スノーシェリカ城の解決8
スノーシェリカ城の解決8
「おのれ人間めっ!お前たちさえいなければ、すべて上手くいっていたというのに!」
放った術をあえなく回避され、カイキの叱責を受けたゴードンは、怒りに満ちた双眸で雪乃を睨み付ける。
眼光鋭い目は血走り、奥歯をギリギリ噛み締めている。
うっすらと浮かんでいるこめかみの血管は、今にも切れそうで、奮い立つ感情のせいか、息遣いも荒い。
完全に、頭に血がのぼっている。
「あらま。キレた」
雪乃が、のほほん、と呟いた。
「バカ。のん気なこと言ってねぇで、少しは慌てろっ」
冷静に観察している雪乃に、遠矢は抗議する。
誰のせいで、こうなったのだ。
「何でこいつが暴れるくらいで、あたしが慌てなきゃならないのよ」
「いや、まぁそれはそうだけど……」
緊張感を求める遠矢だったが、雪乃にケロリとした調子でごもっともなことを返され、口ごもる。
確かに、ゴードンくらいの相手に冷静さを欠かすのも変な話しだ。
それに、彼が剣を抜いた時点で、この場を穏便に済ませることはもはや不可能だということには、気付いている。
けれど、だからと言って無闇矢鱈に挑発し、相手の殺意を増幅させなくてもいいと思うのだが、雪乃は何故かゴードンを刺激する言葉や態度ばかりを繰り返し取っている。
そんな気がしてならないのは、自分の錯覚だろうか?
「ということで、イッちゃん遠矢くん。あたし、あんな変なおじさんの相手なんてしたくないから、後のことはヨロシクね~」
「はぁっ?」
何が、ということで、だ。
相手を怒らせるだけ怒らせておいて、それはいくら何でもヒドくないか?
思わず、口をあんぐり、と開ける遠矢に、彼の内心などお構いなしの雪乃は手をヒラヒラ振りながら、さっさと後ろへと下がって行く。
木の影に入り、抱いていた水守を下ろすと幹に背中を預ける。
完全に、傍観者に徹するつもりらしい。
「……………………」
唖然とする遠矢とは逆に、イッサーは下された横暴な命令に対しても素晴らしい忠誠心を見せ、心得た、とばかりに雪乃を庇う位置に立つ。
「……。ずりぃぞ……」
精一杯の抵抗、とばかりに文句を零しながら、遠矢は渋々、気を引き締め直す。
嫌だ、と思いながらも自然とゴードンに対峙していく己の身体が、ちょっと悲しい。
「さっさと片付けるぞ」
イッサーが、言う。
もはや彼の中では、ゴードンは雪乃に仇なす敵だと判断されている。
「はいはい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ゆるり、と放出されるイッサーの闘志に意を唱えたのは、他でもないゴードンの主――――カイキだった。
彼にとってゴードンは、過ちを犯したとは言え臣下の一人。
一戦を交えるのには抵抗があり、心に迷いを生じさせている。
「ユキの怒りもわかりますが、もう少しだけちゃんと話しをさせて頂けませんかっ」
掲げた拳を下ろすように、促す。
「カイキっ。喧嘩をふっかけてきたのは、向こうなのよ。邪魔すんなら、どっか行ってなさい!」
けれど雪乃は相手にはせず、恫喝が、飛んだ。
「貴様っ。我らが主になんと無礼なっ!」
それを聞いたゴードンが、噛み付く。
「ふ~ん。水守ちゃ~ん。無礼だってさ~」
「ぶれ~い」
おどけて見せる雪乃に、水守もはしゃぐ。
「貴様ら、もう許さぬっ!」
おちょくられ、屈辱に耐えるようにゴードンの肩がプルプルと揺れ動き、それに合わせるかのように、魔力が増幅していく。
ゆらゆら、と全身から立ちのぼる魔力は赤や黒、紫の、毒々しい色を放ちはじめる。
じんわり、粘り気と重々しさを含んだ、何とも言い難い不快な魔力が肌に張り付いて、兵士たちの間に動揺が走る。
「今すぐ殺してやる!」
顔を上げたゴードンは殺気を迸らせ、全身に妖気を纏う。
カッと見開かれた双眸は、真っ赤に染め上がり、まるで血を流しているかのようだ。
「うがあああああああああああああっ!」
ゴードンは天に向かって咆哮し、蓄積された力を解放する。
メキメキョボキッ!
全身から生々しい音がなる。
それは、骨や関節が軋む音だった。
ゴリゴリ、とトドのような巨体の中で何かが蠢き、背中に大きなコブが形成されていく。
コブはじょじょにその大きさを巨大化させ、生き物のようにうねりを上げていく。
「お、おえっ……。ななな何だ、あれ……気持ちワル!」
遠矢は、目の前で繰り広げられるグロテスクな光景に、気持ち悪そうに口元を手で覆う。
「ア、ガガガガガッ……」
ゴキュ。
ゴキッ。
ボキボキボキ!
言葉にならない音を口から零しながら、ゴードンの身体が変化していく。
「ご、ゴードン……?大丈夫、か……?」
彼の身に、一体何が起きたのか。
まったく見当もつかず、狼狽する中で、カイキがそっと声をかける。
「アアアアアアァアアッ!」
カイキの言葉は、果たして届いたのだろうか。
ぱっくり開いた口から唸り声を上げ続けながら身を震わせるゴードンは、異様な視線が注がれる中、突如、背中のコブが割れ中から翼を出現させた。
コウモリに酷似した、膜のある筋張った翼だった。
息を呑む一同を尻目に、変化は背中だけにとどまらず、肩や腕、足にも伝染していく。
胴体や四肢も大きく膨らみ、倍以上に成長していく。
「ひぃ!」
耐えきれず、兵士たちが慄きながらいっせいに後退る。
もはや彼らに、戦いに挑む闘志はない。
「ここは私がどうにかする。お前たちは、他の仕事に回れ!」
彼らは邪魔になる、と瞬時に判断し、カイキは退室を命じた。
城の中は、未だ謎の魔術発動により、混乱中だ。
彼らには、その沈静化に当たってもらった方がいいだろう。
「はっ、はい。畏まりました!」
「カイキ様、お気を付けて下さい」
新たな命を受け、兵士たちはこれ幸いと一目散に中庭から姿を消して行く。
「グッ、オオオオッ。ち、から。チカラガワイデクルゾォォォ!」
くぐもった歓喜の雄叫びが、ゴードンの口から発せられた。
だがその姿は、もはや遠矢の知る彼と同一人物とは思えないほど変貌をとげ、無残な姿となっていた。
目はギラギラと光り、口は頬まで裂け、禿頭は岩のようにゴツゴツと波を打っている。
肌は黒ずみ、丸太のように太く筋肉質な四肢がどっしり、と猫背な身体を支えている。
ボールのようだった肥満体からは、すっかり無駄な脂肪が削がれ見事な筋肉が付き、屈強な肉体がそこにはあった。
「何が、どうなってんだよ……」
遠矢は、愕然と呟く。
魔族としての容姿を失い佇むゴードンは、別の生命体へと変異してしまったかのよに見え、自我がちゃんとそこにあるのか判断しかねる、危うさがあった。
「気を抜くな。今のあれは、以前のあの男ではない」
イッサーが、そう忠告した。
「…………わかってるよ……」
相変わらずの冷静さを見せるイッサーに、遠矢は子ども扱いされているような気になって、ちょっとムッとする。
「ならば、いい」
遠矢の内心などまったく興味のないイッサーは、短くそう返すと、右手に力を込めて術を発動し、それを具現化させて剣を出現させる。
冷涼としたイッサーを象徴するような、青白い光を纏う剣だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
ず~っと会話だけなったのですが、ようやくバトルっぽくなってきましたね。
キレたゴードンも、何だかとんでも変化が現れたようですし。。
さて次回は。ついに、剣を交えます。




