崩落世界 再起動世界14
崩落世界 再起動世界14
「お前、何も知らないでココにいたのか?」
告げられたセリフがあまりにも突拍子もないことすぎて、ツバキは心底呆れた声で呟くと、珍獣でも見るかのようにその瞳にカイを映し出す。
「………………」
注がれる視線に含まれる感情に気が付いて、カイは沈黙した。
「まぁ、何も説明せずに連れて来たのは確かだし。いきなりこの場を見せられても混乱するわな。……ええっとね~……」
黙してしまったカイの代わりにユキノが苦笑交じりに答えると、辺りをキョロキョロと見回し、何かを探すような素振りを見せる。
そして、あったあった、と呟くと、汚れたテーブルクロスの下から、一冊の本を引き抜いた。
それは、料理のソースや焦げた痕ですっかり汚れてはいたが、縁を金で覆ったツバキも見に覚えのある本だった。
「カイ。ここはね、魔族たちが表から攫って来た人間たちを、奴隷として売り捌いていた場所なの。この本は、いわゆるパンフレットってやつね」
さほど厚くない本をちらつかせ、ユキノは説明に入った。
「何を仰っているのです。そんなバカげたことが、あるはずないでしょう……」
カイが、わずかに見える眉を潜ませ否定する。
「そんなバカげたことが、行われていたのよ。ここでね」
教え込むように、ユキノが言った。
「まさか、そんな。信じられ……」
信じられない、とでも口にしようとしたのだろうか。
けれどカイの言葉は半端な場所で途切れ、最後まで紡がれることなく唇は閉じられる。
ゆっくりと、周囲を見渡す。
簀巻きのままもがく、魔族の集団。
囚人服のようなボロを纏い不安げな表情で佇む人間たち。
破壊されめちゃくちゃになってはいるが、豪華さを残す会場と、不釣り合いな鉄格子。
「……………………」
カイが、再びユキノへと視線を向けた。
果たして、この魔族は次に何と言うのだろうか。
人間ならばその異常さに怒りと畏怖を覚えるが、魔族が素直に奴隷の売買を認め、謝罪するとは思えない。
それどころか、胸を張って自分たちの正当性を主張しはじめるかもしれない。
「これ、読んでみ。古代文字で書かれてるけど、あんたなら読めるでしょ?」
ぽん、と胸に押し当てられる本を、カイは無言で受け取ると、一瞬だけ、躊躇いのようなものを瞳に映すが、ゆっくりと長い指先で焦げの目立つページをめくり、中を確認していく。
カサッ、カサッ、と紙が動くたび乾いた音が妙に鮮明に響き渡り、それはまるで彼の心情を表しているかのように思えた。
「全部人間のプロフィール、ですね……」
あらかた文字を読み終えたカイがそう言って、本を閉じた。
その言葉で、ようやくツバキは内容が人間のプロフィールであった事実を、知る。
「奴隷なんて信じ難いですが、貴女が言うのなら、真実なんでしょうね」
カイは、悔しげに表情を歪ませる。
「………………」
意外だった。
まさかこうも容易く、魔族がこの『現状』を受け入れるとは。
カイは、転がっている魔族へ冷めた視線を向けると、これまでとは違う口調で問いかけた。
「何故、このようなことをしている?責任者は誰だ?」
目元を隠す仮面のせいで、表情の厳しさはよく伝わらないが、声音に宿る怒りの感情が魔族たちを責め立てている。
「……誰が人間に加担するような奴に、話すものですかっ」
カイを敵と判断し、魔族が吐き捨てた。
その目は、売国奴でも見るかのように侮蔑が宿っている。
「無駄よ。ここにいるほとんどは単なる客。出入りしている関係者も使い捨ての末端だろうし、問い質したところで詳しいことなんて何も出こないと思うわよ……」
ぽん、と肩に手を置き、ユキノは宥めるように言った。
「では、一体誰にこの状況の説明を求めればいいのです?」
怒りを内に戻し、カイがユキノに向き直り問う。
彼の丁寧な言葉遣いは、どうやらもともとの口調ではなく、ユキノに対する思いから生まれてきたもののようで、それ以外の奴らには平気で砕けたものになるようだった。
「さて、ね。色々聞きたいことはあるけど、取りあえずここから出よう。怪我人もいるみたいだしね」
「……このまま彼らを放置するおつもりですか?」
まずは憔悴している人間たちを保護すること最優先と、述べたユキノに、カイが、ちらり、と魔族に視線を送る。
いくら術で捕らえているとはいえ、目を離した隙に逃げられる可能性もある。
カイは、それを心配しているようだった。
「するわよ。彼らを然るべき場所に突き出すのは、後でも出来るでしょ。4、5時間ここに放置していたところで、あたしの術は解除されないし、出来っこないわ」
だから逃げられる心配はない、と笑顔で断言するユキノの傍で、4、5時間、という言葉を耳にして、生まれた長時間放置への可能性に、魔族たちが肩を震わせる。
「ですが、いくら魔族が頑丈とはいえ、ずっとこのままというのはあまりにも……」
蓑虫状態での放置は不憫、とでも思ったのか、不満そうにカイがボヤく。
すると、同族からの同情に一縷の望みを馳せるかのように、魔族たちの期待のこもった視線がいっせいに注がれる。
「じゃあ、あんたはここで別行動する?」
早く助けたければ、一人でどうぞ。
ユキノがそう言い放てば、
「後にしましょう」
カイはあっさりと、諦めた。
『…………………………』
魔族たちの視線が、失望へと変わる。
この男に、魔族としての意地やプライドはないのだろうか?
異様なまでに人間の女に肩入れをしている男に対し、ツバキは呆れ果てる。
「気を取り直して、行こう。みんな一人で、歩けるよね?」
ユキノが弱々しくも佇んでいる男女へと問いかければ、何とか、と言った様子で全員が静かに頷く。
「あ、あの。ちょっと待って下さい。さっきまで私の近くにいたメガネをかけた女の子、見かけませんでした?」
ソフィアがスっと手を上げて、不安そうに表情で口を開いた。
メガネの女、その発言でようやくツバキはそれに該当する少女、ユウキが不在であることに気が付いた。
いつもなら、こちらの姿をとらえた瞬間に、ウザイ声を上げながら近寄って来る影がない。
あの嵐のような騒がしさが、未だ起こらない。
ぐるり、と周囲を見渡してみたが、術によって破壊された会場は焼け焦げた椅子やテーブルの残骸がばらまかれ、食べ物が四散している。
壁には黒墨やヒビが走り、抉れた場所も見受けられた。
だが、独特の容姿を持った少女の姿は、どこにも見当たらなかった。
「少し前まで一緒にいたのですが、いつの間にかいなくなっていてっ。急いで捜さないと!」
ユキノへと詰め寄り、懇願にも似た声で捜索を訴える。
(ほう。ついに、死んだか?)
安否不明の報告に、ツバキはどうでもよさそうに呟く。
もともと魔術に長けているわけでも、運動神経が優れているわけでもない。
運悪く魔術に巻き込まれ、死んでもおかしくはない。
「そのいなくなった女の子って、利発そうな可愛らしいおさげのメガネちゃん?」
ユキノが、ユウキの容姿について問いかけた。
利発そうな可愛らしいおさげのメガネちゃん――――?
誰のことだ?
ツバキは、思わず心の中で問うた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
果たして、姿を消したユウキはどこに!




