囁く、もうひとりたち13
囁く、もうひとりたち13
雪乃は時たまアーシェミリアに対し、地味な意地悪をすることがある。
「ん~かれこれ15分前くらい前?」
遠矢の心の中の呟きに、伝わっているはずもないというのに、さも伝わっているかのタイミングと内容を、雪乃は、こてり、と首を傾げながら答えた。
おいおい。
結構な時間が経っているではないか。
「お前な……。あんま意地の悪いことするなよな……」
カイキが口を挟まなければ、雪乃は今もなおどうでもいい話しを続けていたに違いない。
さすがの仕打ちに、アーシェミリアが気の毒になってくる。
「わざと意地悪してるわけじゃないよ。ただ単にあたしの行動が、結果的に意地悪になってるだけで」
「どっちも同じだろ」
遠矢はやれやれ、と肩を落とし、立ち上がる。
アーシェミリアに呼ばれている以上、奥にあるという雑木林に行かなくてはならない。
「いってらっしゃ~い。気をつけてね~」
「……頑張れよ」
ひらひら、とやる気なく手を振る雪乃に、カイキもついでのように言ってくる。
「はいはい。行ってきます……」
遠矢は背中越しに手を振って、その場を離れた。
雪乃が言った雑木林というのは、公園の裏手……駐車場のさらに奥にある、滅多に人も訪れない静かで薄暗い場所だった。
表の掃除の行き届いている人通りの多い場所とは違い、手入れもあまりされていない雑木林は、ある特定の人たちを除き、足を踏み入れたくはない空間と言っていい。
雪乃たちと別れ、5分くらい歩いた頃、ようやく目的地である雑木林が見えてきた。
近くのベンチに、アーシェミリアが座っていた。
彼女は、遠矢が声をかけるよりも早くこちらの存在に気が付いて立ち上がり、駆け寄ってくる。
それに合わせ、遠矢も足を早める。
「悪い。遅れた」
雪乃のせいとも言えず、遠矢は遅れたことを謝罪する。
「いいえ。そんなにお待ちしていませんので、大丈夫ですわ」
15分以上待っていたにも関わらず、アーシェミリアは気分を害することなく、むしろ遠矢の到着を本気で喜んでいるようで、ふわり、と柔らかな微笑みを浮かべ出迎えた。
(このしおらしさが、あいつにあればなぁ……)
ほんわか春の日差しを連想させる暖かなアーシェミリアの笑みが、眩しすぎる。
それもこれも、普段、地の底から這い上がってくる悪魔のような邪悪な笑みを浮かべる雪乃を見慣れているせいに違いない。
「で。『カケラ』はこの中にあるんだな?」
遠矢は、くいっと顎で雑木林を指す。
さほど広くはない雑木林だ。
死に物狂いで探せば、たぶん見つけ出すことは可能だろう。
「うっし。さっさと探しにかかるか!」
「あ、待って下さいませ」
さっそく中に入ろうとした遠矢を、アーシェミリアが腕を掴み、引き止めた。
「っと。何だよ……?」
それほどの力ではなかったけれど、腕を掴まれ引き戻された。
まさか動きを中断されるとは思いもしない遠矢は、アーシェミリアの声に不満を示す。
「あの、実は先ほど少しだけ中の様子を見に入ったのですが、テントのような物がいくつもありまして……」
「ああ、ここホームレスの寝床になってるからな……」
遠矢は、たいしたことではない様子で言った。
大通りからやや離れ、人通りも少ない公園の一番奥にある雑木林は、ホームレスたちが根を張るにはもってこいの場所なのだろう。
各々がブルーシートやテントを使い、自分たちの寝床を作っている。
本来、公園内を私有地化して使うことは禁じられているのだが、大きな公園というのは、多かれ少なかれホームレスは住み着くものだ。
「どうやら『カケラ』はホームレスのご自宅にあるみたいなのです………」
アーシェミリアは、どうしましょう、と困り果てたように眉を落とす。
「あ~マジか……」
それは、ちょっと困った。
『カケラ』探しをする時は極力、人との接触は避けるべきだ。
しかし、今回のようにテントの中に入らなければならないとなると、そうは行かないだろう。
不在中ならば、その隙にちょっとお邪魔させて『カケラ』を頂くつもりだが、もし居るとなるとどうやって話しを付けるか……それが問題だった。
「ここに立ってても仕方がない。行くか………」
「はい」
言うと、二人は一段高い位置からはじめる雑木林の中に、足を踏み入れた。
ほどよい感覚を開け植えられている木々で構築されている雑木林。
草木は好き放題に伸び、固めの土からは木の根が浮き出しているところもあるけれど、テントを張れるだけの空間はある。
ほどなく進むと、雑草が生い茂る人気のない場所で、ダンボールを敷き詰め組み立て、ブルーシートを被せたテントが、あった。
テントの横には簡単な料理が出来るようにコンロや鍋、皿が置いてあり、そららを囲むように置かれているプランターの中では葉物野菜が育てられていた。
そして。
テントの脇で、ぽつんと座るジャージ姿の男がいた。
60歳くらいだろうか。
中肉中背。
白髪交じりの髪を肩のあたりまで伸ばし、無精ひげをたくわえた男は何をするでもなく、ぼんやりと座っていた。
こちらの存在には、気付いていない。
アーシェミリアが、くいくいっ、と袖を引っ張る。
行ってくれ、という合図だ。
「あ、あの~すみません」
ホームレスに話しかけた経験などない遠矢は、ある程度の距離を保ち、驚かせないように声を絞りながら恐る恐る住人である年配の男に声をかけた。
「……ああ?」
ゆっくり、と男の目線が遠矢へと注がれる。
痩せてはいたけれど、顔色はそう悪くはない。
「えっと……突然すみません。実は、俺たちが探している物が貴方のテントの中にあるみたいなんで……探させてもらってもいいですか?」
おずおず、と切り出した。
やはり、初対面の年長者に話しかけるのは、緊張する。
これが雪乃であれば、フレンドリーに話しかけ、相手が困惑している間に有無を言わさず懐に入ってしまい、追い出す暇を与えないのだけれど、あいにく、遠矢にそのような高等術は使えない。
「何だ、お前ら。俺が盗んだとでも言うのか?」
じろり、と男が遠矢を睨む。
「あ、いやそうわけじゃ……」
しまった、と遠矢は内心で焦る。
自分の発言が誤解を招いてしまった。
確かに『探し物が貴方の家にある』という言葉は、裏を返せば『貴方に盗られた』と言っているに等しい。
ヤバイ、と思っても後の祭。
男は険しい表情のまま立ち上がり、遠矢へと近寄ってくる。
「年長者にいちゃもん付けてくるとは、いい度胸だな。ガキ。あれか?俺がホームレスだからって、バカにしてんのかっ?」
荒い足取りで肩をいからせ近付いてくる男は、完全にキレていた。
これでは、こちらが穏便に話しても、まともに取り合ってくれはしないだろう。
後ろに控えているアーシェミリアが、男の剣幕に息を呑む気配が伝わってきた。
「そーじゃねぇって言ってんだろ……」
遠矢の口調も、ついつい戻る。
こうなってしまえば、会話での解決は、無理だ。
「えっと……。悪い」
迫る男に、遠矢は先に謝罪を口にした。
「あ?今頃、謝って許されると……」
どむっ。
「!」
遠矢の謝罪を先ほどの発言のものと勘違いする男の言葉を遮って、遠矢は鳩尾に一撃を叩き込んだ。
声を上げることもなく、急所に入った衝撃で意識を吹き飛ばした男の身体が、ぐらりと揺れる。
遠矢はそれを受け止めて、そっと地面に下ろした。
雪乃のちょっとした意地悪が発動。でも、本人にはあまり効いていない様子……。
一番被害を被っているのは、遠矢ですね。




