囁く、もうひとりたち12
囁く、もうひとりたち12
「何、勝手に決めてんだよ……」
後ろから、やや低い、起き抜けだとわかる声が聞こえた。
言わずもがな、遠矢である。
どうやら、電話の話し声が覚醒をうながしたようである。
雪乃はくるり、と振り返る。
「おはよう、遠矢くん。そういうわけだからちゃったと準備しなきゃダメだよ?」
「はよ……。せめて2時頃にして欲しかったんだけどな……」
そう文句を言いながらも、遠矢は寝癖の付いている黒髪を触りながら、ゆるりとベッドから抜け出す。
「何よ。あんたの代わりに決めてあげたんだから、感謝しなさい。どうせはっきりと時間を決めたくなくて、うやむやにしてたんでしょ?」
「う、うっせーな」
図星だったのか、遠矢は視線を外しクローゼットを開ける。
「言っとくけど、おれはお前に振り回されて『カケラ』探しをさせられてるんであって、好きでやってるんじゃないぞっ」
クローゼットから洋服を取り出し、不機嫌そうに語る。
「そんなこと、わかってるよ。でも『カケラ』探しに参加するようになって頻繁に『カケラ』に触れる機会を得て、何も感じないの?」
「……どーいう意味だ?」
パジャマのボタンを外していた遠矢の手が、ふと止まる。
怪訝そうな視線を、雪乃へと注ぐ。
「別に。ただ邪気だったり、人を惹きつける力があるみたいだから……遠矢くんは平気かな、と思って」
「……………………当たり前だろ」
何故か、中途半端は間を作り遠矢は答えると、パジャマを脱ぎ捨てた。
ほどよく筋肉の付いた締まった身体が、現れる。
「へ~。ちゃんと締まってるのね」
とても男性的な肉体を目の当たりにし、雪乃はつんつん、と腹筋あたりをつつく。
甘い物を食べている割に、あまり無駄な肉が付いていない。
なんか、ムカつく。
「あほ。暴飲暴食でぷにぷにのお前とは、違うんだよ」
遠矢は、遠慮なく腹部をつんつん触ってくる雪乃の手を邪魔、とばかりに払う。
「失礼ね!あたしのどこがぷにぷになのよっ!」
その発言に敏感に反応した雪乃は、叫ぶや否や、遠矢をベッドに押し倒した。
「ぐへっ!」
背中から倒れ込んだ遠矢は、変な声を上げる。
構わず雪乃は、遠矢の上に覆いかぶさる。
「ぃて~な!何しやがっ……近い近い!」
突然の暴挙に声を荒げた遠矢だが、目の前に迫る雪乃の顔に驚いて表情を引きつらせる。
身長差はほぼ同じ……むしろ体格差を考えれば遠矢の方がだんぜん有利なはずの体勢にも関わらず、雪乃は勝ち誇ったようは笑みを浮かべている。
「危ねぇなぁ……。女が男を押し倒すなよ……」
呆れたように、遠矢が下から声を上に届ける。
倒したのが雪乃で、倒されたのが遠矢だったから言いようなものの、下手をすれば怪我も負いかねない行動だ。
「男と女の前に、あんたはあたしの物なんだから、あたしには押し倒してもいい権利があるのよ」
「なんだよ、その権利……。早く準備しろって言ったの、お前だろ……」
呆れたような、照れたような、そんな表情で遠矢は嘆息する。
そんな遠矢に、ふと雪乃の表情が真顔に変わる。
「遠矢くん、これだけは言っておくわ。昨日言っていた仮面の男だけど、もし『カケラ』を探している時に会ったら、無理しちゃダメよ?」
「……やっぱ、ヤバイ相手だと思うか?」
真面目な雪乃の口ぶりに、遠矢もすぐ表情を引き締めた。
「相手の目的と実力がはっきりしない以上、深入りしない方がいいと思う」
「わかった。気をつける」
遠矢が、こくりと頷く。
――――――――と。
「貴方たちは、一体何をなさっているのです?」
息が触れ合ってしまうほどの至近距離で話していた二人の耳に、呆れた声が届いた。
ふと、同時に顔を上げると、部屋の入口に眉間に皺を刻み、引きまくっているカイキが立っていた。
「何って……。見て通り、イチャイチャしてるの」
雪乃は遠矢の上に覆いかぶさったままそう返し、
「羨ましいだろ」
遠矢は雪乃に覆いかぶさられたまま、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべそう返した。
「……はいはい、そうだな……」
相手にしてられない、とばかりにうんざりした様子でカイキは答えると、さっさと背を向けて一階へと戻って行く。
「おれたちも、行くか」
「そだね」
***** *****
『カケラ』を探し求め、二度目の外出。
今日は自宅から少し離れた場所にある、大きな公園に来ていた。
ここはドラマ撮影などでよく使われている場所であり、多くの緑と多くの遊具が取り揃えられている憩いの場で、遠矢も何度か訪れたことのある公園だった。
そんな公園の片隅にあるベンチに、遠矢はだらしなく座っている。
目の前には大きな池が広がり、デート中なのだろうか、何隻かのボートが優雅に水の上を流れている。
時折、犬の散歩をする人たちや公園内を走るコースにしている人たちが、目の前を颯爽と通り抜けていく。
天候もよく、遊びに出るにはもってこいの日だ。
『カケラ』探しに紛争するだけに使うには、少々、もったいない気もする。
「な~に昼間っから黄昏ちゃってるのよ?」
「ンなんじゃねぇよ……」
ぼぅっとしていた遠矢の意識を、引き戻す声がした。
ムッとしながら、声のした方を振り向けば、ソフトクリームを持った雪乃と、ついでにこちらもソフトクリームを持ったカイキが立っていた。
そう。
今日は、何故か二人しての四人で公園へとやって来ていた。
無事遅刻もなく約束の1時半にアーシェミリアと合流を果たした遠矢に、雪乃は一緒に行く、と言い出したのである。
最初は危険だから、と何とか帰ってもらおうと雪乃の同行を断っていたアーシェミリアだが、彼女の発言力で説得できるわけもなく、カイキを従え付いて来た。
アーシェミリアとしてみれば雪乃とカイキの加入は迷惑甚だしいことだが、遠矢としてみれば、これだけありがたいことはない。
…………と思っていたのだが…………
現実……もとい雪乃はそう甘くはない。
てっきり『カケラ』探しに協力してくれるのかと淡い期待を抱いていた遠矢に、公園に到着するや否や雪乃はソフトクリームが食べたいと言い出し、こっちは好きに過ごすからそっちもお好きにどうぞ、とカイキと共にあっさり離脱を宣言。
唖然とする遠矢とアーシェミリアを残し、楽しげに去って行った。
単に、公園へ遊びに来ただけらしい。
『カケラ』探しに奮闘する横で平然と遊び回るとは、いい性格をしている。
と、そんなこんなで雪乃と別れたのだが、アーシェミリアと二人きりになると、彼女は『カケラ』の詳しい場所を探してくると言い、一人で奥の方へと向かって行った。
追って一緒に探すことも出来るのだが、言外に『待っていて下さい』と言われたような気がして、遠矢は雪乃が戻ってくるまで、ひたすら一人でベンチに座っていた。
「おれのは?」
ひとつしかないソフトクリームに、遠矢はじろり、と雪乃を睨む。
「ん?ないよ。これからお仕事でしょ?」
雪乃は言って、これ見よがしにソフトクリームをぺろり、と舐める。
「お前はこれから、そいつと一緒にお遊びってわけか」
遠矢は、同じく美味しそうにソフトクリームを舐めているカイキを睨みつけ、雪乃の服装を見る。
雪乃は、珍しく自身の黒髪をツインテールに結い上げ、フリルの付いた可愛らしい洋服を着ていた。
下はデニム姿ではあったのだけれど、普段よりオシャレをしているのは明らかで、何のための身だしなみかと思うと、ちょっと面白くなかったりする。
「『カケラ』探しが終わったら、ご褒美に奢ってあげるから」
遠矢の隣に座りながら、雪乃が笑った。
「あっそ……。じゃあ、今貰う」
遠矢はベンチに預けていた身体を起こすと、パクリ、とソフトクリームを一口食べる。
「ん~。んま」
口の中に広がる甘さとミルクの濃厚さに、遠矢は思わず唸る。
結構、美味しいではないか。
これは、雪乃に奢ってもらうのを待つのではなく、後で自分で買って食べるべきなのかもしれない。
「ちょっと~。何、勝手に食べてるのよっ」
味の余韻に浸っている遠矢に、雪乃の叱責が飛んだ。
雪乃は顔をしかめ、これ以上ソフトクリームを奪われないように腕を遠ざける。
「少しくらいいいだろっ。お前だって、いつも勝手におれの食ってるんだからよ」
自分の食べたい物が他人の皿……とりわけ遠矢の皿にあれば、横から無断でひょいひょい、と取っていく雪乃に、文句を言われるのはかなりの心外だ。
「それは別に構わんだろ」
「構うわ!」
「ケチな男ねっ」
「お前が言うな!」
「……ユキ、そろそろ伝言をお伝えした方がよろしいのでは?」
それまで、黙って雪乃と遠矢の言い合いを興味なさげに眺めていたカイキが、見飽きたのか口を開いて止まっていた状況を動かしにかかった。
「伝言?ああ、そういえばさっきアーシェから頼まれてたんだっけ~」
思い出したように、雪乃が言った。
「は?」
「わざとですね」
「ん?何のこと?」
雪乃は、ペロペロとソフトクリームを食べて誤魔化す。
「伝言って、何だよ?」
遠矢は、雪乃に聞く。
「ここに戻ってくる途中で、アーシェに会ったの。そんで、公園の裏にある雑木林みたいな場所に『カケラ』の気配がするから、急いで来て欲しい、と伝えてって言われた」
…………………………。
それは一体、何分前の出来事でございましょうか…………。
遠矢は、雪乃が勝手にケータイに出たことに対しては怒りません。
その理由は、遠矢も雪乃のケータイを勝手に触っているからです……。




