崩落世界 再起動世界4
崩壊世界 再起動世界4
遠矢たちと別れた雪乃とイッサーは、すべてが純白に支配された世界に、佇んでいた。
名もなき世界。
すべてがはじまり、終わる世界。
己の、いつかは帰るべき世界――――――――
「…………」
ひらひら、ひらひら、と桜の花びらが、舞っている。
無風の空間で、とめどなく落ちていく桃色の花びらは、まるで意思を持ち流れているように、雪乃の緋い瞳に映り込む。
ピンクの雨を降らし続けている太く頑丈な幹を持つ桜は、土すら存在しない白い世界の中で、立派に根を下ろし、息づいている。
そしてその中に、一人の少女がいた。
枝を椅子代わりに利用して座る、漆黒の髪を持つ少女。
雪乃と同じように腰まで伸びる黒髪は、下に流れるにつれ柔らかく波を打ち、絡み合っている。
雪乃と同じ意思の強そうな緋色の瞳は煌々と輝きを放ち、整った顔立ちには感情を示すような表情はなく、唇も動く気配はない。
瞳と同色のロングドレスを身に纏い、突然現れた雪乃たちを、ただ冷静に見下ろしている。
どこか生命力に欠け、人形のような雰囲気を放つ少女は、雪乃にはない大人びた落ち着きと気品に満ち溢れている。
「その顔は、すべて計算通りってこと?予定通りの結末に、満足?雪美ちゃん」
雪乃の問いかけに、雪美と呼ばれた少女は緋色の瞳を細め、ピンクの唇に薄い笑みを刻ませる。
雪乃と瓜二つの容姿を持つ、雪美。
身長も体型も、髪の長さも同じ。
双子と見紛うほどに、互いの姿は酷似していた。
しかし二人を見間違うことはないだろう。
どんなに容姿が似ていても、魂から放たれる光がそれぞれの色に染め上がり、異なる存在感を有している。
「お前は、不満そうだな」
桜の奥で、雪美は言う。
「当たり前でしょ。お気に入りの場所を壊されて、ヘラヘラ笑えるかっての」
雪乃は、唇を尖らせ、ずかずかと桜へと近付いていく。
「先にルールを破ったのは奴らだ。代償を受けるのは、当然だろう」
ムッとする雪乃とは違い、彼女はつとめて平然と言いながら、預けていた背を幹から離し、ふわりと着地する。
そしてそのままこちらへと近付いて来る。
ゆっくりと、前へと押し出されていく足。
その度に、はらはらと揺れ動く緑の黒髪が、指に優しく触れる。
繰り出される所作のひとつひとつつが鮮麗され、優雅で美しい。
同じ姿をとっているのに、まったくの別人のように見えてしまうのだから、不思議だ。
同じ魂を持つ、自分の半身だというのに……。
「遠矢くんが必死になって『カケラ』を集めていたの見てたでしょ。あたしだって手伝ってたのよ?少しは大目に見なさいよね」
「一瞬で滅ぼされなかっただけ、ありがたいと思え」
にべもなく、言った。
「うわ。何気に本気で怒ってるよ、この子」
言葉の節々から、ぴりり、と流れてくる雪美の感情に、雪乃は驚いた。
どちらかと言えば温厚で、理性的。
内心を表情に乗せることや怒りを口にすることなど滅多にない変化に乏しい雪美が、こんな反応を示すのは、珍しい。
「あたし、よくわからないんだけど、そもそも女神との間に何があったわけ?」
雪乃は腰に手を当てて、説明を求める。
『カケラ』が『コア』の破片であることは当初からわかっていたし、彼女のことだ、よほどの事態が女神との間に起きてしまったのだろう、とは考えていたが、砕けてしまったその経緯は、結局掴めず仕舞いだ。
「お前は理由も知らないで動いていたのか?知りもしないで走り回るなど、ずいぶんご立派なボランティア精神だな」
嘲弄気味に、笑う。
「あたしはあんたと違って、とっても情が深いんです~」
「ほう。ならばその深い情、真実を知っても薄れることはないんだな?」
「それは、事と場合によるわ」
試すような雪美の口ぶりに、雪乃はあっさりと、前言を覆すような言葉を零した。
一度関わりを持ち、共に過ごす月日を重ねていくと、本人の意思や思惑とは関係なく『情』は生まれてしまうもの。
けれど、私情に絡まれ、真実を見定める目を曇らせることだけはしたくなかった。
「やはりお前は、どこまでも私なのだな……」
雪美はこちら側へと腕を伸ばしながら、呟く。
「褒められているのか褒められてないのか、微妙なんだけど……」
苦笑する雪乃の頬に、雪美の白い指先が、そっと触れる。
と。
そこから、雪美の記憶が流れ込んで来た。
映画でも観ているように、すべての発端が、鮮明な映像となって目の前で再生されていく。
背景こそないけれど、豪華なドレスに身を包み、床に付いてしまいそうなほど長い金髪を揺らしながら歩く、化粧の分厚い女性がいた。
――――――――――――女神だった。
そしてその手には、『コア』――――
彼女は口紅によって真っ赤に染まった唇の口角を上げ、ふふふふ、と笑いを零し、目には欲望の光を灯らせていた。
やがて映像は終わり、無表情の雪美が視界いっぱいに広がる。
「……なるほどね」
過去の一端を見せられ、雪乃は納得した表情で頷く。
思いっきりため息を吐きたい衝動に駆られるが、目の前に立つ雪美の真顔と動く思考が、それを制止する。
何故『カケラ』となってしまったのか。
何故雪美がここまで世界の崩壊に関わったのか。
すべてを言葉にせずとも、すべてを映像にせずとも、その真実は連想ゲームのように内から湧き上がってくる。
「そして『コア』は『カケラ』になって、雪美ちゃんの望み通り滅んだってわけね」
「願望ではなく、あくまで行動の結果だ。管理する世界は他にもある。くだらんことでいちいち騒ぐな」
話す雪乃の口調の中に見え隠れする問責するような感情が気に入らないのか、雪美は突き放す態度で言い放った。
「くだらないって、どこがくだらないのよ……」
雪美の言動に、雪乃は呆れる。
もともと世界の中で発生する物事や行く末に無関心な方ではあったけれど、女神の犯した蛮行のせいで、彼女にとってのあの世界は、滅んでも構わない、その程度の価値しかない世界へとなってしまったようだ。
「ねぇ雪美ちゃん」
「何だ?」
「『カケラ』持ってるよね?ソレ、全部ちょーだい」
手を伸ばし、雪乃は要求する。
彼女が『カケラ』を所有していることは、わかっている。
素直に渡してくれるかはわからないが、こちらが欲していることは伝えるべきだろう。
もし拒絶されたら――――――――
その時は、その時である。
「…………。好きにしろ」
だが、雪乃の心配をよそに、少しだけ考えるような仕草を見せた後、雪美の唇から溢れたのはそんな言葉だった。
「うへ?いいの?」
あっさりと身を引く潔さに、雪乃は拍子抜けして聞き返す。
てっきり、もっと抵抗されるかと思っていたのだが。
何か裏があるのでは? と勘ぐる雪乃だが、そんな思いを根底から覆すような、爆弾発言が投下された。
「飽きた」
無表情で、言った。
「いや、飽きたって……」
その声色は、本気でどうでもいいと思っているようだった。
飽きた、飽きないという感情ひとつで世界の運命が左右されるなど。
それに翻弄される者たちのことを思うと、不憫でならない。
そして自分はその中に入らなくてよかった、と本気で思う雪乃である。
やっと雪美様の名前を書く事ができました!
雪乃とは正反対な性格で、女王様。めったにここから出ない引きこもりっ子です。笑。




