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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち10

囁く、もうひとりたち10







「も~何、その可愛いのっ///ナナちゃんのためなら、あたし何だってするよ~!」

 言うが早い。

 雪乃はキュンキュン高鳴る感情の赴くままに、セツナに抱きつこうと両手を広げ、地を蹴った。

 が。

「はい、わかりました!後は、私たちで何とかしますので、さっさと帰ってくださ~い」

 むんずっ。

 後ろから服を掴まれ、それ以上の接近を阻まれる。

「ちっ!」

 忌々しそうにシグレを睨み、雪乃は舌を打つ。

 さすがはシグレと言うべきか……。

 両目からハートを飛ばす雪乃の行動パターンを、よくわかっている。

「………………はは」

 乾いたセツナの笑みが、ぽろりと落ちた。

「はぁ。貴女が一緒だと、本当に無駄な体力を消費してしまいますね……。ここは私たちに任せて、帰って結構ですよ」

 シグレはこめかみを押さえつけ、何やら失礼な言葉とともに、深いため息を吐いた。

 たった二人での後始末はかなり大変だが、雪乃がいることで生まれてくるかもしれない雑用の可能性に、シグレは気が付いたようだ。

 戦力ではなく邪魔者としか思われていないに等しい扱いだが、今は黙っているしかないだろう。


「じゃあ、また」

 セツナが軽く手を上げて、別れを告げる。

「おう。ばいばい三人とも。お仕事、お疲れさん。帝都で、また会おうね」

 無事、離脱を許された雪乃は、ひらひらと手を振り返し、村の入口へと歩き出す。

 障害物のように転がる男たちの死体を、ひょいひょいっと飛び越える。

 途中、村人と遭遇するのも面倒なので、小走りで進む。

 電灯の明かりに沿って通りへと出たところで、ようやく歩みを緩めた。

 ここまでくれば、充満していた血の匂いも、ほとんど気にならない。

「さ~て。『カケラ』も無事奪還できたし、急いで戻るか」 

「ここに『カケラ』は存在しないのか?」

 雪乃の呟きに応えるように、ふっと風が吹き、隣にイッサーが舞い降りた。

 ふわり、と銀糸の髪が雪乃の頬をかすめる。

「うん。もうこの世界にはないよ」

 当然のようにイッサーの登場を受け入れ、雪乃は頷きながら話しを続ける。

 この世界に存在していた穢れた『カケラ』の気配も、雪乃が手にした途端、消滅した。

 もはや、ここに望むものはない。

「遠矢くんの方も思ったより早く終わったみたいだし、今日はもう帰ろう」

「これ以上の外出は遠矢の機嫌を損ねる、か」

「電話も途中で切っちゃったし、すでにかなりのご立腹かもしれないけどね」

 雪乃は、苦笑する。

 帰ったら、また怒られながら質問攻めに合いそうだ。

「遠矢が言っていた仮面の男……」

 雪乃の歩調に合わせ隣をゆっくりと歩くイッサーが、口を開く。

「調べなくていいのか」

 電話で登場した男が、気になるようだ。

「う~ん。そうねぇ……」

 雪乃は、腕を組み考える。

 白いコートの仮面男。

 遠矢からもたらされた外見の情報を得て、その姿を想像してみる。

 今後、その男が『カケラ』探しの障害になりうる可能性は、極めて高い。

 早めに調べ、対策を考える必要があるかもしれない。

「気になるは気になるけど、わざわざこっちが喧嘩を仕掛けなくても、このまま『カケラ』探しを続けていれば、イヤでもわかってくるんじゃないかな?」

 だから今は調べる必要はない。

「そうか」

「うん」

 短く返すイッサーに、雪乃も短い返事で頷く。

「『俺たち以外にも『カケラ』を集めている奴がいる』か。あたしが思っていた以上に、事は複雑なのかもしれないわね……」

 遠矢から届いた言葉を苦笑しながら反芻し、雪乃は『カケラ』を掌の上で転がす。

 うっすらと赤い光を宿す『カケラ』は闇の中にあってもキラキラと煌めき、恐ろしいほどに美しい。



 ――――魅入られるのもわかる気がした。





  





 *****        *****










 真っ白な世界の中に、ぽつん、とソファとテーブルがあった。

 そのソファに、寝転ぶ一人の少女。

 怖いほど輝く深紅の双眸は、半分瞼がかぶさって、長い睫毛が影を落としている。

 ぼんやりとした眼差しを送る少女だが、意識を曖昧にしているわけではなく、彼女の神経は常に周囲を包み込んでいる。

 腰を過ぎるまで伸びる長い黒髪はソファの上で散らばって、今にも床に落ちてしまいそうだ。

 桜の木の枝に座って過ごすのも好きだが、こうやってソファで寛ぐのも、なかなか気持ちがいい。

「……………………」

 ソファに横になって、どれくらい経つだろう?

 三時間……いや四時間だろうか……。

 別段、時間に追われているわけでも、急いでやらなければならない用もない少女は、何をするでもなく、ただソファに寝転がっている。

 テーブルの上には飲み物とお菓子、ファッション雑誌が無造作に置かれているが、手を付けられた形跡はひとつもなく、いつからここに置かれているのかわからなくなるほど、静かにずっと鎮座している。

 飲み物やお菓子の賞味期限は、とっくに切れている。

 そろそろ、処分した方がいいのかもしれない。

 どうせ自分には不要な物。

 こんなところに放置していても、邪魔になるだけだ。


 ぼんやりと、そんなことを考えていると、唯一だった空間に他者の見慣れた気配が生まれた。

 自分に用があり、現れたのだと察し、少女はゆっくりと身を起こし、瞼を上げる。

 現れる、深紅の瞳。

 その美しい双眸が、一人の男をとらえた。

「只今、戻りました」

 全身を白のコートに包み、仮面で表情を隠した男が帰還を告げて膝をつく。

「回収してまいりました」

 そう言って、仮面男は右の拳を解いた。

 澱んだ色を持つ、ガラスの破片のようなもの。

「ずいぶんとかかったな……」

 少女は言いながら、人差指をくいっと動かす。

 すると、仮面男の手にあった破片が宙へ浮き、少女の元へと運ばれる。

『カケラ』と呼ばれているそれは、やや黒ずみ、色からイメージ出来るような不快な気配が宿っている。

「申し訳ありません。彼らと、接触してしまいました……」

「……そうか。別に問題はない」

 声色を落とし謝罪する仮面男に、少女はさほど重要ではない、とばかりに言った。

 なるべくの接触は控えるべきだと考えてはいたが、同じ物を奪い会う以上、鉢合わせが回避出来ないだろうことは、予測していた。

 それが早いか遅いかの違いだけだ。

「もう、十分に回収はできている」

 少女は、くすり、と笑い、懐から赤みがかった卵サイズの珠を出す。

 それに、今しがた回収してきた『カケラ』を近づける。

 すると『カケラ』は赤い珠へと吸い込まれ、一瞬で同化する。

 たゆたっていた邪気も消え、赤みと大きさの増した珠が、少女の手に転がる。

 見慣れた、しかし本来の半分ほどしかない、愛しい赤い珠。

 少女は、大事そうに『カケラ』を握り締める。


「もう少しですべてが終わる――――。お前を、解放してやれるな……」

 少女は微笑みを浮かべると、そっと『カケラ』に語りかけた。

 『カケラ』には命や感情など宿っていないというのに、少女はまるで子どもに接するかのように、愛おしそうな眼差しを注ぐ。

「……………………」

 そんな少女を、仮面男は跪いたまま、静かに見つめていた。















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