ゼラニウムの訪問 後編 ~セツナの友~
ゼラニウムの訪問 後編 ~セツナの友~
「セツ~そんな顔するなよ~。俺が勝手に呼び止めて話してただけだから、この子たちは悪くないんよ。多めに見てあげてよ~」
へらへらと緩みきった嘘くさい笑顔を浮かべながら、リュードはセツナに近寄ってくる。
セツナは、リュードに庇われつつも身を硬直させているメイドを見た。
メイドたちはこの場から逃げることも、弁解することも許されず、ただ固く口を閉ざし緊張した面持ちで立ち尽くしている。
聞こえてきた彼女たちとの会話から、こんなやり取りが一度や二度ではないことは、容易に推測出来る。
「別に、彼女たちを責めてるわけじゃないよ……」
怯えるメイドから視線を外し、セツナは淡白に答えた。
仕事中にも関わらず私語を続けることにはあまり賛成はできないけれど、リュードのようなそこそこ身分のある相手から話しかけられ、ましてや口説かれるという状況に陥った時、うまく回避する術を若いメイドが習得しているとは思えない。
「それに俺、はじめからお前にしか文句言ってないし」
セツナは、リュードにたっぷり批難のこもった視線を送る。
「あう~。そんな冷たい目するなよ~。さすがのオレも、ショックを受けちゃうよ~」
リュードは胸の辺りを押さえ悲しそうな表情を作り、ワザとらしく傷ついたような芝居をしてみせる。
…………………………。
ふざけた態度を崩さないリュードに、真面目に注意している自分が、バカバカしくなってきた。
セツナは、再びメイドたちを見る。
「お前たちはもういいから、仕事に戻って」
「え……」
ハッと、驚きの表情でセツナを見つめ返す。
何のお咎めもないのか、と瞳が語る。
「元はといえば、女性と見れば声をかけられずにはいられないこいつのねじ曲がった性格が悪いんだし」
セツナは、うんうん、と頷く。
「ひ、ひでぇ!オレだって、別に誰てもいいわけじゃないぞ!」
リュードは、大仰なまでに傷付いた顔をする。
「そうなのか?さっきすべての女性を幸せにしたい、って言ってただろ」
「いや、あれはその、そうなんだけど……まさかそこまで聞かれているとは……。というか、何でこんなところにセツがいるのよ~」
これ以上、責められたくはないらしく、リュードは無理矢理とも思えるタイミングで話題を変えに入った。
こんなところも何も、ここは自分の家なのだからいて当然だろう、というツッコミは、言ったらまた話しが長くなりそうなので、この際やめておく。
「天気がいいし、ここでお茶しようと思ったんだ」
「おお、なるほど。お茶か、いいね~。オレもご一緒し~ちゃお!」
言って、リュードはセツナの肩に腕を乗せ、体重を預ける。
重い……。
加減しているとはいえ、ずっしりと乗りかかってくる負荷と他人のぬくもりに、セツナはバレないように眉をひそめる。
リュードは、その明るい性格から、とても他者との距離が近く、誰それ構わず過度ともいえるくらいスキンシップを取ってくる。
そういうフレンドリーさが、いち早く他人との間にある隙間を埋め、人あたりのいい印象を与えるのだろうが、スキンシップが苦手なセツナにとって、たとえ相手が長年の付き合いがある人間であっても、なかなか慣れるものでもない。
「というわけだからさ、オレの分のお茶も一緒に持って来てくれるかい?君たち♪」
セツナに体重を預けたまま、リュードはメイドに言った。
「あ、はい。承知しました」
「すぐに、お持ちいたします」
メイドたちは一礼すると、逃げるようにセツナたちから離れ、そそくさと中庭から出て行った。
「で?何でお前はここにいるんだ?」
リュードの腕を払い除け、問う。
「ん~。セツちゃんに会いに♪」
「お茶飲んだら、帰れよ」
「え~何でだよ。オレがここで寛いでたって、問題ないだろ~よぉ」
早めの帰宅を促すセツナに、とても年上だとは思えない、口を尖らせ、子供じみた仕草でリュードは拗ねる。
「俺、もう少ししたら買い物に出かけるから……それでもいるなら、別にいいけど……」
「えっ」
「ちなみに、今兄様いるから……」
「え~~~~」
ここにいれば、顔を合わせることになる。
そう暗に伝えると、リュードは、心底嫌そうな顔をした。
セツナの幼馴染ということは、その兄弟とも長い付き合いだということだ。
しかし、昔から、どういうわけかリュードはセツナの兄との相性があまりよろしくないのだ。
兄も兄で、リュードの、今にも飛んで行きそうなほど軽いフットワークと言動に違和感を感じているのか、ある程度の距離をとっているように見えた。
まぁ、わからないでもないが……。
「で。買い物って、何よ?」
うかがうように、リュードが聞く。
「別に、たいしたものじゃ……」
「何?」
いちいち告げるような物ではない、とセツナが誤魔化すと、しかしリュードは食い下がる。
「…………色々。服とか、日用品とか……」
正直に話すと、リュードは少し考えたような様子を見せ、
「よ~し!じゃあオレも、セツの用事に付いていってやるよ!」
椅子にどかり、と座り、長い足を組みながら言った。
「…………え。何で?」
そういう展開になるのか。
自宅に、帰ればいいだろうに。
「あ~。い~のい~の。オレ、今日割と暇なんだよ。気にすんなって!」
リュードは、楽しそうにニコニコと笑う。
――――気にしているのは、そこじゃないんだけど。
そう心の中で思いながらも、言ったところで結果が変わるわけがないということを、セツナはこれまでの経験上、理解している。
リュードは、何が何でも付いてくるつもりだ。
「あんまり街の中で女性ナンパするなよ……」
一緒にいるこちらの方が、恥ずかしいのだから。
「はいはい了解了解~」
真面目に聞いているのかいないのか。
リュードは手をヒラヒラ振って了承する。
(本当に、大丈夫か……?)
何だか、楽しみにしていた買い物が、急に不安になってきた。
と。
「おまたせ致しました」
タイミングを見計らっていたかのように、メイドの声がした。
動揺と共に去って行ったメイドたちは、今やすっかり仕事モードに戻り、手早くテーブルの上にお茶を用意していく。
紅茶だ。
小皿には、クッキーもあった。
セツナが椅子へと座ると、カップに紅茶が注がれる。
「そうだ。ねぇねぇ、君たち。お茶が終わったらオレたち買い物行くんだけど、何か欲しい物ある~?」
ひょいっとクッキーを取り上げ、リュードが口を開いた。
「えっ……」
まさか再び声をかけられるとは思っていなかったのか、メイドたちは驚いた表情を浮かばせるが、答えていいのかわからず、すぐに困った様子で顔を見合わせる。
さっき注意をしたというのに、これだ。
「ルー……」
セツナが、呼ぶ。
「あ!いやいや、冗談だって!あははは。つい、いつものクセで…………アハハハハ~」
乾いた笑みを浮かべ、リュードは居心地が悪そうにクッキーを食べはじめた。
まったく。
どうして我が幼馴染は女性に対し、こうなのだろう。
「では、失礼致します」
「ご用がございましたら、お呼びください」
用事を済ませ、メイドたちが再び去って行く。
「ありがとね~」
その背に向けて、リュードは手を振って見送る。
「彼女たち、甘い物が好きだってさ………」
「え?」
「それくらいの差し入れなら、別にいいんじゃないか?」
なんて言うと、
「セツ~~~」
リュードはタレ目をきらめかせ、じぃぃぃん、と表情をだらしなく緩ませる。
「よ~し。ならオレは、彼女たちのために行きつけのケーキ屋で、ホールケーキでも買うとしよう!」
すっかり機嫌をもとに戻したリュードが、楽しそうに予定を口にする。
まるで大型犬みたいだ。
――――――――なんて思ったのは、秘密にしておこう。
本編で名前だけ出てきた「ルー」を書けて、楽しかったです!
誤字、脱字などを修正いたしました。




