崩落世界 再起動世界8
崩落世界 再起動世界8
「遠矢、あんたは『コア』がどこに保管されているか知ってるよね?」
「どこって天界に決まってるだろ……。おれは見たことないけど、アーシェミリアの母親あたりなら知ってるんじゃねぇか?以前、そんなことを自慢げに……」
そこまで答え、ハッとする。
「まさか、『コア』に何かしようと?」
「そう。天界を司る女神様とあろう者が、畏れ多くも『コア』の封印を解いて持ち出そうとしていたの」
「そんなバカな!」
信じられない、と遠矢が叫ぶ。
女神――――――――。
それは天界を司り、天使を統べらせ、人間界を見守る者に与えられる名だ。
そして、アーシェミリアの母という名をも持つ人物でもある。
雪美が見せた過去の記憶映像、その中にはっきりと女神が『コア』を盗み出しほくそ笑む姿があった。
「ホント、バカだよねぇ」
雪乃は嘲笑を交えた笑みを口元に浮かばせ、コーヒーを飲み干す。
己の蛮行を見られているとも知らず『コア』に触れるなど。
『コア』が砕け散り、世界にばらまかれた時は、さぞかし驚いただろう。
その時の女神の姿というものはきっと見ものだったに違いなく、想像しただけで失笑しかけた雪乃は、こみ上げてくる笑いを何とか呑み込み、誤魔化すように空になったカップをテーブルへと戻す。
ソーサーに置くと、こぽこぽ、と薄茶色の液体が湧き水のように生まれ、丁度いい量まで満たされる。
中身は、カフェ・オ・レだ。
この世界では、雪乃が思った通り、望み通りの現象を瞬時に引き起こすことが出来る。
無から有へと成すことは、造作もなかった。
「当然、雪美ちゃんは怒るわけよ。勝手に封印を破って、あまつさえ持ち出そうとしたのよ。これって、すごい裏切り行為だとは思わない?」
「だから砕いて『カケラ』としたのか……?」
「そ。『カケラ』になってしまえば、ひとつひとつに宿る力は分散されるから、変に悪用もされないだろう、と思ったのね……。だけど、そこは性悪女神。諦めが悪かったのよ!」
雪乃は力強く毒付き一度言葉を切ると、お菓子へと手を伸ばし、和菓子を取る。
「散らばって行く寸前、女神があわてて力を使って強引に掴もうとしたの。そのせいで雪美ちゃんの力と反発しちゃって、空間に歪みが生まれ、異世界にまでピューン、よ」
言い終えると、一口サイズのまんじゅうを、口に放り込む。
こしあんの詰まったまんじゅうは、コーヒーとの相性もバッチリだ。
もうひとつ所望し、雪乃は手を伸ばす。
「空間が歪んだって……」
和菓子を能天気に堪能する向かいの席で、遠矢は神妙な面持ちで呟きをもらす。
相手は、腐っても女神だ。
雪美の力と激突した際、生まれた衝撃は大きく、その余波で空間は安定を失った。
生まれた歪みはあっという間に『カケラ』を吸い込み、異世界にまで流してまったのだ。
その事実を確認した雪美は、あまりの女神の愚挙に呆れ、見定めた。
もはや『コア』を預けるに値しない存在だ、と――――――――
故に、自分の娘を使い『カケラ』を探しはじめた女神に反応し、ハヤテを動かし人間界へと下ろしたのだ。
「女神様もびっくりしたでしょうねぇ。目の前で『コア』が弾け飛んじゃったんだもの」
きっと、びっくりした、などという表現では済まされなかったであろう。
女神は『コア』が失われれば世界がどうなるか、知っているのだから。
「だから、アーシェミリアに命じて『カケラ』を探させていたのか……。女神くらい力を持っていれば『カケラ』の気配を辿ることくらい出来るだろうしな」
「まさか女神が盗人になるとは予想してなかったからなぁ。『コア』の封印もあまり強くかけてなかったみたいだし」
今さら言っても遅いが、誰もが触れないほど強固な封印にしておけば、今回のような事態は免れただろう。
甘さが招いた結果だ、と言わざる負えない。
これまで脈々と築き上げられてきた『女神』という名を、信用しすぎていた。
今回の一連の騒動で、女神と天界への信頼は、もはや地に落ちたと言っていいだろう。
「でも、なんで女神は『コア』の封印を解いたんだ……?」
「知らないわよ、そんなこと。どうせ、『コア』の力が欲しかった、とか『コア』を管理してみたかった、とかそんな理由なんじゃないの?」
難しい顔付きで理由を問う遠矢に、けれど雪乃は肩を窄め、興味なさげに答えた。
『コア』を手に入れるということは、世界を掌握する、ということだ。
女神が力に魅入られ封印を解いたかどうか、真意は定かではない。
雪美も本人に確認など行うはずもなく、『コア』に触れた女神の本当の目的は未だにわかっていない。
けれど、理由なんてどうでもいいし、雪乃も雪美も興味はない。
一番重要なのは、女神が『コア』に触れた、という事実だけだ――――
「……このこと、アーシェミリアは知ってたと思うか?」
「知らされてなかったんじゃないかな?」
雪乃の見た手では、アーシェミリアにすべての情報が伝えられているとは感じなかった。
もし知っていれば、さすがのほんわかお姫様と言えども、もっと積極的に、もっと緊張感をもって『カケラ』を探してたはずだ。
彼女は、純粋な使命感から『カケラ』を探し、遠矢に会いに来ていた。
「なるほど。原因を作ったのが女神だってのはわかった……。だけど、さ……何て言うか……その…………」
遠矢は納得したように頷いた後で、言い淀む。
「だけど、何?」
雪乃は、その先が何となくわかってはいたけれど、あえて気付かないフリで先を問う。
「……あの人は『カケラ』が異世界へ飛び散った時、世界が滅びることはもうわかっていたんだよな。もし、その時に手を打っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか?
あの人にとって無数に管理している世界のひとつにすぎないかもしれないけど、そこにはたくさんの命があるんだ。感情だけで『コア』を破壊して、こんな事態を招くなんて、そんなこと、たとえ『管理者』だからってやっていいのか?」
遠矢の表情が、苦渋に歪んだ。
一瞬、音を発することを躊躇していた唇も、一度開いてしまえば雪美に対する思いが溢れ出す。
雪美だけに責任があるわけではないけれど、直後にどうにかする術を持ち合わせていたのは、彼女だけだったのだも事実だ。
適切に動いていれば、こんな結末を辿ることはなかったかもしれない。
かもしれない、という意味のない別の未来に想いを馳せても仕方がないのだけれど、逃してしまったチャンスの大きさに、簡単に割り切ることは出来ないのだろう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
女神様が、完全に悪人になっていますね。
一応、彼女も世界のことは考えているので、悪い人ではない……ハズです。
あ、イッちゃんが一言も喋ってないですが、ちゃんといますよ?




