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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
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トレニアに溺れる、蝶01

トレニアに溺れる、蝶01







 王が人間の小娘にご心中。

 それは、スノーシェリカ城に足を踏み入れる事の出来る者ならば一度は耳にするであろう、小さな噂。

 嘘か誠か。

 確かめようのない、危ういひとつの噂。


 しかしそれが嘘ではないことを、城で働く多くの者たちは、知っている。

 そしてそのことを、ほとんどの魔族が快く思っておらず、渦中の人間に対し不穏な空気が流れていた。

 ここは、魔に属する者たちが住まう世界。

 魔術が当たり前に存在し、精霊と魔族、人間が息づく世界。

 ここでは神が頂点に置かれ、その下に魔族と精霊が続き、最下層に人間というピラミッドが形成されている。

 しかし魔族と精霊は神に近き存在と認識され、今、この世界を動かしているのは間違いなく魔族だった。

 魔族が作り上げて来たこの大国は、莫大な富と強大な力で栄えている。

 人々もまた魔術を操る術を身に付けてはいるが、その力の差は大きい。

 そうなると、人間の立ち位置というものは必然的に決まってしまい、差別的な扱いをされることも多い。


 それは小国、大国に関わらず人間は時として肩身の狭い生活を強いられ、魔族との貧富の差も問題視されている。

 弱肉強食は自然の摂理。

 そう言ってしまえばそれまでだが、弱者を虐げ優劣に酔う魔族の価値観を仕方がないと納得する人間などいない。

 故に、人と魔族の間には容易に埋められない深い溝が存在する――――



「お!レア武器、ゲット~」

 パカリ、という音とともに空いた宝箱から飛び出た稀少なアイテムに、雪乃は思わず声を上げた。

 装備装備、と嬉々としながら雪乃は手元のボタンを操作して、キャラクターの武器を変更する。

「はう~。この武器、カッコイイなぁ~」

 腰から長剣を下げ、スラリと佇む美形青年に、雪乃は表情を緩ませながらその姿をしばらく堪能した後で、画面を変える。

 草原へと戻った主人公は、冒険心をかき立てさせる音楽が流れる広大な大地を走り出す。

「おし。このまま次の街まで一直線よ!」

 襲い来るモンスターを、巧みなキャラクター操作でかいくぐり、雪乃は未知なる街へと期待を膨らませる。

 腰を過ぎるほど伸びる艶やかな緑の黒髪が、ベッドの上に散らばっている。

 髪と同じ色を持つ黒曜石の瞳は、ゲーム画面を食い入るように見つめ、新しいおもちゃで遊ぶ少年のようにキラキラと輝いている。

 歳は、十八。

 目鼻立ちのハッキリとした顔立ちは、一片の幼さと大人の雅さを絶妙に宿した美しさに溢れていた。

 傷ひとつない滑らかな肌は病的とも思えるほど白く、筋肉の目立たない華奢な体躯とが合わさって、どことなくひ弱な印象を受けるものの内面から滲み出る魂の力が強い光を放ち、独特の存在感を醸し出している。

 


 スノーシェリカ城・王の私室。

 天蓋付きのキングサイズベッドの真ん中に身体を投げ出し、携帯ゲームに夢中になっている雪乃は、ここがカイキの部屋であるということを忘れるほどに一人で寛いでいた。

 ほどよく流れる爽快なBGM。

 驚嘆するほどの映像美を見せる草原を、気持ちよさそうに疾走するキャラクターたち。

 手元にある小さな機械の中に広がっている世界に、目と意識を完全に奪われていた雪乃は、それ故にゆっくりと開かれた扉に気付かなかった。

 人が一人、通れるほどの隙間が生まれ、閉ざされていた空間が外と繋がる。


「……あの……ユキノさん?」

 女性の声が、機械からではなく別の場所から生まれ出た。

「……ん?」

 雪乃の意識がゲーム画面から引き戻されて、ここでようやく部屋の中に存在する他者の気配を感知する。


 ここは、王であるカイキの私室。

 簡単に立ち入りを許可される場所ではない。

 そんな領域での呼び声に、雪乃は怪訝な表情を浮かべ、ベッドから顔だけを覗かせた。

 ドアの前には、雪乃とそうかわらない若さを持つ見ず知らずの美少女が立っていた。


(…………誰)

 

 見たことのない少女に、名を呼ばれ、雪乃は困惑する。

 まず、はじめに目に付いたのはその美しい瞳だ。

 宝石が散りばめられているかのように多くの光りを宿した桜色の大きな瞳が、吸い込まれてしまいそうなほど力強く輝いている。

 健康的な色を持つ、肌。

 スポーツでもしているのか、ほどよく引き締まっている体躯は華奢すぎずたくましすぎず、柔らかな筋肉が備わっていた。

 儚さと純真さを併せ持ったかのような雰囲気を持つ反面で、とても活発そうなエネルギーに満ちている。


 フリルのあしらわれた白いワンポピースに身を包み、着衣はいたってシンプルなものだけれど、両手を前で組ませスっと伸ばされた背筋や立ち姿からは隠しきれない品が流れ出し、否応なく高貴さを窺わせる。

 胸を過ぎる辺りで揃えられている艶やかな髪は、爽やかなマスカット色。

 中には一級品だと分かる髪留めが光り、同じく鎖骨で輝くネックレスには大きな石が輝き、身分の高い女性なのだと知れる。

 年齢は……いくつだろうか?

 魔族の場合、人と違いその寿命は長く、見た目から年齢を推測するのは難しい。

 人間で例えるのなら、十代半ば、といった容姿だが、100歳を超えていてもおかしくはない。



「あの。貴女がユキノさん、で間違いないだろうか?」

 美少女の口からは似つかわしくない、やや少年のような口調ながら、聞き心地のいい伸びやかな声が遠慮がちに再びの質問を問うてきた。

「……なんつ~タイミング……。セーブできないから、止めたくないんだけどなぁ……」

 雪乃は、ため息とともに呟いて、せっかくのレベル上げが無駄になるのか……と心の中で嘆きながらも、ゲームの電源を切る。

「あたしが雪乃だけど……何か?」


 ゆるり、とベッドから起き上がり、けれどベッドからは抜け出さず、硬くなった身体を伸びでほぐしながら、雪乃は気だるそうに言った。

 何だか、嫌な予感がする。

 面倒くさいことに巻き込まれるのは嫌なので、話しがあるならなるべる早く終わらせてほしいのだが。



「は、はじめまして。私は、レティシア・カネバと申します。突然の訪問を、許して頂きたい」

 少女は、緊張を宿しながらも、しっかりとした口調で自己紹介を果たした。

「あ、どうもご丁寧に。雪乃です。はじめまして」

 一応、雪乃もぺこりと頭を下げる。

 

 ゴードンの一件以来、雪乃に対する風当たりはさらに強さを増し、城で働く人間たちからもどこか遠巻きに見るような、余所余所しい態度が続いていた。

 そのため、名を素直に告げることもそうだが、こうやって普通に接してくる魔族が新鮮で、雪乃は不思議そうにレティシアと名乗る少女を見つめる。


「それで、その……いきなりで申し訳ないが……ユキノさんはカイキ様のベッドの上で何をされているのか、聞いても?」

 戸惑いを含んだ声音でレティシアはそう言うと、ふっと瞳を曇らせる。

「何って……。部屋の主の帰りが遅いから、仕方なくここでダラダラしてただけだけど?」

 雪乃はクッションを抱き込みながら、何でもないかのように答えた。

 どうやら彼女は、王の私室で、しかもベッドで横になっている姿を目撃し、変な誤解をしているようである。

 スノーシェリカ城の中には、自分とカイキの間に変な噂が流れている。

 ベッドに寝ているこの状況を見て、誤解しないほうが変なのかもしれない。

 けれど雪乃は、ソファに座る感覚でベッドに横になってゲームに興じていたにすぎない。


 いや。

 そこで、否、と否定的な思いが雪乃の中に生まれた。

 もしかしたら、人間が王のベッドで堂々と寛いでいるという光景に、衝撃を覚えているだけなのかもしれない。

 魔族のプライドを刺激するには、十分な要素を持っているはずである。


「本当に、それだけ?」

 少女の不審そうな目が、雪乃を見つめる。

 ダラダラしているだけならば、ベッドではなくソファでも可能だ。

 けれど、ゲームをしながらとなると、ソファよりもベッドで寝ていた方が気持ちがいい。

「そうそう。それだけそれだけ」

 雪乃は、淡白に答えた。

 こういう愛想のない反応が、余計に評価を下げる一因となっているのだが、魔族からの疑心の目など慣れたもの。

 今更、改善など求めてはいない。

 が。しかし。

「そう、だったのか……」

 意外に、雪乃の即答に嘘はない、と思ったのか、少女は口元に手を当てて安堵するように小さく微笑んだ。








これより、番外編スタートです。

ずっと出したかったレティシアを、ようやく登場させることが出来ました!

まだまだ続くので、最後まで読んで頂けたら幸いです。

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