囁く、もうひとりたち5
囁く、もうひとりたち5
「いや~あれだけのド派手に爆発させておきながら宿だけを吹っ飛ばすなんて、さっすがユキノ様っ。お見事!シビレるね!」
周囲の驚愕を知ってか知らずか、ユキノはどこかふざけた様子で自画自賛する。
その表情にはさきほどの鋭さはなく、すっかりいつもの調子だった。
「一体どんな手品を使ったら、あんな術が使えるんだ?」
スっと目を細め、セツナが問う。
彼女の操る魔法の威力は、異様といっていいほど優れている。
殺傷力も高く、もはや人が操る範疇を超えていると言ってもいい。
自分が知る限り、ここまでの術を簡単い操る術者はユキノしか知らない。
この世界に『魔法』が存在するとは言え、一般的に使える術は、風や水、炎や光といった自然を操るものや、精神にちょっとだけ影響を及ぼすといった、ごくごくシンプルなものばかり。
もちろん、上手く使えば十分な威力を発揮する術ではあるのだが、やはり程度は知れている。
建物ごと吹き飛ばす魔法をいとも容易く使うユキノの能力は、計り知れない。
それどころか、彼女の口ずさむ詠唱の中には時たま聞きなれない物が含まれ、術の正体すらわからないという有様だ。
魔法を発動するには、その魔法の属性や紡ぐ言葉の真意を理解した上で、魔力を込めなければならない。
故に、詠唱をただマネしただけでは何も生まれないのだ。
つまり。
彼女と自分たちとの間には、天と地ほどの差があるということだ。
ふざけた性格でおちゃらけていながら、腕は超一流。
正直、面白いはずがない。
「やぁねぇ、ナナちゃんったら。乙女の秘密をあばこうなんて、紳士のすることじゃないわよ?」
真面目なセツナの質問に、ユキノは誤魔化すかのように、にやりと笑う。
「女性の何たるかを知るのも立派な紳士の努めだと、シグレが言ってた」
「腹黒似非仮面紳士なんかの言葉を間に受けちゃダメよ。女性には、決して触れてはいけない秘密があるんだから」
「ユキは、秘密ばかりだな」
「んふふ。エベレストのごとく、巨大な秘密がそびえ立っているのよ」
「えべれ?何、それ?」
「んふふ。秘密」
ユキノが、さらに深い笑みを浮かべた。
まともに答えてはくれないだろう、と予想はしていたが、やはりはぐらかされる。
「……はぁ。呑気に話しをするのは構いませんが、彼らの相手が終わってからにして頂けます?」
「え?」
「ん?」
嘆息まじりのシグレの呟きに、二人の意識がようやく周囲に向けられる。
そこには、人相の悪い屈強な男たちが剣を携え、立っていた。
そして彼らの後ろには、隠れるようにして数人の村人の姿があり、信じられない、と言いたげな表情を浮かべていた。
何だ今のは。
一体、どうなっているんだ。
化物か。
ざわざわ、と驚きと動揺の言葉が聞こえる。
「あ~。宿屋のおっちゃんみ~つけた!」
その中に見知った顔を発見し、ユキノが指を差す。
ちらり、と指し示す方へと視線を向ければ、確かに宿の主とウエイトレスの姿があり、目が合った瞬間に息を呑む気配が伝わる。
「あ、あんた、メシを食べてたはずじゃ?」
宿の主が、ユキノを驚愕の目で見つめながら唇を震わせた。
メシ、とはもちろん睡眠薬入りの料理のことである。
「の~ほ~ほっほっほ。残念でした。あたし、毒は効かない特別な体質なのよね~。睡眠薬で眠らせた後、始末しようとしてたみたいだけど相手が悪かったわね。あたしみたいな美少女が、そう簡単に死ぬわけないでしょ。しかもこんなド田舎でっ!」
「くっ」
反らした指先を口元へ当て、得意げに笑い胸を張るユキノの勝ち誇った笑みに、主が悔しそうに顔を歪める。
本当にどうしてこの人は、相手に嫌な感情を与えるのがこうもうまいのだろう。
これまでの付き合いで幾度となく彼女の言動や行動に翻弄されてきたセツナは、宿屋の主の気持ちを思うと、ちょっとだけ気の毒に思うのだった。
「ずいぶん人相の悪い方々が集まっておられるようですが、私たちを丸焼きにしようとした理由、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
にっこり、と笑みを浮かべたシグレが、一歩、前に出る。
すると、村人たちが怯えたように後ろに下がる。
派手な術をおみまいし、相手の士気を下げる、という作戦は、成功したようだ。
単にシグレの笑顔に怯えた、という可能性もあるけれど……。
「俺たち、何かしたか?一方的に攻められる覚えはないんだけど?」
セツナは、首を傾げで問う。
「それは、こっちのセリフだ!」
意を決したように、一人の男が咳を切った。
「貴様らこそ何をしに来たっ。毎日毎日村をこそこそと嗅ぎ回っていることは、わかってるんだぞっ!」
それに続け、とばかりに屈強な男が叫び、剣をかざした。
「……………………」
「おやおや。ずいぶんと物騒な物を振り上げるんですね。私たちは『静養』に来ているだけなのですが……?」
冷静さを奪われることなく、シグレはあくまで休息に訪れた観光客を装う。
かなり無理な発言だが、穏便に済ませられるのであれば、なるべく済ませたい。
そう願うセツナだったが、男はさらに怒りをあらわに言い放つ。
「黙れっ!貴様らが『ナイトメア』を調べていることなど、とっくに承知の上だ!」
「……………………」
男が放つ『ナイトメア』という言葉を耳にした途端、セツナは眉間に皺を寄せた。
穏便に済まそうとしたセツナの配慮は、露と消える。
はっきりと聞いてしまった以上、もう戻れない。
「うわ~。問い詰める間もなく『ナイトメア』を認めちゃったよっ。よかったね~ナナちゃん、相手がバカな庶民で。これで色々と調べる手間がはぶけたじゃない」
ユキノは嬉々と手を合せ、こちら側の目的をあっさり暴露する。
「何だと、貴様!」
目的をバラされ内心で頭を抱えたセツナだが、男たちはそのことよりもユキノの『バカな庶民』発言の方がカンに触ったらしい。
怒りを助長させ、殺気が蠢く。
「何で、貴女はそう相手を挑発するようなことばかり言うのですか……」
「はぁ?今さら取り繕ったところで、何の役に立つわけ?」
全部バレているのだ。
いちいち発言を惜しんだり気を遣う必要など、もはやない。
「それは、そうなんだけど……」
ユキノのこういう潔さを感心していいのか、悪いのか……。
「とーにーかーく!目の前には『ナイトメア』に関わっている奴がいて、その秘密を知ったあたしたちを始末しようと武器を持ってる男たちがいる。すっごいわかりやすい構図ができてるんだから、それでいいでしょ!」
「むやみに相手を刺激するのはどうかと思いますが……」
シグレは、ため息交じりに言う。
「そんなことより、ひとつ聞いてもいいか?何故、こんなところに『ナイトメア』と関わっている人たちがこんなにいるんだ?」
村人たちに向き直り、セツナが聞いた。
「こんなところだから、でしょ。ねぇ?」
ユキノは前半をセツナにむけ答え、後半を神妙な表情で佇む村人たちへと向けた。
彼らはユキノの声に、びくり、と肩を震わせた。
「これだけ帝都から離れていれば監視の目も緩みやすいし、どこを見ても緑、緑、緑。葉っぱを栽培するにはもってこいでしょ」
「まさか村ぐるみで栽培に手を染めていたとは……」
シグレの細められた目が、村人をとらえる。
宿屋の主や八百屋のおばさん。
つい先ほどまで気さくに会話を交わしていた相手が、敵意を持って対峙している。
「し、仕方がないだろっ。こんな寂れた村が生き残るためには、『ナイトメア』に頼るしかないんだっ。帝都で優雅に暮らしているお前らに、何がわかる!」
村人が、喚く。
「わかりたくないですね。生き残るために悪事に手を染めるなど。自分たちが作った『ナイトメア』によって人生を狂わされる人たちのことを、一瞬でも考えたことありますか?」
「そんなの、自業自得じゃない!」
シグレの言葉に、エプロン姿の中年女性が金切り声で叫んだ。
「ええ、その通りです。自業自得です」
そこに躊躇いや罪悪感はない。
彼女の言う通り、『ナイト』使った者の憐れな末路は本人の責任だが、栽培は村を存続させるための手段でしかないとしている村人の意識は、問題だ。
村に滞在した5日間、自分の目に映った勤勉に畑仕事に勤しむ村人たちの姿は、偽りだったのだろうか。
「村の秘密を知られたとあっては、無傷で帰すわけにはいかんな」
「おかしなことを。無傷で帰す気など、はじめからないのでしょう?」
「はっ。わかってんじゃねぇか」
男がにやり、と笑うのを合図にシグレは腰に下げていた剣を抜き、セツナを背後に庇う。
彼らの動作を見る限りプロのではなさそうだが、厳つい男たちは全員が剣を下げている。
数は、6人。
おそらく、村人ではないだろう。
『ナイトメア』に直接関係する者、と見て間違いない。
さらに宿を攻撃したことを考えれば、魔術を使える者もいるはずだ。
セツナとシグレは、緩んでいた意識を引き締めて、目の前の男たちを睨み付ける。
ぴん、と空気が張り詰めた。




