキが自分を急いで帰宅させようとした理由に、突然、訪ねてきたシュウが関係していることは、明白だ。
ここまで来た以上、何も聞かずに帰るわけにはいかないだろう。
「………………。すみません」
「何であんたが謝るのよ?わけわかんないなぁ」
雪乃は小さく笑うと、再びソファに座り直した。
*** ***
雪乃の隣にカイキが座り、向かい側、やはり退室のタイミングを逃したレティシアの隣にシュウが腰を下ろした。
「で?聞きたいことって、何?」
クッションを膝の上に乗せ、その上で肘を立て掌の上に顎を乗せながら、雪乃は問うた。
「最近、城内で金品の盗難が続いている。犯人はお前か?」
「はぁっ!?」
「ちょ!いきなり何てことを言うんだっ」
いきなり投下されたシュウのストレートな発言に、雪乃は驚愕の声を上げ、カイキが声を荒げた。
「カイキ様は黙っていて下さい。私は、ユキに窺っているんです。――――で、どうなんだ?」
王に対する態度とは思えないほど冷静に、チクリ、とカイキに注意して、シュウは改めて問う。
「あたしが金品を盗んだかっていう話しなら、するわけないでしょ、そんなこと」
ムスっとした表情で、雪乃は答えた。
「言っておきますけどね、こう見えて一生働かなくても食べていけるだけの蓄えは持っているんですからね。それにあたしは、物を盗むような卑しい心は持ち合わせてないの。欲しい物があれば、コソ泥みたいなマネなんてしないで、正面から堂々と手に入れるってのっ」
一気に、言い放った。
何故、そういう疑いを持っているのかは知らないが、言いがかりも甚だしい。
「そうか。わかった」
シュウは、納得したように小さく頷いた。
「え。もう終わり?」
疑問も疑念も抱かず無表情のままあっさり返答を受け入れるシュウに、雪乃は意外そうに見つめ返す。
会話の応酬は、もっと続くと思っていたのに。
「俺は、アンタから直接言葉を聞きたかっただけだ。そもそも、疑っていたわけじゃない」
「…………そうは聞こえなかったんだけどなぁ……」
雪乃は、頬をかく。
イッサーと同じく、己の喜怒哀楽を積極的に示す方ではないとはいえ、今までの短い会話の中で疑っていないことを察するのは、なかなかのスキルが必要だ。
「そもそも、何であんたがそんなこと聞くのよ」
ただの料理人見習いであるシュウに問われている状況が、よくわからない。
「偶然、カイキ様が家臣の魔族たちと口論しているのが聞こえたんだ」
「ふ~ん、なるほど。ねぇ、カイキ。何であたしに泥棒の容疑がかかったわけ?」
隣に座るカイキに視線を送り、雪乃は説明を求める。
「それは、ですね……」
注がれる視線に、カイキは言い淀む。
けれど、言いにくそうにしながらも黙っているわけにはいかず、カイキはポツリポツリ、と語りはじめた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
スノーシェリカ城で金品の盗難が発生し、雪乃が容疑者に!
やっと、この話しの本題へと入ることが出来ました。
次回、説明&動きが加わると思います。




