囁く、もうひとりたち9
囁く、もうひとりたち9
「ふむ、まあいいさ。……わざとらしくとぼけてみせて、逆に相手側に質問させずらくする君の手法に、素直に乗ってあげるよ」
「あはははは。ありがとね~」
雪乃は、両手を合わせふざけた様子でにっこり笑う。
聞かれたくないことは、聞かれる前にこちらから答えないアピールをしたほうがいい。
たまに、今回のギンイロのように触れてはいけないものなのだろう、と察し雪乃のふざけた態度に乗ってくる人物もいるけれど、あえてバカっぽく振舞えば、たいていの人間は呆れ果てて追及する気持ちを削いでくれる。
ふざけているので、それほど重要ではないのだろう、という錯覚も抱いてくれる。
「……ところで。君は、いつまでそこで覗いているつもりだい?」
雪乃から、おもむろに視線を移したギンイロが、瓦礫に向かい、ぽつりと投げかけた。
と同時に、ガラガラ、と瓦礫の崩れる音が生まれる。
「いやですねぇ、覗き、だなんて。観察ですよ観察」
ごとり、と瓦礫の山が崩れ、中からにこやかな表情を浮かべたシグレが姿を現した。
目立った負傷もなく、ほぼ無傷と言っていい状態だった。
彼は服に付いた汚れを振り払いながら、軽い足取りでこちらへと近付いてくる。
「あ~トキちゃんひどいっ。まさかの放置プレイだなんて!」
のほほん、と出てきたシグレを指差して、雪乃が不満そうに喚いた。
セツナの一大事を、瓦礫に隠れて観察していたなんて、まったく信じられない。
どういう神経をしているのだ!
あんたはセツナを守るのが仕事ではないのか!
従者失格だろ!
雪乃の中に、次々とシグレに対する不満が積もる。
「ハハハ。そんなわけないでしょう。私はセツナの実力を信じていただけですよ?」
「うそつけっ!ナナちゃんじゃなくて、ギンイロのでしょッ」
「同じことですよ。ギンイロ、無事で何より」
感情を掴ませない柔和な笑みを浮かばせながら、胡乱な目付きで問いただす雪乃に前半を、無事を労う後半を、ギンイロへと、それぞれに送る。
「ふふ。変なことを言うね。僕が鬱陶しいハエ共を掃除して僕を守るのは当然のこと。君が労う意図が、よく理解出来ないよ」
笑顔による、拒絶。
「おやおや。どうやら私は、ずいぶんと嫌われているようですね」
笑顔には、笑顔で。
シグレは、負けじと笑みを深める。
「今さらだと思うけど?」
「そうでしたね」
ニコニコ。
ニコニコ。
「うわ。ヤな空気だな、おい」
雪乃は、あからさまにイヤな顔をする。
お互い笑っているはずなのに、纏う空気は絶対零度。
「笑い合うのは結構だけど、どこかに怖いお兄さんたちが潜んでないとも言えないし。まずは逃げて行った村人をとっ捕まえて『ナイトメア』のことを聞き出した方が、よくない?」
雪乃は転がる無残な遺体を見ながら、言った。
周囲はむせ返る血の匂いが充満し、これ以上の長居は正直、遠慮したかった。
「それもそうですね……」
「いつまでも、佇んだままというのもバカげているしね」
シグレとギンイロが、ほぼ同時に頷く。
「よぉぉし、次の行動決定!じゃ、そーいうことで、あたしは一足先に帰らさせてもらうよ。後片付けはよろしく!」
体勢をビシッと整え、雪乃が帰宅宣言をした。
「おや。ここまで被害を拡大させた本人が、何もせず一番に帰るおつもりですか?」
大仕事を残し、さっさと離脱を決め込む雪乃に、穏やかな口調だったが棘を含ませたシグレの声が届いた。
けれど本人は、平然とした表情でこう返す。
「当然よ。あたしの用事は終わったし、『ナイトメア』とこの惨状はあくまでそっちの問題でしょ?後はナナちゃんたちがどうにかするべきじゃない」
ギンイロと入れ替わり、心の奥でこの状況を見ているであろう主人格の彼に言う。
気絶していたとはいえ、ギンイロが『表』へ出ることを許したのは、セツナだ。
そして男たちを全員始末したのは、ギンイロだ。
雪乃は宿こそ全壊させたが、誰一人として殺しはしていない。
まぁ、宿の残骸を作ったという責任はあるのだが……。
「散々暴れておきながら後始末は放棄なさるなど、ずいぶんと高いお身分ですねぇ」
飛ぶ嫌味に、
「いやいや。あたしみたいな小娘。帝国の公爵家のご子息であらせられるナナちゃんには、足元にも及びませんよ」
そう、ニヤニヤと揶揄するように雪乃が答えた瞬間、シグレの双眸に、眼光が宿った。
「ユキノさん。いくら何でも、発言が軽薄すぎますっ」
――――公爵家のご子息であらせられる――――
雪乃から安易に放たれたその内容に、シグレが敏感に反応を示す。
「誰も聞いちゃいないって~」
睨みをきかせ、固い口調で咎めるシグレだが、責められる雪乃に反省はなく、態度はあくまで軽い。
周囲には三人以外、誰一人としていないのだ。
盗み聞きをされる危険はない。
「そういう問題ではありません。外でこういうことをペラペラと喋ってしまう、貴女の無神経さを私は疑っているのです」
「あ~。さいですか……」
面倒くさそうに、雪乃は答える。
確かに内容が内容だけに厳しくなる気持ちはわかるが、雪乃とて安全を確認した上で、発言している。
それを予想以上の熱で批難されると、ひどく気持ちが冷めていく。
「……別に、僕は聞かれても困らないんだけど?」
ギンイロが、どうでもよさそうに言った。
「貴方が困らなくても、セツナは困るんですよ」
「セツを守ることは許してるけど、そこまで過保護にされると正直引くね……」
ギンイロが、やや冷めた目を作る。
「貴方に許しを得て守っているわけではありませんから、大いに引いて頂いて結構ですよ?」
にっこり。
「そんな様子だから、セツは君の愚痴を僕にダラダラ言うんだろうね……」
にっこり。
「こわっ。またバトッてるし」
静かに言い争う二人の間に流れる冷え冷えとした空気は、どうやら血にまみれた戦慄の現場すら凍らせる効果があるようだ。
彼ら二人は、昔から水と油なのだ。
「ったく。仲良く喧嘩するのもいいけど、それくらいにしたら?あたし色々と予定が詰まってるから、もう本気で帰らせてもらうからね」
取り敢えず、仲裁のような言葉を入れて、雪乃は再度帰宅を宣言する。
本当に予定が詰まっているのだ。
いつまでも、だらだらとここで喋っている時間はない。
「君は相変わらず、自分の用が終わった途端に付き合いが悪く人…………ん?」
喋っていたギンイロが、ふと口を閉じ、首を傾げた。
どうかした?そう声をかけるよりもはやく、ギンイロの身体が傾き、そのままぺたん、と尻餅をつく。
「どうしましたっ」
座り込んでしまったギンイロに、否、セツナの身体を心配し、シグレは急いで近寄り、しゃがみ込む。
「うっ……。はぁ……」
口元を手で多い、うつむき加減でうめき声が聞こえた。
けほっけほっ、と咳き込む彼に、
「おかえり。ナナちゃん♪」
雪乃はにっこり、笑った。
「え?」
シグレが、驚いた表情を作り、ギンイロ――――もといセツナを見つめる。
「ユキは、一瞬で俺だってわるんだな……」
ゆっくりと立ち上がりながら、セツナは言った。
美しく輝く紫艶の瞳が、そこにはあった。
「わかるよ。だってナナちゃんとギンちゃんって、全然違うもん」
「そう、なのか?」
自分ではよく違いがわからないようで……。
不思議そうに首を傾げ、ちらり、と何かを言いたそうな目でシグレを見る。
「……生憎ですが、私にそんな特殊能力は備わっていませんよ?」
「………………だよな」
視線に含まれる意味を感じ取り無表情で返すシグレに、セツナは小さく笑う。
「少し、首に跡が付いてるわね。喉、大丈夫?」
雪乃は、セツナの首にうっすらと残る跡を見つけ、状態を問う。
大男に首を絞められていた事実は記憶に新しく、容易にその時の映像を脳裏によみがえらせることが出来る。
ギンイロの時はあまり気にならなかったが、セツナに戻った途端、ひどく首のそれが目立つようになるから不思議だ。
「あ、うん。平気。ギンが守ってくれたから……」
首元を撫でながら、セツナは言う。
「でも、帝都に戻るまでには跡消さないと……。またルーに怒られる……」
「顔と性格に似合わず、過保護ですからね」
「いや、それあんたもだから」
「私が?そうですか?」
とぼけているのかいないのか、雪乃の言葉にシグレはにっこり笑みを浮かべた。
「わかったわかった。帰り際にトキちゃんのイイ笑顔でお見送りなんてイヤだから、そーいうことにしときましょう」
「あ、そっかもう帰るんだったな。……色々、助けてくれてありがとう」
セツナはちょっとだけ照れたような笑顔を浮かべ、ぺこり、と頭を下げた。




