スノーシェリカ城の解決3
スノーシェリカ城の解決3
突起のように飛び出た屋根やテラスが、ここからいくつも見えた。
(うしっ。これなら!)
足場になる場所は十分にある。
遠矢は意を決し、窓枠に足をかけると迷わず外へ飛び出した。
「お、おい!待たんかっ」
ゴードンの焦りの混じった声が、風を切る音とともに鼓膜を叩く。
遠矢は真下にある屋根の上に着地すると、真上で喚くゴードンには目もくれず、そのまま一気に走り出す。
カイキの髪の色にも似た、赤い平な屋根の上を、バランスを崩すこなく身軽に走り渡って行く。
隠密に動く忍者のように、やや姿勢を低く落とした状態で疾走し、屋根の端まで辿り着くと立ち止まり、見渡す。
屋根こそ途切れてはいるが、横の壁はまだ続き、前方に小さなテラスが見える。
距離は、さほど遠くない。
遠矢は、壁にあるわずかな段差に足をかけて、飛ぶ。
腕を伸ばしテラスの手摺りに掴まりよじ登り、そのままテラスへと入る。
さほど広くないテラスを横切り、また飛び降りて別の屋根へと上がる。
ここまで来ると、もくもくと上がる黒い煙が眼前に映り、眼下ではさきほどの爆発を聞き付けた家臣や兵士たちがあわただしく動き回る姿が見えた。
遠矢は舌を打ち、上がる煙を目指してぴょんぴょん、と障害物を乗り越え距離を縮めていく。
爆音が響いた場所に近付いて行くにつれ、言い知れぬ嫌な予感がした。
そわそわ、と胸を走るこの感情は、焦燥だ。
遠矢は焦る気持ちを振り払い、猛然と突き進む。
しばし赤茶色の屋根を疾走していると、前方にぽっかり空いた空間を見つけた。
中庭だ。
煙は、そこから立ち込めていた。
遠矢は気配を消して近付くと手前の屋根で進行と止め、身を屈めてそっと中を窺う。
そこは、青々と茂る木々と花壇、武器を片手に誇らしげに佇む銅像が飾られてじる、小さな中庭だった。
中庭を囲むように広がっている花壇は、しかし現在咲き乱れているはずの花々の姿はなく、踏み荒らされ、エグれた土と焼け焦げた植物の残骸が散らばっている。
「あれは……」
そして中庭の中央に、荒々しい空気を持って武器を装備する魔族たちと、彼らに包囲された、美しいエメラルドグリーンの髪を靡かせクマのぬいぐるみを抱きしめる少女がいた。
少女は、蒼穹の瞳に力をためて、目の前の魔族たちを睨みつけている。
お人形が着せられるようなフリルたっぷりの、可愛らしさだけを重要視したような、とても動きにくそうなワンピースドレスには目立った汚れや乱れがいくつもあり、ここに至るまでの行動の激しさを物語る。
「ようやく追い詰めたぞ。大人しくしろ!」
長剣の剣先を少女に突き付けた魔族が、怒りを滲ませた声で叫んだ。
「や~だもん!」
胸いっぱいにひろがるクマのぬいぐるみを強く抱きしめながら、少女はべぇ、と小さくて赤い舌を出す。
「こ、このクソガキッ!」
「人間のガキが、我らを舐めるなよ!」
ぴくぴく、と頬を引きつらせ、魔族たちががいっせいに剣を構える。
ヤバイ。
魔族から注がれる蔑視とむき出しの敵意は、今にも殺意へと変わり、少女めがけ咆吼しそうな勢いがある。
これが単なる喧嘩ではないことは一目瞭然だが、少女の全身からは臆せず立ち向かう強い意志が宿り、遠矢は危機感を覚えた。
止めなければ!
そう思った瞬間、すでに身体は動いていた。
屈めていた身をすくっと、と起こし、
「待ちやがれ!」
叫び声を上げ、魔族の注意をこちらへと引きつけると、遠矢は迷うことなく屋根から飛び出した。
空中へと投げ出される身体を、態勢を整えて着地の準備に入る。
3階ほどの高さからの落下だが、遠矢はたんっ、と無事に着地を果たす。
「おい、お前ら!子ども相手に大人が寄ってたかって、卑劣なことしてんじゃねぇぞ!」
ダイナミックな動きで華麗な登場シーンを見せた遠矢は、ビシッと魔族たちを指差して、叫んだ。
「な。いきなり、何だお前は!」
「くそっ。まだ仲間が潜んでいたか!」
「鬱陶しい奴らめ!」
突如として天から降って来た遠矢を見つめ、その正体を人間だと判断した途端、魔族たちが忌々しそうに吐き捨てた。
「慌てるなっ。たかが人間の男が一人増えたところで、なんになる!先にガキを捕まえろ!」
上司と思われる魔族が、部下を叱咤しながら命令する。
『はっ!』
遠矢の登場に、気を削がれた魔族たちが上司の号令で、再び少女に剣を向ける。
「うおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げ、魔族たちが斬りかかる。
「お、おい!ちょっと待てって!」
遠矢の制止もよそに、いっせいに押し寄せる魔族たち。
しかし少女は怯えることなく、慣れたようで走り出す。
「ひにゃ~」
大人が繰り出す剣の攻撃に、少女は可愛らしい悲鳴を上げながら、逃げ回る。
花壇を飛び越え、木々の間を走り抜ける少女を、武装した大人が追い掛け回す。
とんでもなく鬼気迫る展開なはずなのに、逃げる少女からはどこか余裕すら伺え、追いかけっこをして遊んでいるようにも見えた。
「えぇいっ。子猿風情がちょこまかと!」
「逃げきれると思うなっ」
ちょろちょろと逃げ回る少女を、忌々しげに魔族たちが叫び、追いかける。
「へっへ~ん!くやしかったら、こっこまでおいで~」
べぇ、と小さな舌を出し、軽いステップを見せながら、少女は逃げ続ける。
この挑発ともとれる行動に、魔族の怒りが煽られる。
マズイ。
今は、城の破壊を恐れ、剣のみで追いかけているが、いつ切れた魔族たちが術を発動するかわからない。
遠矢は、素早く詠唱に入る。
「ファイヤーボール!」
少女と魔族との間にある僅かな空間に的を絞り、術を放つ。
ゴオオンッ。
『!』
轟く炎に、魔族たちはいっせいに立ち止まり、飛び退いた。
遠矢の放った炎は少女と魔族たちの間を通り抜け、ひとつの被害を及ぼすこともなく上空へと舞い上がり、溶け消える。
「もうやめろ。これ以上こいつをいじめてると、後々怖いぞ!」
素早く少女を背中に庇い、遠矢は魔族と対峙する。
「黙れ!ここまで城を破壊しておいて、ただで済むと思うなっ」
立ちふさがる遠矢に、魔族たちは身構える。
「確かに暴れ回るのは悪ィけど、こいつだって理由もなく暴れたわけじゃないだろう。そもそも、こうなった原因は何だよ?」
遠矢は熱くなっている魔族の精神に、冷静さを取り戻させるように、話しを続ける。
だが、
「原因だと?笑わせるなっ。そのガキがいきなり暴れ回り、城内を破壊したがそもそもの原因だろ!」
「貴様ら二人とも、許されると思うな!」
どうやら、逆効果だったようだ。
「違うもんっ。みもりをへんな場所に閉じ込めた、そっちがぜんぶ悪いんだもん!」
ワンピースドレスを握りしめ、魔族をキッと睨み付けながら少女が頬を膨らます。
(閉じ込めた、だと?)
少女から発せられたその言葉に、遠矢が反応する。
「それ、どーいうことだ?」
身体をやや後ろに傾け、少女に問いかけた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
ようやくエメラルドグリーンの少女が登場。これから彼女が活躍(?)します。




