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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち8

囁く、もうひとりたち8







「ギヤアアアアアアアッ!」

 大男の絶叫が、空気を震わせる。

 鮮血が宵闇の中でも鮮明に朱色を保ち、つん、と鉄のような匂いを醸す。

 痛みにのたうち回るその横で、セツナは己の首に巻き付いたままの指をはがし、投げ捨てる。

 ここで、タイミングよく落下してきた携帯電話を雪乃はキャッチする。

「……ごほっ、けほっ。よくも、やって、くれたね……」

 首元を抑え苦悶しながら、セツナはゆっくりと立ち上がり男を睨み付ける。

 薄れていく意識の中で落としてしまった短剣を、拾い上げる。

 だが、いくら片腕を失いダメージを受けている大男とはいえ、短剣で相手をするは無理だ。

 雪乃は急いで落ちていた長剣を拾い、セツナの足元めがけ、投げ付けた。

「これ使って!」

 絶妙な力で投げ放たれた長剣は、絶妙な距離のもとセツナの足元に突き刺さる。

 セツナは瞬時に反応し、長剣を引き抜くと、大男の懐へ一気に切り込んだ。

「!」

 駆けるセツナの殺気に気が付いて、激痛に悶えていた大男が顔を歪めながらも大剣を構えようとするが、それより先に閃く剣が胴を貫いた。

「ガアッ、クフッ……」

 大男の唇から呻き声が漏れ、赤く染まる。

 巨体の中にすっぽりと収まるセツナがさらに力を込め剣を深々と沈め、飛び退く。

「轟け、雷鳴!」

 詠唱を終え、セツナが空に向かって叫んだと同時に、天から雷撃が空を裂いた。


 バチバチバチッ!


「グギャアアアアアア!」

 脳天から雷撃を浴び、大男の口から断末魔にも似た叫び声が空気を震わせる。

 目を焼き尽くすほどのまばゆい光に、雪乃とセツナは視界を塞ぎ、顔を背ける。

 やがて、天からの雷鳴は止む。

 ゆっくりと目を開いた後には、ぴくぴく、と痙攣を起こし倒れている大男の姿が視界いっぱいに広がる。

「わ~お。すご~い。派手にやったね」

 雪乃が、パチパチと拍手する。

 長剣での突きがあったとはいえ、雷を直撃させ絶命させるなど、そう簡単に出来ることではない。

 

 雪乃の賞賛を受け、彼は振り返る。

 冴え冴えとした眼だった。

 普段の、木漏れ日にもにた温かさの宿る瞳がその紫艶を失い、代わりに銀色がそこにはあった。


 氷のように、冷たくギラついていた。


 頬には大男の返り血を受け赤い雫が流れている。

 子どものらしさは消え、大人さえも凍り付く冷徹さが宿っていた。 

 けれど、凄惨な姿で佇んでいながら、ひどく神々しさのようなものが感じられた。

 いつもの愛らしさは消え、大人びた顔付きで佇む彼は………………。


「久しぶりね、ギンイロくん」

 彼の中に眠るもう一つの魂。


 セツナが母体に宿った瞬間から共に在り続ける、もう一つの人格。

「……まだだよ」

「ん?」

 うっすらと笑う唇から囁かれた言葉に、雪乃が首を傾げると、ギンイロが横を掠めた。

 それは春風にも似た、ふわり、と吹く微かな気配の風。

 けれど、破壊を含んだ風で。

「!」

 雪乃は風が止まった瞬間、振り向いた。

 先に待っていた光景は、血に染まった世界だった。

 セツナが眠らせ、シグレと雪乃が気絶させていた男たちが、血の海を広げていた。

「………………」

 雪乃は、目に力を込めて倒れる男たちを見つめる。

 息は、すでになかった。 





「ば、バケモノだっ。逃げろ!」

「ひぃ。全員殺されちまうよ!」

 一部始終を眺めていた村人たちが、真っ青な表情で一目散に逃げて行く。


『おい、どうしたっ。何かあったのか!』

 悲鳴を聞き付け、焦った様子で叫ぶ遠矢の声が微かに漏れ聞こえた。

 そう言えば、まだ電話は繋がったままだった。

 雪乃は、離していた携帯電話を再び耳に当てる。

「ごめん。もう切る」

『は?ちょっ……』

 戸惑う声が届いたが、雪乃は急いでボタンを押して通話を終了させた。

 さすがに、これから先は電話しながら事を進めるのは難しいだろう。


 携帯電話をポケットに戻し、雪乃はギンイロに向き直る。

 名前と同じ色を持つ目が、雪乃を見つめ返す。

「村人を殺さなかったのは、褒めてあげるわ」

 雪乃は、言う。

 風がなびき、髪がそよぐ。

 殺意が消え、かわりに現れたのは、横たわる大勢の死体と、空気に染み渡る血の臭い。

 のどかな村が、一瞬にして惨状と化す。

 もう、周囲には誰ひとりとして存在しない。

 逃げ帰った村人たちは、今頃家に飛び込み、今見た光景に怯え、震えているに違いない。

 少し可哀想な気もするが、こちらを殺そうとしたのだから、そのくらいの代償は当然だろう。

「つまらなさすぎ。もっと手応えのある連中かと思っていたのにな……」

 ギンイロが、心底面白くなさそうに頬を染めていた血を拭い、肩を落とす。

 普段の、年相応な喋り方から、大人びた口調に変わる。

「そう。それは残念だったわね」

 落胆しているギンイロの感想を軽く流し、雪乃はスタスタと大男へと歩み寄る。

 セツナが苦戦していた大男は、肉を焼き、片腕をなくし倒れている。

 周囲に漂う独特の匂いは、肉の焼けた時に生じるものだ。

 髪や服を焼き尽くされ、皮膚を真っ黒の焼かれた大男の腹部には、大きな傷口があった。

「えげつな……」

 臓器の一部を覗かせるまでに至っている、腹部の穴。

 相変わらず、容赦のない殺し方だ。

 

 自分が片腕を吹っ飛ばしたという事実は棚に上げ、雪乃は血で服が汚れないように注意を払いながら、座り込む。

 と、迷いなく男の腹に手を突っ込んだ。

 ぐちゃ、ねちゃ、と水分を含んだ鈍い音が響き、生命の気配を残す生温かさが伝わってくる。

(うげえええええぇ。……気持ち悪い……)

 生々しい感触に、雪乃は眉間に皺を刻む。

「へぇ。君も、ずいぶんと面白いことをするね?」

 後ろに立っていたギンイロが、興味深そうに雪乃の行動を観察する。

「このどこが面白いのよっ。こんなむさ苦しいおっさんのお腹の中なんて、触りたくもないわよ、あたしわ!」

 肉塊をかき回す手をそのままに、雪乃は嫌そうに叫ぶ。

 誰が好き好んで、こんなことをするというのだ。

 

「ん。あった!」

 指先が、目当ての物へと辿り着く。

 雪乃は、急いで腕を引き抜く。

 真っ赤に染まった掌の上で、血にまみれた十円玉サイズの小さなそれは転がっていた。

 やや黒く淀んでいたが、間違いなく『カケラ』。

 邪気に、包まれている。

(このままじゃ、毒でしかないわね)

 肌の上で蠢く邪気がじわじわと、伝わってくる。

 これでは、世界にとって害でしかないだろう。


 雪乃は、ふっと息を吹きかけた。

 唇から流れる風をふわり、と受けた瞬間に、張り付く淀みが中和され、霞溶かす。

 邪気を払われた『カケラ』は、薄いピンク色を宿し、本来の美しさを取り戻す。

「それは、何だい?」

 ふと顔を上げると、ギンイロが覗き込んでいた。

 雪乃は立ち上がり、

「企業秘密でぇ~す」

 とおどけて見せる。

「なるほど。それが目的で今回同行していたということ?この男の異様さは、それが原因?」

 さすがの観察眼、といったところか。

 大男が普通ではないことに、ギンイロはいち早く気付いている。

「おほほほほ」

 雪乃は、何のことかしら?とでも言いたげなふざけた笑いを返す。

「でもそうなると、おかしいね。君の目的の物が、僕たちの目的地と同じ場所にあるなんて……。これは、偶然なのかな?」

 ギンイロが、スっと目を細める。

 やはり先ほどの誤魔化し笑いでは、流してくれないらしい。

 …………仕方がない。


「おほほほ。まぁ、必然から生まれた偶然ってとこかな」

 たとえギンイロに怪しまれたとしても、詳細を口にするわけにはいかない。

 雪乃は、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべ、謎めいた言葉だけを零すにとどめる。

「?」

 ギンイロはワケがわからない、という表情を浮かべ首を傾げるが、雪乃は構わず詠唱をはじめた。

 水を操る呪文が、雪乃の唇から流れ出す。

 発動された術によって出現した水は、しかしひどく殺傷力の低いもので、雪乃の手元で小さな滝を作る。

「つまり、理由はどうあれ、僕をこんなくだらない遊びに突き合わせた責任は、少なからず君にもある、ということだね?」

「食後の軽い運動だと思えば、いいじゃない」

 出現した水で血で汚れた手と『カケラ』を洗いながら、雪乃は少しだけ責めるような色を滲ませるギンイロに、けろりとした様子で返す。

「食べてないけど?」

「あり?そうだっけ?」

 雪乃は、やっぱりとぼけたように、首を傾げた。









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