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無限ワールド  作者: 水原まき
第7章 崩落世界 再起動世界
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崩落世界 再起動世界2

崩落世界 再起動世界2







 関係者以外の立ち入をかたく禁止している工事現場の、鉄骨の剥き出しになっている建造物の上で、雪乃は眼下に広がる街並みを見下ろしていた。

 隣にはイッサーが寄り添い、その腕に雪乃の腕を絡ませている。

 工事現場は休みのようで人の気配はなく、所々にかけられているブルーシートが風に煽られ、はためいている。

 誤って足を踏み外しでもしたら、地面へと真っ逆さまに落下し、あっという間にあの世逝きの危険な足場だが、雪乃とイッサーは平然と佇む。


 風が強くなってきた。


 雪乃の黒い髪とイッサーの銀糸が、風に舞う。

 髪の先端を二の腕あたりまで舞い上がらせるほどの強風は、はるか頭上の雲をも流し、ざあざあと道路の脇に植えられた木々の枝を揺らし、砂埃が宙を舞う。

 突如に、薄い影が頭上から降りてきた。

 雪乃がつと空を見上げると、曇天が太陽を覆い尽くし、その光を脆弱なものへと変化させていた。

 ようやく鬱陶しい梅雨が明け、本格的な夏へ突入したばかりにも関わらず、すでに肌を焼くほど厳しかった日射しが、ゆっくりと和らいでいく。

 それに伴い気温も下がりはじめ、昼間が夜へと変わろうとしている。

 晴天から一転。

 台風の兆しのごとく、天候が荒れはじめる。



「せかいが、こわれていく……」

 雪乃は小さく呟いて、イッサーの腕に頭を預ける。

 吹きすさぶ風の嘆き。

 大いなる地面の切ない震え。 

 世界の悲鳴が、聞こえる。


 ――――――――原因は、わかっている。



「早めに公園から離れて、正解だったわね……」

 偶然、仮面男と邂逅を果たした後、雪乃たちはソフトクリームを購入し、すぐに公園から出た。

 仮面男が『カケラ』を探している以上、遠矢の目の前にも現れることは簡単に予測が出来る。

 そして対峙した際、どちらが『カケラ』を手にするか――――こちらも、簡単に予測が出来る。



 案の定、『カケラ』は奪われてしまったようだ。


 

「彼女たちが動き出す気配は?」

 イッサーが、問うた。

 ここで言う『彼女たち』が誰を示すのか、名を口にせずとも雪乃は理解する。

「ないでしょ。こっちが崩れはじめているんだもの。天界も今頃ボロボロになっているはずだし……。自分たちを犠牲にしてまで人間を助けるとは思えないよ、あの女神様や天使様たちは、ね」

 雪乃は小さく笑い、『女神』を思う。

 世界が崩壊しようとしている今、人間界だけではなく、彼女らが住まう天界も同様の異常現象が起こっているはずである。

 崩落していく自分たちの世界に、事態が把握できず混乱する最中で人間界に気を配れるほど、彼女らは慈悲深くない。

 人間界の秩序を守っている、と豪語するが、自分たちの世界が乱された今、己の存続しか関心はないだろう。

 そのために必要とあらば、平気で人間たちを切り捨てるに違いない。


「思っていたより、崩壊のスピードが早かったわね」

「遠矢はこのことを?」

「知るわけないでしょ」

 くすくす、と楽しそうに笑う雪乃を、イッサーは静かに見つめる。

「姫!こんなところにいたんですかっ!」 

 その時。

 カンカンカン、とけたたましい足音をたて、息を切らしながらカイキが階段を駆け上がって来た。

 公園からの帰り道、世界の違和感をいち早く感知した雪乃は、カイキへの説明が面倒臭く、さっさとその場に残して来たのだが、意外と早く追って来た。



「だから姫言うなよ~」

 騒がしい奴が来た、と内心で呟きながら、雪乃はイッサーから名残惜しそうに手を離し、振り返る。

 彼は、階段から身を踊り出し、その先に続く鉄骨の上を軽い身のこなしで、近付いて来る。

「一体、どうなさったんですか……いきなり走り出さないで下さい……」

 驚くじゃないですか、とカイキは呼吸を整えながら言う。

「天候も、何だか急に悪くなってきましたし……もう帰りましょう……?」

 カイキが、天を仰ぐ。

 今にも泣き出してしまいそうな空。

 ここにいたら、濡れてしまうだろう…………雨が降れば、の話しだが……。


「ふ~ん。『帰る』ねぇ……」

「何です?」

 雪乃の含みのある言葉に、カイキは反応する。

「帰るって言うけどさ、あんたはどこに帰るつもりなの?」

「どこって……ユキの家に決まっているじゃありませんか……」

 一体、何が言いたいのか。

 雪乃の言葉の意図がわからない、とカイキは困惑する。


 

「家に帰るのはいいけど、この世界が実はそこそこヤバイ状況に陥っているから、どこにいても意味ないと思うよ……」

「はい?」

 雪乃が酷薄ともとれる口調で告白すると、カイキは目を瞠る。

「ヤバイって……でしたら、悠長に構えている場合ではないのでは?」

 雪乃が語る『ヤバイ』の程度を知らないカイキは、やや心配そうな当惑したような表情を浮かばせる。

「いいのよ、このまま放っといて」

「……放っておいたら、この先どうなるのです?そもそも、原因は何なのです?」

 うかがうように、カイキが質問を投げかける。

「いちいち言わなくても、カイキならわかるんじゃないの?」

 にやり、と雪乃が笑うと、

「!」

 オレンジ色の双眸が、見開かれる。

 強ばった表情で、再び空を見上げる。

 吹き荒れる風と、薄暗さを増す空。



「これは『カケラ』が引き起こしている異変、なのですね……」

「正解!どうやら遠矢くんたちがミスしちゃったみたい。で、この結果を招いたってわけ。まったく困った子よね……」

 雪乃は、少しも困っているようには見えない苦笑とともに、肩を窄める。


「ちょ、ちょっと待って下さいっ。遠矢のせいで異変が起きているのならば、貴女がどうにかするべきではないのですかっ」

 しかし、のほほんとした雪乃の態度から発せられた言葉は、のほほんと聞き流すにはあまりにも刺激が強かったのか、カイキは珍しく声を荒らげた。


 状況もさることながら、原因に遠矢が絡んでいるとなると、雪乃が無視していいことではない――――


 じっと雪乃を見つめたまま、カイキの瞳が無言の抗議を送り続ける。

 その視線を受けて、雪乃は自分の心が急激に冷めていくのを、自覚する。

 引き潮のように、さぁぁぁ、と感情が遠のき、それに比例して表情も色を失っていく。 

 その変化に、イッサーがスっと静かに距離を取る。




「心配するのはわかるけど、あんたが心配すべき世界は、本当にここなの?」

 静かな声で問いかけて、無表情に近い真顔で雪乃は言った。

「ユキ?」

 いつものちゃらちゃらした空気と高い声色を抑え込み、腹の底から浮上する深みを増した声に、カイキはたじろぐ。

 幼稚な仮面を剥ぎ取って仁王立つ雪乃からは冷涼とした空気が放たれて、それに呑まれたカイキは、一歩、後に退く。

 口調はそのまま。

 けれど、一切の親しみやすさを振り払った雪乃の口ぶり。

 カイキをとらえた黒曜石の双眸が、すぅっと緋色に染まる。

 本来の色を、取り戻す。

 血のように煌めく瞳は艶めかしく、孤高の星のようだ。



「あんたは、何時までここにいるつもり?」

「……これ以上関わらず、私に帰れ、と?」

 かすれた声と陰りのある表情で、カイキが言った。

「そうよ。間に合わなくなる前に、な」

「え?」

 戸惑いに揺れるカイキから視線を逸らし、雪乃は再び天を仰ぐ。

 闇に侵食され黒に染まりつつある空は、もう二度と元には戻らない絶望を孕んでいるように見える。



「このままではこの世界は滅びる。そしてお前の世界にも、少なからずの『カケラ』の影響を受けている。それでもお前は、ここにいるつもりか?」

 雪乃の口調が固いものへと変化して、とんでもない言葉を落とした。








雪乃が、ちょっとだけ真面目になります。

通称『姫様モード』。

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