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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち9

囁く、もうひとりたち9







「ふむ、まあいいさ。……わざとらしくとぼけてみせて、逆に相手側に質問させずらくする君の手法に、素直に乗ってあげるよ」

「あはははは。ありがとね~」

 雪乃は、両手を合わせふざけた様子でにっこり笑う。

 聞かれたくないことは、聞かれる前にこちらから答えないアピールをしたほうがいい。

 たまに、今回のギンイロのように触れてはいけないものなのだろう、と察し雪乃のふざけた態度に乗ってくる人物もいるけれど、あえてバカっぽく振舞えば、たいていの人間は呆れ果てて追及する気持ちを削いでくれる。

 ふざけているので、それほど重要ではないのだろう、という錯覚も抱いてくれる。


「……ところで。君は、いつまでそこで覗いているつもりだい?」

 雪乃から、おもむろに視線を移したギンイロが、瓦礫に向かい、ぽつりと投げかけた。

 と同時に、ガラガラ、と瓦礫の崩れる音が生まれる。

「いやですねぇ、覗き、だなんて。観察ですよ観察」

 ごとり、と瓦礫の山が崩れ、中からにこやかな表情を浮かべたシグレが姿を現した。

 目立った負傷もなく、ほぼ無傷と言っていい状態だった。

 彼は服に付いた汚れを振り払いながら、軽い足取りでこちらへと近付いてくる。

「あ~トキちゃんひどいっ。まさかの放置プレイだなんて!」

 のほほん、と出てきたシグレを指差して、雪乃が不満そうに喚いた。

 セツナの一大事を、瓦礫に隠れて観察していたなんて、まったく信じられない。

 どういう神経をしているのだ!

 あんたはセツナを守るのが仕事ではないのか!

 従者失格だろ!

 雪乃の中に、次々とシグレに対する不満が積もる。


「ハハハ。そんなわけないでしょう。私はセツナの実力を信じていただけですよ?」

「うそつけっ!ナナちゃんじゃなくて、ギンイロのでしょッ」

「同じことですよ。ギンイロ、無事で何より」

 感情を掴ませない柔和な笑みを浮かばせながら、胡乱な目付きで問いただす雪乃に前半を、無事を労う後半を、ギンイロへと、それぞれに送る。

「ふふ。変なことを言うね。僕が鬱陶しいハエ共を掃除して僕を守るのは当然のこと。君が労う意図が、よく理解出来ないよ」

 笑顔による、拒絶。

「おやおや。どうやら私は、ずいぶんと嫌われているようですね」

 笑顔には、笑顔で。

 シグレは、負けじと笑みを深める。

「今さらだと思うけど?」

「そうでしたね」

 ニコニコ。

 ニコニコ。

「うわ。ヤな空気だな、おい」

 雪乃は、あからさまにイヤな顔をする。

 お互い笑っているはずなのに、纏う空気は絶対零度。


「笑い合うのは結構だけど、どこかに怖いお兄さんたちが潜んでないとも言えないし。まずは逃げて行った村人をとっ捕まえて『ナイトメア』のことを聞き出した方が、よくない?」

 雪乃は転がる無残な遺体を見ながら、言った。

 周囲はむせ返る血の匂いが充満し、これ以上の長居は正直、遠慮したかった。

「それもそうですね……」

「いつまでも、佇んだままというのもバカげているしね」

 シグレとギンイロが、ほぼ同時に頷く。

「よぉぉし、次の行動決定!じゃ、そーいうことで、あたしは一足先に帰らさせてもらうよ。後片付けはよろしく!」

 体勢をビシッと整え、雪乃が帰宅宣言をした。

「おや。ここまで被害を拡大させた本人が、何もせず一番に帰るおつもりですか?」

 大仕事を残し、さっさと離脱を決め込む雪乃に、穏やかな口調だったが棘を含ませたシグレの声が届いた。

 けれど本人は、平然とした表情でこう返す。

「当然よ。あたしの用事は終わったし、『ナイトメア』とこの惨状はあくまでそっちの問題でしょ?後はナナちゃんたちがどうにかするべきじゃない」

 ギンイロと入れ替わり、心の奥でこの状況を見ているであろう主人格の彼に言う。

 気絶していたとはいえ、ギンイロが『表』へ出ることを許したのは、セツナだ。

 そして男たちを全員始末したのは、ギンイロだ。

 雪乃は宿こそ全壊させたが、誰一人として殺しはしていない。

 まぁ、宿の残骸を作ったという責任はあるのだが……。


「散々暴れておきながら後始末は放棄なさるなど、ずいぶんと高いお身分ですねぇ」

 飛ぶ嫌味に、

「いやいや。あたしみたいな小娘。帝国の公爵家のご子息であらせられるナナちゃんには、足元にも及びませんよ」

 そう、ニヤニヤと揶揄するように雪乃が答えた瞬間、シグレの双眸に、眼光が宿った。


「ユキノさん。いくら何でも、発言が軽薄すぎますっ」

 ――――公爵家のご子息であらせられる――――

 雪乃から安易に放たれたその内容に、シグレが敏感に反応を示す。

「誰も聞いちゃいないって~」

 睨みをきかせ、固い口調で咎めるシグレだが、責められる雪乃に反省はなく、態度はあくまで軽い。

 周囲には三人以外、誰一人としていないのだ。

 盗み聞きをされる危険はない。

「そういう問題ではありません。外でこういうことをペラペラと喋ってしまう、貴女の無神経さを私は疑っているのです」

「あ~。さいですか……」

 面倒くさそうに、雪乃は答える。

 確かに内容が内容だけに厳しくなる気持ちはわかるが、雪乃とて安全を確認した上で、発言している。

 それを予想以上の熱で批難されると、ひどく気持ちが冷めていく。

「……別に、僕は聞かれても困らないんだけど?」

 ギンイロが、どうでもよさそうに言った。

「貴方が困らなくても、セツナは困るんですよ」

「セツを守ることは許してるけど、そこまで過保護にされると正直引くね……」

 ギンイロが、やや冷めた目を作る。

「貴方に許しを得て守っているわけではありませんから、大いに引いて頂いて結構ですよ?」

 にっこり。

「そんな様子だから、セツは君の愚痴を僕にダラダラ言うんだろうね……」

 にっこり。

「こわっ。またバトッてるし」

 静かに言い争う二人の間に流れる冷え冷えとした空気は、どうやら血にまみれた戦慄の現場すら凍らせる効果があるようだ。

 彼ら二人は、昔から水と油なのだ。


「ったく。仲良く喧嘩するのもいいけど、それくらいにしたら?あたし色々と予定が詰まってるから、もう本気で帰らせてもらうからね」

 取り敢えず、仲裁のような言葉を入れて、雪乃は再度帰宅を宣言する。

 本当に予定が詰まっているのだ。

 いつまでも、だらだらとここで喋っている時間はない。

「君は相変わらず、自分の用が終わった途端に付き合いが悪く人…………ん?」

 喋っていたギンイロが、ふと口を閉じ、首を傾げた。

 どうかした?そう声をかけるよりもはやく、ギンイロの身体が傾き、そのままぺたん、と尻餅をつく。

「どうしましたっ」

 座り込んでしまったギンイロに、否、セツナの身体を心配し、シグレは急いで近寄り、しゃがみ込む。

「うっ……。はぁ……」

 口元を手で多い、うつむき加減でうめき声が聞こえた。

 けほっけほっ、と咳き込む彼に、

「おかえり。ナナちゃん♪」

 雪乃はにっこり、笑った。

「え?」

 シグレが、驚いた表情を作り、ギンイロ――――もといセツナを見つめる。

「ユキは、一瞬で俺だってわるんだな……」

 ゆっくりと立ち上がりながら、セツナは言った。

 美しく輝く紫艶の瞳が、そこにはあった。

「わかるよ。だってナナちゃんとギンちゃんって、全然違うもん」

「そう、なのか?」

 自分ではよく違いがわからないようで……。

 不思議そうに首を傾げ、ちらり、と何かを言いたそうな目でシグレを見る。

「……生憎ですが、私にそんな特殊能力は備わっていませんよ?」

「………………だよな」

 視線に含まれる意味を感じ取り無表情で返すシグレに、セツナは小さく笑う。


「少し、首に跡が付いてるわね。喉、大丈夫?」

 雪乃は、セツナの首にうっすらと残る跡を見つけ、状態を問う。

 大男に首を絞められていた事実は記憶に新しく、容易にその時の映像を脳裏によみがえらせることが出来る。

 ギンイロの時はあまり気にならなかったが、セツナに戻った途端、ひどく首のそれが目立つようになるから不思議だ。

「あ、うん。平気。ギンが守ってくれたから……」

 首元を撫でながら、セツナは言う。

「でも、帝都に戻るまでには跡消さないと……。またルーに怒られる……」

「顔と性格に似合わず、過保護ですからね」

「いや、それあんたもだから」

「私が?そうですか?」

 とぼけているのかいないのか、雪乃の言葉にシグレはにっこり笑みを浮かべた。

「わかったわかった。帰り際にトキちゃんのイイ笑顔でお見送りなんてイヤだから、そーいうことにしときましょう」

「あ、そっかもう帰るんだったな。……色々、助けてくれてありがとう」

 セツナはちょっとだけ照れたような笑顔を浮かべ、ぺこり、と頭を下げた。













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