囁く、もうひとりたち7
囁く、もうひとりたち7
雪乃は、止む気配もなくひたすらに振り下ろされる男二人の剣の閃きを、ひらりひらりと避け続けていた。
実力は、そこそこ。
連携も、そこそこ。
だから、動きながらセツナとシグレの行動を見守るのは、簡単だった。
セツナとシグレはそれぞれ、二人の男と交戦中。
体格のしっかりしている男たちの攻撃を、軽やかな足取りで避けたり受けたりしながら、シグレは反撃のチャンスを窺っている。
一方、長剣同士で戦っているシグレとは逆に、セツナの手にあるのは、短剣。
武器では、圧倒的に不利というわけだ。
しかし、現状はちょっと違うようだった。
セツナの方がかなりのハンディを課せられていると思いきや、実力がそれをうまくカバーして、不利なのはむしろ男たちの方だった。
やられる心配は、まずないだろう。
「この!ちょこまかと!」
「おちょくってんのか、このアマッ!」
男たちが、叫ぶ。
心ここにあらず状態にも関わらず、平然と攻撃をかわす雪乃に、苛立ちを露わにしている。
はじめは無言で荒い剣術を披露していた男だが、時間が経つにつれ徐々に舌打ちや悪態が耳元を掠めるようになりってきた。
そうなれば、乱れる感情から繰り出される攻撃は、さらに荒らさが増し、隙が目立ちはじめるのは必至。
「おちょくってなんかないよ~。貴方たちが弱いだけだって~」
「何だと、コラッ!」
男が、喚きながら力任せに剣を振る。
雪乃は、やはりひらりひらり、とかわす。
(これ、いつまで続くのかな……)
彼らとの攻防も、そう長くは続いていないものの、中身が中身だけに、そろそろ飽きてきた。
さっさと片付けるか、と思いはじめた時。
デニムのポケットの中でブルブルッ、ブルブルッ、と小刻みな振動が生まれ、肌を刺激した。
「んん?」
続く振動に、雪乃はポケットに手を突っ込んで、それを抜き取る。
その手に握られていたのは、赤い携帯電話。
画面には『遠矢』の文字。
何というタイミングでの電話なのだろう。
「はいはい。もしも~し?」
胴を狙う剣をひらりと交わし、雪乃は携帯電話を耳に押し当てた。
『もしもし、じゃねぇ!』
陽気な声で話しかけた雪乃に、電話の相手、遠矢は怒った声で返してきた。
『お前、今どこだ!』
どうやら、こちらもご機嫌ナナメのようだ。
「どこって……」
不機嫌なまま居場所を問う遠矢に、雪乃はきょろきょろと周囲を見渡す。
村の名前は、なんと言っただろうか。
というか、村の名前を告げてもわかるのか?
「えっとね~。辺鄙な村で、怖いお兄さん方と軽い運動中です」
とりあえず、状況だけを報告。
『はぁっ?お兄さん方?意味わかんねーんだけど…………』
雪乃の返答は、かなり予想外だったのだろう。
不機嫌さを吹き飛ばし、その代わりに現れた、呆れのこもった声で遠矢が言う。
「ナナちゃんに会いに来たら、そういう展開になった」
『ナナちゃん?……ああ、今そこにいんのか』
「うん。ナナちゃんに渡したい物があってね。そしたら、騒動に巻き込まれちゃって」
『巻き込まれに行った、の間違いじゃないのか?』
遠矢の鋭い指摘。
「ハッハッハ。そーとも言うかも」
『そうとしか言わないだろ。お前さ、面倒臭いとかブーブー言いながら、結局、首突っ込むよな……』
「ハッハッハ。そーとも言うかも。……それより遠矢くん『カケラ』集めはもう終わった?アーシェとは仲良くやれた?」
雪乃は、聞き返す。
急ぎでもない様子で電話をかけてきた時点で、一段落ついたのだろう、とは予想できるが、一応、聞く。
『ああ、そうだ!そのことで、ちょっと言いたいことがあるんだよっ!』
ハッと、思い出したように声を荒げた。
「何よ?」
文句でも言われるのか、そう思った雪乃だったが、
『実はアーシェミリアと『カケラ』を回収しようとした時、突然男が現れて、そいつに『カケラ』を奪われちまったんだよ!』
「はぁっ?奪われたぁ?何やってんのよ、バカっ!」
とんでもない結果報告に、今度は雪乃が声を荒げた。
信じられない失態だ。
思わず、足が止まった。
『し、仕方ねぇだろ。すぐに奪い返そうと白コートの仮面男を追ったけど、逃げ足早かったんだよ!』
遠矢は、言い訳のようなことを口走った。
「白コート?仮面?」
雪乃は、もたらされた男の特徴を聞き、眉根にしわを寄せる。
なんだ、その不審者スタイルは……。
『ああ。しかも、深々とフードまで被ってんだぜ。怪しいだろ』
「めちゃくちゃ怪しいじゃな、とっと……」
雪乃は同意しながら、閃く剣をかわす。
ちっ、と舌打ちが聞こえた。
『アーシェミリアもその男のことは知らないっていってるし……。これって俺たち以外にも『カケラ』を集めている奴がいるってことだよな……。どう思う?』
「どう思うって言われても……。あれだけ不思議な存在だからねぇ……そーいうことじゃないの?」
『あっさりだなぁ、おい。そんなこんなで男のことは気になるが、調べることも出来ねーし、取り敢えず今日はもうお開きってことになった。……明日も行くみたいだけど』
テンションを低下させ、面倒くさそうな声で遠矢が言った。
「そうなの?ご苦労様です。明日も頑張ってね」
やる気の低下した遠矢に対し、雪乃は男たちが操る剣をかわしながら、慰める。
『コラッ。人ごとみたいに言うなっ。もとはと言えばお前の気まぐれで、こーいうことになってんだろう!俺は別にやりたくてやってるわけじゃねーんだ。帰って来たらすぐに手伝えよなっ』
一度は気落ちしていた遠矢だが、雪乃の無責任な発言をきっかけに再び感情に火を点し、声を荒立てる。
その叫び声があまりにうるさくて、雪乃は耳から携帯電話を遠ざける。
「女ぁ。電話をしながらとは、ずいぶんと余裕だな!」
どう見ても片手間に相手をしているとしか見えない雪乃の態度に、男たちが剣を振る。
けれど雪乃は弧を描く剣をやはり避け、鳩尾に一発の蹴りを食らわせ男を一人、沈める。
『あ?今、ヤローの声が聞こえたんだけど?』
男の声を聞き付け、遠矢が怪訝そうな声で言った。
「気にするな」
『いや、気になるだろ』
流そうとする雪乃に、遠矢は食い下がる。
『もしかして、意外と修羅場とか?』
刃の交わる音と戦いの殺伐とした雰囲気を電話越しから感じ取ったのだろう。
遠矢が、遠慮がちに聞く。
「ん~そうでもないよ?相手、雑魚ばっかだし」
なんて雪乃は言いながら、遠矢との会話から少し意識を外し、襲いくる最後の男を蹴り飛ばす。
「ふう。軽い運動、終わり!」
雪乃がそう宣言した瞬間、ざわ、と嫌な予感が胸をなぎ、周囲に視線を送る。
シグレの姿が、ない。
そのかわりに、大男に首を絞められ宙ぶらりんの状態で今にもトドメを刺されそうなセツナの姿がドン!とあった。
「あらま」
雪乃は目を瞬かせる。
遠矢との会話に気を取られ、セツナの一大事にまったく気付けずにいた。
あれは、いわゆる絶体絶命という状態ではないだろうか……?
「遠矢く~ん。ちょっといったん、話しヤメ」
『は?』
遠矢の不思議そうな声が聞こえたが、雪乃は持っていた携帯電話を空に放り投げた。
手を離れ、空高く携帯電話が飛ぶその下で、雪乃は素早く詠唱をはじめた。
「根源たる我が力。立ち塞がりし愚かなる者に、神の制裁を!」
言い放ち、雪乃が腕を振り上げた瞬間、対角線上にあるセツナを捕らえた大男の腕が、吹き飛んだ。




