そんな穏やかな日々…3
そんな穏やかな日々…3
シャワーを浴び、スッキリした様子で佇む遠矢は、キュッ、と引き締まっている身体はほどよく火照らせ、黒髪をしっとりと濡らしていた。
「ゴードンのこと知りたくて知りたくてたまらないみたいで、未来を視ていながら平然と放置していたあたしが、お気に召さないらしいわ」
「ふ~ん。ま、あいつの気持ちもわからんでもないけどな……」
遠矢は含みのあるセリフを吐きながら、濡れた髪を片手でガシガシと乱暴にタオルで拭く。
ここにも、雪乃の都合でカイキと同じような運命を辿った者が一人いる。
だが、カイキのように食い下がらないのは、それが無駄だと理解しているからだろう。
「それより。このメガネ、お前んだろ。洗面台の上に忘れてたぞ」
「……メガネ?」
はて、と首を傾げる雪乃の前に、遠矢はメガネを差し出した。
度が高く、分厚いレンズの嵌めこまれた黒縁メガネが、遠矢の手の中にちょこん、とあった。
それを見た途端、雪乃は、ぽん、と手を打った。
そう言えば、シャワーを浴びる際、邪魔だと思い、洗面台の上に置いたのだ。
「普段しないから、すっかり忘れてた。危ない危ない。この手のダサいやつは、なかなか手に入らないのよね」
「だったら、ちゃんとケースに入れて保管しとけよな」
あはは、と笑いながら雪乃はメガネを受け取る。
黒いフレームに収められている、ビン底メガネ。
度が入っていない特徴的なメガネだが、これをかけて髪型を変えれば、まったく別人に変装することが出来るという、特殊能力を備えた便利グッズなのだ。
「お前さ、それかけてマジで街ン中とか歩いてんのか?」
雪乃の飲みかけアイスコーヒーに手を伸ばしながら、遠矢は聞く。
「もちろん。今回の騒動でも、大活躍だったんだからね!」
雪乃は、ムフフ、と得意げに笑う。
このメガネをかけていたおかげでスノーシェリカ城の中を色々と見て回ることができ、人身売買という事実に辿り着くことが出来たのだ。
「……マジかよ……。お前、ホントにスゲェ神経してんのな……」
平然と、そんなメガネをかけていられるなんて。
呆れたような感心したような、そんな声色で呟いて、遠矢はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
ぷはぁ、と止めていた息を吐き出して、遠矢は、ごちそうさん、と氷のみになったコップを元に戻す。
「誰が全部飲んでいいって言ったのよ……」
すっかり空になってしまったコップに、雪乃は眉根を寄せる。
冷蔵庫にまだ入っているし、取って来るか、などと思っていると、
「ねぇねぇ、ママ。お外がうるさくなってきてるよ~?」
ぴょこん、とソファから飛び降り、走り寄って来た水守が、雪乃の足に抱き付いた。
「ん、外が?それは大変ね……」
のん気に言いながら雪乃は張り付く水守を抱き上げソファから立ち上がると、窓際へと近付く。
窓の横にはボタンが壁に埋め込まれており、雪乃は慣れた様子で操作していく。
ポチポチ、とボタンを押せば、今まで磨ガラスのような状態だった窓が、突然、透明度を増し、外の風景を受け入れる。
眩しく光る星屑と、深い深い漆黒が、眼前に広がった。
手を伸ばせば掴めるのではないか、とロマンチックな思いを抱いてしまいそうなほど美しい光の粒が瞬いている中で、それとは正反対の、すべてを呑み込んでしまいそうなほど濃い闇が、支配していた。
――――――――宇宙、だ。
酸素がなくては生きてはいけない生物にとって、魔の場所と言って等しい空間が、ガラス一枚を隔てた向こう側に果てしなく広がっていた。
「ん~どれどれぇ?」
雪乃はガラスに額がくっつきそうになるほど近付いて、宇宙へと視線を注ぐ。
その時、1機の戦闘機が目にも止まらぬ速さで横切って、そのすぐ後に、それを追う獅子のエンブレムを掲げた1機が通過した。
「おわっ!」
突如、視界へ飛び込んできた戦闘機に驚いて、雪乃は思わず顔を離す。
一秒ほどの時の中で、突き抜けていった2機の戦闘機。
前方の機体はよくわからなかったが、後方の機体には見慣れたエンブレムが施されていた。
となると、前方が敵、ということになる。
2機の戦闘機が消えて数秒後、ドォォン、という爆発音と星の光ではない赤い光が微かに届いた。
「あ、やった」
決定的瞬間は見えなかったが無事撃墜したようで、先ほどの機体が別の方向へと飛んで行く。
よく見れば、闇の中に蠢く光は他にもあり、ものすごい速さで動いている。
「帝国軍も、意外と必死なのね~。そんなに油断ならない相手なのかなぁ?」
十数機もの戦闘機が飛び交う宇宙を眺めながら、雪乃はテレビでも見ているかのように、言った。
壮大な宇宙で繰り広げられている、戦闘。
どちらが敵でどちらが味方なのか、ここからではよくわからない。
けれど、機体の破壊はあちこちで起こり、じょじょにその数を減らしている。
緊急命令が出ないことから、こちらが優勢であることがわかる。
「のんびりと観察している場合か。一体、いつから戦ってんだ、こいつら!」
ドタバタ、と遠矢は窓に張り付いて、外の様子を窺う。
「あんたがシャワーを浴びてる時に敵艦に発見されて、スクランブル発進。そのまま戦闘開始よ」
「はぁ?マジかよぉ。でも、俺そんな警報聞いてなかったけど……?」
遠矢は腕を組み、はて、と首を傾げる。
いくらシャワーを浴びていたとは言え、警報や放送が聞こえないほど水の音は大きくはない。
遠矢のそんな疑問に、
「それは、鳴らないようにしてるから。ゆっくりお風呂に入ってる時に警報が鳴り響いたら、うるさいじゃない?」
のほほん、とたいしたことでもないように、雪乃は言った。
「いやいや、それダメだろ。この前みたいに宇宙に投げ出されたら、どーすんだっ。もう少しで死ぬとこだったんだぞっ。俺はなぁ、あんなこと二度とごめんだからなっ」
遠矢は言いながら、過去、経験した悲痛な体験を思い出し、身ぶるいする。
敵艦に発見され、たいした反撃もできないまま沈められ、その衝撃で宇宙に放り出され死ぬ思いをしたことが、どうやらトラウマになっているらしい。
「大丈夫よ。たとえ遠矢くんが真っ裸で宇宙に飛ばされたとしても、ちゃんと拾ってあげるから♪」
にっこり、と笑う雪乃に、
「ぜってーイヤ!」
遠矢は全力で拒絶を示す。
「もう。ワガママなんだから~」
「そーいう問題じゃねぇだろっ」
「いくらあんたでも、半分はまだ天使なんだから、宇宙に放り出されたら窒息死すると思うよ?」
「ンなことはわかってるよ。お前が居んだから、さっさと力を使って沈まないようにすればいいだけの話しだろっ」
「むやみやたらに力を使うなって、普段言ってなかったけ?」
「人助けなら、別にいいだろっ」
「もう。ワガママなんだから~」
「だから、そーいう問題じゃないって言ってるだろ……。ったく、これだから戦争中のSF世界はヤなんだ。宇宙とか戦争とか、わけわからんっ」
遠矢は己が交わしている会話がヒドく不毛なものだと感じ取り、面白くなさそうな顔をしながら話しを投げ出す。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
宇宙を舞台にしている世界は興味ありまるが、よくわかりません!




