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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち4

囁く、もうひとりたち4






「もう囲まれてるよ?」

 お茶をすすりながら、ユキノが言った。

「排除するまでです」

 もう一度、繰り返す。

「何でいきなりそういう発想になるんだよ……。シグレの方が危ないって」

 セツナは、呆れる。

 彼の言葉が果たして本心なのか。

 その薄い笑から読み取ることはできないが、自分を『後継者』に。

 それは耳にタコができるほど繰り返し聞かされるセリフではあった。

「もうこの話しは止めよう。今は、この村での次の行動をどうするかが重要だろ?」

 セツナは気持ちを切り替えるように、胸に溜まった熱い息を吐き出す。

 今、一番大事な話しは、そんなことではないはずだ。

「そう、ですね。」

 シグレも、頷く。

「山の中で、何か見つかった?」

 さっそく、ユキノが話しを戻す。

「……いいえ。村の中にこれといって怪しい場所が見つからない以上、山の中かとも思ったのですが、今のところは何も……」

 シグレは嘆息し、目元を押さえる。

 なんせ、探る規模がデカすぎる。

 何の手がかりもなしに土地勘のない山に入り探すのは、かなり困難な作業だった。

「それっぽい騒動でも起きてくれれば、ありがたいんだけど……」

 こうも何も掴めず平和な毎日が続くと、もしかしたら自分たちは見当違いなことをしているのかもしれない、とさえ思ってしまう。

 いっそ、何か事件でも起きてくれないだろうか。

 セツナは懇願にも似た言葉を零し、ポトフに手を伸ばす。


 が。

 木のスプーンで具材を取ろうとした瞬間、向かいに座っているユキノの腕が伸び、皿ごとを奪われた。

「!」

「いっただっきま~す」

 えっ? と目を見張るセツナをよそに、ユキノはそう宣言するとゴクゴク豪快にスープを流し込んだ。

「…………………………」

 具材もすくい、もきゅもきゅ、と咀嚼する。

「人の料理を勝手に奪うなんて、感心しませんね。どこまで浅ましいのです、貴女は」

 何も言えず、ただただぽかん、と見つめるだけのセツナに変わり、シグレが冷めた目で抗議する。


(そんなに、食べたかったのか……?)

 野菜がゴツゴツ入ったポトフは、確かに食欲を刺激されるほど美味しそうだった。

 しかしそれなばば、一口ちょうだい、と言えばいいのだ。

 いくら知人とはいえ、他人の料理を許可もなく奪うという行為は、あまり賛成できるものではない。

「ん~っ。美味しい。でも、やっぱり入ってる!」

 呑み干したユキノは、シグレの言葉を完全無視でやり過ごし、謝罪の態度を微塵も見せず、口元を拭いながら残念そうに言った。




 …………入っている?


「ユキノさん?」

 シグレが、不思議そうに呼ぶ。

「……何、が?」

 違和感を感じたセツナが、聞く。


 すると彼女は、

「ん~。睡眠薬がね、入ってるってこと」

 平然と、のたまった。

『は?』

 さらりと返された言葉に、二人の声が重なった。

 目を瞬かせる両者にはお構いなく、ユキノはシグレのスープにも手を伸ばし、一口。

「これにも入ってる」

「睡眠薬が?」

「そ。ちなみに、あたしの料理にもた~ぷり混入されてるよ」

 とんとん、と皿の縁を叩く。

 自然と二人の目が料理に注がれる。

 睡眠薬入りだと認識している状態にも関わらず、すでに半分が彼女の胃の中に収まっている。

「よく平気で食べてられるな……」

「味は変わんないよ?」

「そーいう問題なのか……?」

 どこか論点のずれているユキノに、セツナは呆れる。

 薬に免疫のある彼女がすごいのか、はたまたそれでも手を動かす食欲がすごいのか。



「ですがそうなると、なかなか厄介ですね」

 真面目な声で呟くシグレに、セツナの意識も自然と引き締まる。

 睡眠薬を投入された。

 それが示す答えは、ひとつだ。

「まったくよ。やっと労働から解放されてお腹ペコペコでご飯を食べようかと思ってたら、大量の薬を盛られてるし、宿屋のおっちゃんもウエイトレスもちゃっかり逃げてるし。本当に物騒な村ねっ」

「逃げたって、あの人たちがっ」

「そーよ。さっき料理運んでいった直後に、裏から逃げ出してるよ」

「何故、そういうことを早く言わないんですか!」

 驚いてシグレが椅子から立ち上がった直後、



 ドォォン!



 轟音と共に、宿全体が震えた。

「セツナ!」

 爆発音とほぼ同時に動いたシグレがセツナの前に立つと、さらに二度目、三度目の爆発が続き、熱を帯びた爆風と煙が食堂の中へと流れ込み、視界を一気に妨げた。

「ごほごほっ。な、何だよ、これ。いきなりすぎるだろ!」

 煙にむせ、口元を覆い叫ぶセツナは、うっすらと揺らめく赤い炎をとらえた。

 ちらちらと燃える炎は瞬く間に木材へと燃え移り、生物のような動きを見せて侵入を広げて行く。

「ナナちゃんたちが『ナイトメア』を調べに来てるって、バレたんじゃない?だから眠っている間に始末しようとしていたのね。外にも怪しい気配がちらちらするし……」

 メラメラと揺れる炎を眺めながら、ユキノが言う。

 どうやら怪しい集団に、包囲されているらしい。

「宿屋ごと抹殺、ですか……ユキノさん、はじめから気付いていましたね?」

 シグレは察知できなかった己に忸怩たる思いを抱きつつ、気付きながらも沈黙を守っていたユキノの不適切さを批難する。

「だからさっき『もう囲まれてるよ?』って言ったじゃん」

 責めるシグレをもろともせずに、むしろ自分は悪くない、とばかりにユキノは答えた。




『………………………………………………』



 二人は言葉を失い、しん、と何とも表現しにくい変な空気が流れる。

「……確かに、言ってたけど……」

 長い沈黙の後、セツナは頭を掻きながら項垂れる。

 言っていた。

 確かに、彼女はそう言っていた。

 だが、あのタイミングでの発言を、危険が迫っている警告と察知できるというのだ。

「よかったじゃない。ナナちゃんが願った通り、向こうから騒ぎを起こしてくれたんだし。これで外の連中を捕まえれば、一気にお仕事終わるんじゃない?」

 パラパラと落ちてくる木屑や灰を払い除けながら、ユキノは嬉しそうに言った。

「いくら何でも、これは急展開すぎだろ……」

 数分前にポロリと零してしまった迂闊な発言を、撤回したい気持ちになる。

「無駄話しは、そろそろやめませんか?どちらにせよ、早くここから脱出しなければ」

 シグレが、何だかんだで緩りとしている二人を急かす。

 こうやってのんびりと話している間にも、確実に火の手は広がり、煙は流れている。

 村人たちはこちらが睡眠薬で眠っているだろう、と読んでの攻撃だが、宿がいつ倒壊するかもわからない。

 セツナは乱れる髪を押さえ、考える。


「……。外に何人集まっているかわからない以上、迂闊に飛び出すのは、危ないかもな……」

「ええ。相手は私たちが焼け死ぬもよし、たとえ気付いて逃げたとしても外で待ち構えれば問題なし、と考えているでしょうしね」

「ユキ、一瞬で連中の士気を下げるようなことって、可能か?」

「ん。可能だよ」

「じゃあ、頼めるか?」

「ふ~ん。迎え撃つってわけね。面白そうじゃないのっ」

 セツナの意図を汲み取って楽しそうに頷いたユキノは、ふぅ、と息を吐く。

「ほどほどにお願いしますよ……。貴女は少々、手加減というものを怠る傾向があります」

 シグレが、ちくりと釘をさす。

「大丈夫よ。任せとけ!」


 言って、ウインク一つ。



 それは、気持ちを切り変える、合図。

 伏せられた睫毛を再び上げた時、その奥にある瞳が宿していたのは、闇の中で煌めく鋭い光。

 すぅ、と空気の流れが変化する。

 熱気が充満しているはずの空間がぴん、と張り詰めて、質が変わる。


「我、真理を冠す者。無慈悲なる天の裁きを持って、我に仇なす敵を穿て!」


 いつものちょっと高い声音と子どもっぽい口調の一切を払い、ほどよく響く声で呪文を唱えると、掌の上に淡い光が生まれた。

 それは天使の輪を形成させると、すぐに周囲へと四散した。

 魔力の動く気配が、セツナの全身を撫でる。

 春風のようにふわりと暖かく、くすぐったい、と感じさせる心地の良いものだというのに。



 瞬きにも満たない刹那で、周囲は、塵と化した。


 四方を囲んでいた建物が一瞬で消え去り、視界が一気に広がった。

 頭上に、それまで見えなかった空が見える。

 一時間ほど前まで広がっていた暮色はさらに深さを増し、遠い空の中に、うっすらと月の気配が窺える。

 時刻はすでに十八時を回っているが、闇の進行にはまだ有余がある。

 さらに、ちらほらと建てられている電灯の明りによって周囲を見渡すのには、苦労しない。



 だから。



 足元に転がる家具の残骸や、セツナたちを恐々と眺める集団も、よく見えた。

 ガタン、と、それまでセツナが座っていた椅子が崩れ落ちる。

 一瞬で形を失ってしまった宿屋。

 宿泊施設はすべてガレキと化し、柱や鉄筋がむき出しとなり壁も半分以上が破壊されている。

 まるで、廃墟。

 だが、術の影響を1番受けるはずのセツナたちに傷は一切なく、衣服に汚れすら付いていない。

 つまり、攻撃魔法を放ちながら、セツナたちを守る術も同時に放ったということだ。

 それがどれだけ高度なことなのか、魔法の知識をかじった者ならば誰でもわかる。

 やはり、只者ではない。

 ユキノの手加減の加わった力を目撃したセツナは、彼女の身について回る『謎』を改めて感じるのだった。







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