崩落世界 再起動世界11
崩落世界 再起動世界11
飛び込んだ宴会場のような場所には、大勢の着飾った魔族たちで溢れ、その一番奥に、煌びやかな場所には似つかわしくない鉄格子が天井から下ろされていた。
奇襲に驚きながらも何とか対応し、応戦してくる魔族を倒しながら、ツバキはちらり、と鉄格子へと視線を飛ばしていた。
中にはみすぼらしい服装の人間が閉じ込められており、ツバキは一瞬でこの場で行われていたことを、察知する。
闇市、と言っていいだろう。
取り扱っている商品は、人間。
街や城の中で次々と人間が行方不明になっていた原因は、商品を確保するために魔族が拉致していたから、ということか……。
今でこそ人身売買は禁じられているのだが、過去を少しさかのぼれば、人が信じられないほど低価格で売買されていたという事実は、簡単に掘り起こすことが出来る。
人が奴隷として売られていたことは、この国では隠す必要のない歴史のひとつにしかすぎず、そこに忸怩や懺悔はない。
今もなお、人間を道具のように扱う魔族は数多く、こういう場所があったとしても、何ら不思議ではない。
飛び交う術を目で追う視界の中に、何度か魔族と人間の姿が交錯する。
けれどツバキは人間たちには目もくれず、短剣を振るい魔族を狩っていく。
自分の仕事は、チョロチョと動き回る魔族を排除し、この場を消滅させることだ。
消滅させて、なかったことにする。
それが、スラムに店を構える彼から依頼された仕事だ。
目的たのためならば、人間に多少の危害が及ぼうが犠牲が生まれようが、それは仕方がないことだ――――。
「混迷の大地に刻まれし破壊の帝王。いにしえよりあまねくその力――」
身体が、沸騰する。
詠唱をはじめた途端、己の内を駆け巡る熱き血潮に、ツバキは言いようのない解放感を感じ、口元を歪ませる。
一言一言、長い呪文を紡ぐたび魔力が上昇し、気分が高揚していく。
とくんとくん、と心拍が心地よくリズムを刻み、蠢く魔力が今にも身体から飛び出してしまいそうなほど激しく、けれど軽やかに騒ぎ出している。
周りに集まる濃縮された魔力の因子が、ゆっくりと指先へと流れていく。
ツバキはさらに力を加え、詠唱を続ける。
「汝の楔を解き放ち、我が声に応え、今ここに――――――――」
「はぁ~い。そこまでっ!」
完成間近。
最後の一言を残すのみとなった瞬間、軽やかな声が響き、目の前に現れた少女によって手首を掴まれた。
「っ!」
驚き、ツバキの詠唱が、途中される。
下手に声を出すこともできず身構えることしか出来なかったツバキは、掴まれた腕をぐいっと下ろされて、形成しはじめていた術が強制的に阻まれる。
続かぬ詠唱と器の役割を果たしていた掌のひとつを失い揺らめきはじめた魔力はバランスを失い不完全な術のままたゆたいはじめるが、ツバキの意識は、すでに少女へと注がれていた。
(何者だ……)
目の前に立つ、一人の少女。
黒い髪を魔力の圧縮する空間の中で遊ばせ、黒曜石の明眸が、妖しく煌めいている。
歳はユウキと同じくらいだろう。
しかし、スっと佇む全身は隙がなく、纏う雰囲気の中に、異様な魔力を感じ取る。
ただ者ではない、と瞬時に悟る。
魔力渦まく詠唱中に、気配を察知させることなく平然と接近してきた少女に、ツバキは警戒心を募らせる。
「手を、離してもらおうか」
突然、現れた侵入者に、ツバキは眼光を光らせ威嚇する。
先ほど心を支配していた昂りは、指の間から零れ落ちる魔力とともに収縮し、冷静さを取り戻す。
もはや術の続行は不可能だ。
そう諦念し、ツバキは少女と対峙する。
「彼らには、聞きたいことが山ほどあるの。勝手に殺さないでくれる?」
あくまで操る口調は穏やかだが、妖しく光る双眸は、強い批難を宿している。
「仕事の邪魔を、するな」
ツバキは無表情で、警告の殺気を放つ。
「全滅させるのが、あんたの仕事なの?だったら止めさせてもらうわ」
くすぶる魔力の残骸と、ツバキが放つ荒んだ殺気に怯んだ様子も見せず、少女は堂々と会話を続ける。
「お前が?そんなこと……」
「ユキっ、危ない!」
ツバキの声を遮って、焦りの交じった男の声が二人の間に飛び込んだ。
と同時に、魔族たちが、いっせいに動いた。
『ロックハンマー!』
発動を告げる宣言とともに、頭上に岩の鉄槌が出現し、雨のごとく降り注ぐ。
ツバキと少女は各々の方向へと地を蹴って、ボトボトと、湧いては落下するハンマーを、無駄のない身のこなしで、避ける。
「ユキ、大丈夫ですかっ。というか、ここは一体どこなんですかっ」
仲間と思しき赤銅色の髪を持つ長身の男が慌てた様子でハンマーをかいくぐり、少女の元へと走り寄って来る。
「助かった。ありがとう。お礼に、これをあげる。付けて」
言うと、少女はどこからともなく目元だけを隠せる仮面を取り出し、男へと渡す。
「………………え?」
「いいから、さっさと付ける!」
「は、はい!」
戸惑う男に少女が再び声高に命じると、あわてて仮面に手を伸ばし装着する。
美青年だった青年の顔が仮面によって塞がれ、赤銅色が異様に目立つ姿となる。
「あの、何故このような……」
「詳しい話しは後で。カイ、やるわよ!」
「え、やるって、ちょっと!」
即座に戦闘態勢へと入り魔族を見据える少女に、カイと呼ばれた男は未だに状況が掴めていないのか、混乱したようにワタワタと不安定な動きを披露する。
その横で、少女は素早く詠唱をはじめる。
「シャドービースト」
術の名を解放した瞬間、少女の足元で這いつくばっていた黒い影がムクムクと盛り上がり、うねりながら4体の獣と姿を変えた。
成獣へとなった影は、一度、咆吼すると、次の瞬間、飛び出した。
獣は目にも止まらぬ速さで床を疾走すると、魔族たち目がけ、その鋭い牙で襲いかかる。
ツバキも、詠唱をはじめる。
「ぐあ!」
「きゃあっ」
「ひぃっ」
覆い被さる黒い獣に呑み込まれ、魔族たちは悲鳴を上げながら床に倒れ伏す。
「く、くそ!」
「は、離せっ。このっ!」
ジタバタ、ともがく魔族たちに、黒い獣は容赦なく牙を向け、首元にかぶりついた。
「!」
「かはっ!」
急所を襲われた魔族たちが、最後の声を上げ、だらりと身体から力を抜き去った。
ばたばたと四肢を投げ出し動きを止める魔族たちに、4体の獣はようやく姿を溶け消える。
「ちょっと、まさか死んで!」
仮面の奥からその光景を見ていた赤銅色の髪を持つ男が、狼狽しながら叫んだ。
「バカ。死んでないわよ、気絶してるだけ!」
黒髪少女が、答えた。
どうやら本当に、殺す気はないらしい。
(甘いな……)
たとえどんな理由があっても、対峙した魔族に手加減など、するべきではない。
一片の優しさが命取りとなることだって、あるのだ。
『サンダーボール!』
男女交じった声が響き、黒髪少女へと向いていたツバキの意識が、一瞬でその声に反応する。
雷撃が、ツバキ目がけ飛んでくる。
「シールド!」
ツバキはすでに唱えておいた防御の術を素早く発動させて、雷撃の直撃を防ぐ。
バチバチバチッ!
結界と衝突し、激しい雷鳴が空気を揺るがした。
耳を塞ぎたいほど轟く中で、ツバキは結界を持続させたまま脇から飛び出すと、床に転がっていた長剣を拾い上げ、隙だらけの魔族に斬りかかった。
ツバキちゃんと雪乃が、ついに対面したー。
久々にツバキちゃんが書けて、楽しかったです。




