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無限ワールド  作者: 水原まき
第2章 くすぶる陰謀
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くすぶる陰謀6

くるぶる陰謀6





声が聞こえ、つと見上げれば、一人の男が立っていた。

「あ、ツバキくんっ。おは……」

嬉しそうに彼の名を呼んだユウキは、注がれる視線の冷たさにハッと息を呑み、続く言葉を紡ぐことができず、途中で口を閉ざした。

二十七歳という実年齢より若く見られがちの、童顔で整った顔立ちが無表情に向けられていた。

けれどその中にあるハニーブラウンの双眸は鋭利な刃物のように研ぎすまされ、眼力だけで人を支配できてしまいそうな迫力を持って、ユウキを残酷に射る。

濃紺の髪は新芽のようにフワフワと柔らかく伸びているというのに、全身に絡みつく茨のような刺々しい気配は周囲の空気を凍らせる。

「お前は、本当にタイミングの悪い女だな。それともわざとか?」

ユウキを睨みながら、階段を降りてくる。

静かに近付いてくる足音が、怒りに満ちているように感じ、ユウキは身を強張らせた。

「わ、わざとじゃないよっ。あたし、女の人がいるなんて全然知らなかったもんっ」

ユウキは必死に弁解する。

しかしその必死さがツバキの機嫌を逆なでさせる結果になるのだが、それに気付く余裕は、今のユウキにはない。

「ねぇ、ツバキくん。その、今の人前に見た女の人と違うけど……誰?」

窺うように小さな声でユウキが問う。

はじめて見る女の人だった。

ツバキの不機嫌具合から、もしかして、彼女が本命なのだろうか……?

ユウキの心に、暗い影が落ちる。

ズズン、と落ち込むユウキの耳に、ちっと舌を打つ音が聞こえた。

「俺がどこの誰とセックスしようが、お前には関係ない」

「ぅえっ!せ、セセっ!」

面倒くさそうに紡がれたストレートな物言いに、免疫のないユウキは火が付いたように赤面させ、狼狽する。

火照った顔を隠そうと、わたわたと視線を泳がすユウキの反応にツバキはため息を吐くと、無言で脇をすり抜け階段を降りて行く。


「あ。待ってよ、ツバキくんっ」

慌てて、ユウキが追う。

ガチャ。

「ねぇ、ツバキちゃん。今、出て来た女性は誰?私、思いっきり睨まれてしまったわ」

店へ入った途端、呆れたサクラの言葉が飛んできた。

ツバキは面倒くさそうに足を止め、

「あっちから声をかけてきて二、三度合っただけの女だ。名前以外は知らん」

淡々と返した。

「ねぇ、ツバキちゃん。ここの主が私だってこと、くれぐれも忘れないでね。もし変なことばかりに使うようだったら、もっと家賃上げてしまうからね♪」

「…………」

包丁を持ったまま、ニコリと笑うサクラの忠告に、ツバキは沈黙する。

ツバキの女性関係は、彼の容姿も手伝って実に派手だった。

彼に言い寄って来る女性は、みな美女ばかり。

美男美女のカップルは、悔しいが見ていてとてもお似合いで、自分のようなメガネっ子は不釣り合いだ、と痛感させられる。

そもそも自分は彼の女性関係に口を挟めるほどの位置にいるわけではないし、他人の色恋に関わって得することなどない。


「女遊びもほどほどに。でないと、そのうち痛い目見るわよ。女は時として復讐心で美し一輪のバラにもなる生き物なんですからね」

「なるほど。気を付けよう」

ツバキは、頷く。

本当にサクラの忠告受け止めたかは怪しけれど、笑顔とともに素直に聞き入れ会話に一区切りを付けると、ツバキは新聞に手を伸ばしカウンター席に座る。

四つ折りにされていた新聞を広げ、そちらに意識を向けてしまったツバキに不満を残しつつ、これ以上言っても仕方がないと諦めて、サクラは仕事に戻る。

「ね、ねぇツバキくん……。あたしをここに呼んだ理由、聞いてもいい?」

それまで黙って会話を聞いていたユウキが、ツバキの隣に腰かけながら様子を窺うようにゆっくりと話しかけた。

ツバキは無言で新聞をたたみ、下げていた視線を持ち上げる。

「お前、魔術は使えたな?」

「え?あ、うん。ちょっとだけだけど……」

投げかけられた唐突な質問に、ユウキは驚きながらも力なく頷く。

けれど使える術は初歩的な物ばかりで日常生活にはとても役に立つものだが、攻撃性はあまりない。

高度な術を操るツバキから見たら、ユウキの実力など赤子のようなものだろう。

「魔族と戦ったことは?」

続く質問。

「まっ、魔族と戦う~!無理無理っ。そんなことしたら、危ないよ!」

ユウキは青ざめた表情で、首を横に振った。


――――ここは、魔に属する者たちが住まう世界。

魔術という『力』が当たり前に存在し、精霊と魔族、人間が息づく世界。

ここでは神が頂点に置かれ、その下に精霊と魔族が続き、最下層に人間という力関係が形成されている。

精霊と魔族は神に近き存在と位置づけられ、お互いが良好な関係を築いている。

しかし世界に存在する精霊の数は少なく、滅多にお目にかかれるものではない。

今、この世界を動かしているのは精霊でも人間でもなく、魔族だった。

人口で言うのであれば、人もまた数多く存在している。

魔術を操るに長けている者だって、いる。

けれど、魔族と人間。

両者の力の差は大きい。

そうなると人間の立ち位置というものは必然的に決まってしまい、差別的な扱いをされることも多い。

それは小国、大国に関わらず人間は時として肩身の狭い生活を強いられ、魔族との貧富の差も問題視されている。

弱肉強食は自然の摂理。

そう言ってしまえばそれまでだが、弱者を虐げ優劣に酔う魔族の価値観を仕方がないと納得する人間などいない。

故に、人と魔族の間には容易に埋められない深い溝が存在する。

そして、その中でももっとも嫌悪されるのが、双方の血を継いで生まれてくる子どもたちである。

現在は、彼らに対する意識もだいぶ薄らいだとはいえ、ひと昔前は『禁忌の子』として認識されていたため、魔族の支配する世界で生きていくことは簡単なことではない。

人間でもなく魔族としても扱われず、どこか世間から外れた存在として位置付けられている彼らは、その身の秘密を隠し暮らしている者が多い。

中には魔族の血を色濃く継ぎ、人間の血を匂わせず脅威的な身体能力を発揮する者もいるけれど、それはごく一握りにしかすぎない。

幸いにも混血であるツバキとサクラは魔族の血を濃く受け継ぎ高い戦闘能力を所有しているので、正体を見抜かれる恐れはまずない。



「ここ最近、頻発している人間の行方不明事件を知ってるか?」

カウンターに肘を付き、左右の指を絡ませ口元を隠したツバキが、問う。

「行方不明事件?ごめん。知らない」

初耳だった。

ユウキは俯き加減で正直に首を横に振った。

「だろうな。かなり情報が隠されているし、人間がいなくなった程度で騒ぎたてる連中などいないからな……」

言いながら、ツバキは新聞を叩いて見せた。

この国では、人間が何人行方不明になろうとも、わざわざ新聞に載せ取り沙汰されるほど問題視されることはない。

大々的に載るとすれば、それは人間に対する批判的なコメントだけだ。

「もしかして、仕事でその事件のことを調べてたりするの?」

「ああ」

首を捻るユウキに、ツバキは短く答えた。

彼は依頼があれば何でもこなす、いわば『万屋』のようなことを生業としている。

主に魔族からの依頼を受けて生計をたてているが、たまに人間からの依頼も引き受けている。

表立って宣伝しているわけではないが、実績から得た口コミと端整な顔立ちが売りとなり、それなりに評価を貰っているらしい。

だが、ここでふと疑問が生まれる。

仕事の内容を話して、何になるというのだろうか。

自分は、戦力外だ。

これまでもツバキの仕事に付きまとい関わる機会はあったけれど、邪魔者扱いされる方が多かった。


「俺が独自で調べた限りでは、半年間で三十人もの人間が姿を消している。しかも、面白いことに行方不明者は二十代と若い人間ばかりで、そのほとんどが城で働いている連中ばかりだったらしい」


――――城。


その言葉に、ユウキの意識が反応する。

「さらに、城では最近になって大勢の使用人を募集し雇っている。魔族や人間に問わらずどころか、身分すらもな」

怪しいだろう、とツバキは付け足した。

確かに、種族を問わず大規模で人材を募集するのは珍しい。

これまでも人間を働き手とする募集がなかったわけではないが、王宮はこの国の象徴とされる聖なる場所だ。

使用人とはいえ、招き入れる人材はある程度の教養がなければならない。

それを、身分も問わない、となると、もしや何かあるのでは、と勘繰りたくなるのも仕方あるまい。


「俺は、すでに使用人として城に潜入し働きながら色々と調べているんだが、なんせ城は広い。今回の事件と城が無関係ではない以上、一人で調べるのには限界がある」

「どうして、そこまで無関係ではない、と断言するの?」

ユウキは、首を傾げる。

ツバキが『事件』と『城』を結びつけている理由が、わからない。

「これを見ろ」

ユウキのこの質問は、推測していたのだろうか。

ツバキは一冊の本をカウンターの上へと置いた。

縁を金色で飾られ、黒い表紙の薄い本だった。











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