スノーシェリカ城の解決5
スノーシェリカ城の解決5
ゴードンの敵意に、ではない。
彼が激昂したのを合図に、地の底から這い出るような、冷涼とした空気が突如として中庭に広がった。
それはゴードンの怒気すらも呑み込む異様な圧迫感に満ちており、魔族たちは得体の知れない異常な空気に身体を強ばらせる。
けれど遠矢は、この気配が誰なのか瞬時に理解する。
何故ならば、その悪寒の正体は、遠矢の心と身体にイヤというほど馴染んだ気配で――――
(やっと来たのかよ)
にやり、と不覚にも心が喜んだ。
「ねぇ、水守ちゃんたちを、どうするって?」
ゴードンの背後に立ち、首筋に細くて白い指先を添え、ひょっこり顔を出した雪乃は、不敵な笑みを浮かべ問うてきた。
「あ!」
水守が、驚きと歓喜のこもった声を上げる。
「き、貴様っ。いつの間に!」
気配を感じさせず、いとも容易く背後を取られたゴードンは、驚愕と屈辱のこもった表情を浮かばせる。
目と意識だけを背後に注ぎ、ピクリとも身体を動かさないゴードンは、乱暴な発言とは裏腹にかなり動揺している様だった。
「ゆき……」
ようやく現れた雪乃に、遠矢は安堵の吐息をもらす。
彼女の後ろには、着かず離れずの距離にイッサーも控えている。
もう、これで大丈夫だ。
単独行動から開放された遠矢は、全身に安心感のようなものが染み渡っていくのを、感じた。
「何故、貴様がここにいる!」
やはり身体は前を向いたまま、ゴードンは叫んだ。
「ふふん。あたしの大事な水守ちゃんのピンチなのよ?助けに来るのは、当然でしょ」
浮かべた笑みはそのままに雪乃はそう答えると、ゴードンから手を離し、荷物のように抱えられていた水守を流れるような動きで奪還する。
「くっ!」
力づくさを微塵も感じさせず、さらり、とした動きで水守を奪っていった雪乃に、ゴードンの顔が悔しげに歪む。
もはや用はないと、雪乃はゴードンから距離を取りながら水守を右腕で抱きかかえ、彼女の自由を奪っていたヒモを力任せに解く。
がっしり巻きついていたムチのようなヒモが、ぱらり、と水守の束縛を解き、地面に落ちた。
「ママぁ!」
ようやく自由になった水守が、雪乃の首の後ろに手を回し、ぎゅっと抱き付いた。
離れまい、と必死に腕を回し掴まる水守の背中を、雪乃は宥めるようにポンポン、と優しく叩く。
「よくひとりで頑張ったわ。さすが私の子ね」
「うん。みもり、がんばったよ!」
耳もとで囁かれる賛辞を受け、くすぐったそうに笑う水守を見つめた後、雪乃はゴードンへと視線を移す。
水守に注いでいた柔らかな光をいっさい切り捨てた冷めた双眸に、遠矢はハッとする。
あかい。
普段、目立つから、という理由で黒に変えている瞳が、本来の色を取り戻している。
恐ろしいほど生命を連想させる、濃密な緋色。
その緋色の中で、星のような光が鋭利な刃となって煌々と輝いている。
本気だ。
雪乃は、本気でこの場に立っている。
「小娘っ、やはりこれはお前たちの仕業だったのか!」
ぎり、っと奥歯を噛み締め、ゴードンが雪乃を睨む。
眼光を鋭くさせるゴードンに、水守はムッとした表情で睨み返すものの、敵意を向けられている本人は、冷静に受け止めている。
「やはり貴様のような存在を城に入れたのが、そもそもの間違いであったっ!貴様さえいなければ、カイキ様が人間などにお心を許すことなどなかったと言うのにっ!」
握った拳をフルフルと震わせながら、ゴードンは言った。
雪乃という存在を『人間』と認識している彼は、邂逅を重ね、日に日に影響を受け変わっていくカイキを目の当たりにしている。
人間に対し寛容になっていくカイキの振る舞いは、一部の魔族から支持されているとはいえ、まだまだゴードンのように自尊心を傷付けられた、と感情を荒立てる者の方が多い。
「あんたって、根っこの底から人間が嫌いなのね」
「当たり前だ。同じ空間にいると思うだけで、ヘドが出る!」
雪乃に向けて、言い放つ。
「ふ~ん。だから人間を拉致っては奴隷として貴族連中に売ってたわけ?」
「奴隷、だと?何のことだ……?」
呆れながら呟いた雪乃の言葉に、ゴードンは肉で埋まった首を傾ける。
「城の中に、変な場所に繋がる術が張ってあったのよ。怪しかったから中に入ってみたら、人間を売買している場面に出くわしたの。あんた、何か知ってるでしょ?」
疑問の問、ではなく確定の色に染まった雪乃の言葉に、完全に置いてきぼりをくらっている状態の遠矢は、ただただ黙って立ち尽くし、見守る。
「ふん。そんなこと、ワシが知るわけあるまい」
訳がわからない、と言った様子で、ゴードンは嘲笑のような表情を浮かべる。
「ウソつきっ。みもりを捕まえて閉じ込めた時、トドのおじさんも近くにいた!」
水守が、蒼穹の瞳を尖らせ、叫んだ。
「誰がトドかっ!」
しかしゴードンは水守の放った内容よりも『トドおじさん』発言の方が気に障ったらしく、こめかみに筋を浮かばせ、ダン、と地面を踏み付ける。
けれどその『トド』という表現は的を射ていたようで、兵士の中の数名が思わず吹き出しそうになり、なりながらもマズイ、と思い直しすぐに表情を引き締める、というおもしろ場面を作り出した。
「やっぱりあんたが絡んでたってわけね」
水守の証言を受けて、雪乃は大きく頷く。
「おい、小娘!証拠もないくせに勝手なことを言うでないっ!」
ゴードンはどこかで誰かが言ったようなセリフを、水守に向けて言い放つ。
「かってじゃないもんっ。みもりを捕まえた時、『せいぜい言い値で買ってもらうんだなっ』って言ってたっ」
「知らぬ!」
「言ってた!」
「知らぬ!」
「言ってた!」
断固として認めず否定を続けるゴードンに、水守の声のボリュームも、じょじょに大きくなっていく。
雪乃に抱っこされたまま身を乗り出して叫ぶ水守は、今にも怒りに身を任せ飛びかかってしまいそうなほどの勢いがある。
「しつこうぞ。知らぬと言っておるだろう!」
「言ってたもん!」
尚も繰り返す二人に、
「水守、少し静かにしな」
雪乃の注意が入る。
「!」
すると水守はハッとして、強ばっていた身体から力を抜き取ると、叱られた子犬のように、しゅん、と大人しく口を閉じる。
黙ったところで、雪乃は咳払いをして仕切り直すと、ゴードンを見つめる。
「な、なんだ……」
今度は雪乃からの追及がはじまる、と察知したゴードンが、たじろぐ様子を見せる。
「言っておくけど、こっちだってあんたが素直に認めるほど可愛げがあるとは思ってないからね。いつまでもシラを切り続けたいのなら、勝手にすればいいわ。まともに取り扱う気なんて、さらさらないから」
「だから、ワシは……」
「ああ、それと。拉致した人たちは、あたしが全員逃がしておいたから。ついでに競売にいた魔族たちも捕獲済みなんで、後で色々と話しは聞けるでしょう。いくらあんたが自分に辿り着けないように小細工していても、無駄よ。ほころびなんて、簡単に出てくるんだから」
「………知らぬ、と言っている」
感情を抑えた声で、ゴードンは繰り返した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
雪乃と合流した途端、空気と化す遠矢くん……。
まぁ、仕方ないか。遠矢くんだしね!
ちなみに、水守ちゃんは雪乃のことをいつも『ママ』と呼びます。
誤字・脱字などがありましたら、すみません。




