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無限ワールド  作者: 水原まき
第2章 くすぶる陰謀
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くすぶる陰謀5

くすぶる陰謀5





その日、ユウキという名の少女は『準備中』という文字の躍るプレートの下げられている店の、古びたドアの前に立っていた。

時間帯からランチが終了し、ディナーに向けての下準備の真っ最中なのだろう。

自動ではなく手動の分厚いドアは、目の前に立つユウキをやんわりと拒絶しているように見え、ノブに触れることを躊躇させる。

どうしよう、と迷いの生まれた心で小さく首を傾げると、ツインの三つ編みが力なく揺れた。


歳の頃は、十代後半だろうか。

瞳が隠れてしまうほど分厚いレンズの嵌め込まれた大きな黒縁メガネをかけた、黒髪の少女。

オシャレや化粧に貪欲とも言える歳頃だが、Tシャツとジーパンというラフな格好は大よそオシャレからはかけ離れ、華奢な体躯と髪型から何とか性別を判断できるくらいで、まったく女の子らしさは感じられない。

ひっそりと空気と同化してしまいそうなほど控えめな存在感を放ちドアの前に立つ彼女は、夜な夜な騒ぎ回る若者の猛々しさはなく、とても落ち着いた雰囲気を有している。


…………早い話しが、地味だった。


「う~。どうしよう……。今お邪魔しちゃったら、本気で邪魔かもしれない……」

ユウキは小さく唸りながら、頭を悩ませる。

入りたいのは山々だが、『準備中』と書かれている手前、それを無視してドアを開けるのはかなり、勇気のいる行動だ。

けれど『営業中』というプレートに変わるには、あと4時間ほどある。

さすがに、それまで待つことは出来ない。

(あれ?でも待てよ……)

そこまで考えて、ふと気づく。

自分は別に、店に用があるわけではない。

ならば、別に入ってもいいのではないだろうか?


「ここに立っていても仕方がないし、な。うん……」

まるで自分に勇気付けるかのように小さく呟いて、ユウキはオズオズとノブへと手をかけて、ドアを押す。

鍵がかかっているかと思いきや、ドアはすんなり前へと押され、向こう側に広がる店内を視界の中に広げた。

カランカラン、と扉の上部に取り付けられた木製の飾りが、扉の開閉を合図に乾いた音を奏でる。

「すみません、お客様。夕方の営業時間にはまだ少し……って、あら、ユウキちゃん」

耳にしっとりと響く色気を匂わす落ち着いた女性の声色が、厨房の方からユウキを出迎えた。

突然の来客に困ったような言葉を紡いだ店の主だが、客の正体をユウキだと判別すると、驚いた表情へと変化させる。

「こ、こんにちは……あの、入っても、いいですか?」

ドアを開けたものの、『準備中』というプレートを無視したという後ろめたさがあるため、未だ身体を外へ出したままのユウキは消え入りそうな声で聞いた。

「ええ。どうぞ。気にせずいらっしゃい」

にこり、と小さな笑を浮かべながら、言った。

優しく出された入店許可に、ユウキはパッと表情をほころばせる。

「あ、ありがとうございます!」

ユウキは嬉しそうに声を弾ませぺこりと頭を下げると、揚々と店へと入る。

こぢんまりとした店内。

掘っ立て小屋をイメージして造られた『食事処・カズラ』は今流行りのオシャレな雰囲気とはかけ離れた空間だった。

頭上には立派な梁が横たわり、頑丈な柱がドドン!と目立つ場所に佇んでいる。

床を歩けばその度にゴツゴツと固い音が鳴り、並ぶ木製のテーブルや椅子にはほどよく使い古された感があり、味わいや重厚感を呼び寄せ、懐郷のような心地よさを感じさせる。

ほどよく木々の香りが充満する。

テーブル席とカウンター席。

合わせて十七席しか用意されていない『カズラ』は、家庭料理からちょっとオシャレな料理とお酒が楽しめる、飲食店だった。

なかなか繁盛店とは言い切れないようだが、落ち着いた佇まいから隠れ家的な店だと評判を受け、経営は順調のように見えた。

ユウキはカウンターへ直行し、左から二番目の座り慣れた椅子に腰かけた。

カウンターの端には、雑誌や新聞が一か所に置かれている。


「えっと……忙しい時にごめんなさい」

「遠慮しなくていいわよ。準備もほとんど終わっているから」

オズオズと謝罪を口にするユウキに、オーナーであるサクラは準備の手を緩めることなく動かしながら笑顔を返す。

タレ目がちな柔らかな双眸に見つめられ、ほどよく厚くピンクに染まる唇に微笑まれ、ユウキはメガネの中で視線を泳がせる。

彼女は『色気』を具現化したような人物だった。

シンプルなエプロン越しからでもわかる、瑞々しい豊満な身体。

包丁や食材を操る指は細く長く美しく、所作にも無駄がない。

動くたびに揺れるややクセのある柔らかな茶色の長い髪は、邪魔にならないように後ろで一つに束ね、左耳の後ろあたりには蝶の飾りの付いた髪留めが輝いている。

流れるような骨格には無駄な肉がなく、右目の下にはより一層色気を増幅させるという、いわゆる泣き黒子が存在し、半端ない破壊力を有している。

香水を付けているわけでもないというのに花のような香りを常に纏い、掘っ立て小屋のような店に立つ艶やかな知的なサクラは、そのギャップがいいのか、熱狂的なファンが付くほどの人気で、ファンクラブまであるとか、ないとか。


「サクラさん、あの、もしかしてまだ寝ているんですか?」

そわそわ、とどこか落ち着きなく周囲を見渡しながら、ユウキはここにはいない人物の存在を切り出した。

「昨夜は帰りが遅かったみたいだから。まだ寝ているのかもしれないわね」

ちらり、と時計を眺めながら、答えた。

「あたし、今日は呼ばれて来たんですけど」

ユウキは来訪の経緯を述べた。

「あら、そうだったの?自分から呼んでおいて待たせるなんて……まったく困った人ね」

サクラが、眉根を寄せる。

「……あの、起こしてきてもいいですか?」

「ええ、そうしてくれる?今ちょっと手が離せないから助かるわ」

火にかけた鍋の様子を確認しながら、言った。

「あ、はい。行ってきます!」

ユウキは、パッと表情を輝かせる。

まさかこうもあっさり許可が下りるなど思ってもみなかった。

ユウキは足早に厨房の脇にあるスタッフ専用のドアを開け、中に入る。

扉の向こうは八畳ほどのスペースが確保され、倉庫として利用されている。

横にはトイレと風呂があり、一番奥には二階に繋がる階段がひっそりとある。

靴を脱ぎ、スリッパへと履き替えたユウキは住居空間の入口である階段へと進み、トントントン、と軽快に上がって行く。

だが。



「ひゃっ」

「きゃあ!」

小さな踊り場まで上がり身を捻った矢先、目の前に人影が現れて、ユウキと相手は悲鳴を上げた。

ユウキは瞬時に身を捩り、相手との接触を避ける。

狭い階段。

すばらしい反射神経を見せ、トカゲのように壁にへばり付いたユウキは、二階から降りて来た人物を見る。

悲鳴で女性であることはわかったが、その容姿を目に映した途端、息を呑んだ。

流れるような美しいブロンドヘアーと豊満な肉体が印象的な、勝気そうな美人だった。

彼女は胸元にある溢れんばかりの膨らみを強調した際どい服を身に付け、短いスカートからは細く白い足が伸びている。

美人は美人だがサクラとは違い、派手さばかりが目立つ女性だった。


「ちょっと、どこを見てるのっ。危ないじゃない!」

衝突寸前の事故に、一瞬だけ身を硬直させたブロンド美人は、しかしすぐに我を取り戻し、ユウキをギロリと睨み付け、叫んだ。

「あ。ご、ごめんなさいっ」

ブロンド美人のキン、と耳に響く甲高い声に驚いて、ユウキの口は反射的に謝罪を零す。

しかしそれは、相手に己の優位を確信させてしまう効果を与えてしまったようだ。

ブロンド美人は上から下まで値踏みするような、不粋な視線を寄こしてきた。

「な、なにか?」

ジロジロと遠慮のない不躾な視線にたじろぎ、ユウキは逃れるように身をよじる。

「貴女、彼のなに?まさか女?」

「は?」

ユウキの問いかけに、返ってきたのは棘のある声と、鋭い女の眼光だった。


(ま、また)

とんでもない勘違いを抱き嫉妬を滲ませるブロンド美人に、ユウキはがっくりと肩を落とす。

あらぬ誤解を持たれ敵意を向けられることには慣れてはいるけれど、情念のこもった目というものは本当に厄介なのだ。

「あら。なによ、そのダサい格好……」

「…………」

口元に手を当て、小さく笑う。

はじめは純粋な怒りをぶつけていたブロンド美人だが、相手が三つ編みメガネだと認識すると、すぐに苛立ちを引っ込めた。

変わりに現れたのは、優越感から引き出される、嘲笑だった。

「どうやら勘違いのようね。貴女みたいなぺったんこのダサい子が、彼に釣り合うわけないものね」

ブロンド美人は己の豊かな胸を突き出して、鼻にかけた笑いでユウキを見る。

「…………」

誤解が解けたことは喜ばしいが、変わりに向けられる好戦的な態度に、ユウキは不快さを感じながらも自分の胸に手を当てる。

彼女の言う通り、誇らしげに自慢するような膨らみはないし、ひょろりとした幼児体型は今も昔も変わりなく、それはこれからも変わらないだろうとは容易に想像できた。

女性らしい魅力もあるとは思えず、自覚しているところを指摘され、ユウキはぎゅっと拳を作る。


「別にいいじゃないですかっ。あたしは、自分の身体を安売りしてツバキくんに気に入られようとか、そんなイヤらしいこと考えてませんから」

ブロンド美人を真正面から見据え、ユウキはせめてもの反撃、とばかりに言った。

「ふん。生意気な子どもねっ。これが大人同士の付き合い方なのよっ。お子様はさっさとお家に帰ってお勉強でもしていなさい。そっちの方が、そのメガネにはお似合いよ!」

ブロンド美人は感情的に吐き捨てて、ユウキを押し退け階段を下りて行く。

やがてバタン、とドアの閉まる豪快な音が響いた。

残ったのは、彼女が残した香水のキツイ香りのみ。

「ヤな感じ……」

ぽつりと漏れたユウキの素直な感想に、

「やってくれたな」

上から、声が落とされた。








































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