囁く、もうひとりたち3
囁く、もうひとりたち3
渡された紙に書かれていた人物の数は……。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二……………………全部で十六名。
半分以上が知らない名前だったが、聞き慣れた貴族の長ったらしい名が、ちらほらと存在していた。
「これ、は?」
「んふふ。『ナイトメア』に関与している奴らのリストだったりして~」
怪訝そうなセツナに向け、秘め事を暴露するように、楽しげに笑った。
「え?」
「と言っても、ごくごく一部の連中でしかないんだけどね」
なんせ、時間がたりなくて。
とユキノは肩をすくめて見せた。
『ナイトメア』
それは、最近帝都で密かに広まっているドラッグの一種だった。
これまでのドラッグよりも大量生産が可能で、故に手軽な値段での購入が可能となり、名前のカッコよさも手伝ってか、あっという間に世間に認知されてしまった。
一般人のみならず、貴族たちの間でも密かに流行っている、という噂もあるほどだ。
「ユキノさん、不用意に名前を口に出さないで下さい」
ユキノの台詞に唖然とするセツナとは対照的に、『ナイトメア』という単語に反応したシグレが、厳しい眼差しを向ける。
「心配性だねぇ……」
シグレの敏感すぎる反応に、ユキノは肩をすくめる。
確かにいつ誰が近付いてくるか知れない場所で『ナイトメア』のことを軽々しく口走ることはかなり危うい行動だが、ユキノのてそれくらいはわかっている。
ちゃんと人の気配に配慮して、喋っている。
ヘラヘラしていながら、神経は常に周囲へと向けられているのだ。
多少の会話は、たぶん大丈夫だろう。
「だいたい、何ですかそのメモは。本当なのですか?」
「どーいう意味よ?」
「いきなりそのような何の根拠もない物を見せられて、信じろと?」
シグレのごもっともな反応に、セツナも、そうだよな、と内心で同意する。
このメモの内容が、真実かどうか。
それが一番の問題だ。
ユキノを疑うわけではないが、さすがに名前だけ記された紙を渡され信じろ、と言われてもなかなかに難しい。
もっと決定的な証拠がなければ、素直には受け入れられない。
けれど疑問視する反面で、ユキノがわざわざ持ってきた情報なので信じてみる価値はあるのかもしれない、という思いもある。
彼女が曖昧な情報やガセネタを持ってくるような人物ではないことくらいは、わかっているし信用もしている。
だが、何故ユキノはここに名を連ねる者たちが『ナイトメア』に関係している、と断言するのだろうか?
確固たる証拠を、掴んでいるのか?
それならば、証拠を出すなり根拠を言うなりすればいいのだ。
それをしないということは、どういう意味があるのだろうか……。
「ずいぶんと、有名な方々が名を連ねていらっしゃいますね……。まったく貴族にも困ったものですね」
まったく困ったようには見えない様子で、シグレが言った。
どうやら彼は、考えた末、ユキノのメモを『本物』として扱うことにしたようだ。
本物か偽物か疑っていては話しが進まない、と諦めたのかもしれないが……。
「……やっぱり大人って、こういう危険な物が好きなのか?」
セツナは、ちらり、とシグレとユキノを交互に見つめ、問う。
「ん~。大人っていうよりも、危険な『快楽』に溺れてしまう人間が生まれてしまうのは、ある意味仕方のないことかもしれないわね……」
「仕方が、ない?」
「そっ。人はね『快楽』なくしては生きていけないものなのよ。それがどんな『快楽』かは人それぞれだけど……。例えば食を満たすことで得られる『快楽』だったり家族や友人、恋人と過ごすことで得られる『快楽』だったり、社会と繋がることで得られる『快楽』だったり、ね。ほとんどの人は日常にあるそれらで十分に満足できるのだけど、スリルから『快楽』を欲する者もいる。『ナイトメア』だって、それと一緒。そこに強烈な『快楽』や『刺激』を見出してしまったら、そこから抜け出すことは、あたしたちが考えているよりもずっと、難しい」
「でも、さ。やっぱり『ナイトメア』に手を出すなんて、俺には理解できない……」
目を曇らせ、セツナは言った。
『快楽』なくして、人は生きてはいけない。
ユキノの言っていることは、理解できる。
だが、心身ともに失いかねないほど強い破壊力のある『ナイトメア』に依存する感覚は、きっと一生、わからないだろう。
「当然です。貴方は、頭のネジの緩んだ方々のことなど、理解する必要はありません」
「うんうん。ナナちゃんはいい子なんだから、それでいいのよ」
ユキノはにっこり笑い、セツナの頭を撫でる。
「…………………………」
「しかし、こうも貴族が含まれているとなれば、捕えるどころか追及も難しいかもしれませんね」
シグレの危惧めいた指摘が、続いた。
「あいつら、しぶといからねぇ」
ユキノも肉を頬張りながら、頷く。
相手は腹に一物を、簡単に二つも三つも抱えるていような腹黒貴族たちだ。
逃れられない決定的な証拠でもない限り、持っている権力を行使してのらりくらりと誤魔化し、逃げ切るに違いない。
そうなれば、ユキノが持ってきたメモが紙クズ同然となってしまう可能性もある。
「見過ごすわけにもいかない。早く手を打たないと、な……」
情報を得てしまった以上、放置するわけにもいかない。
この名をヒントに、帝都に戻って調べる必要がある。
「それをどう使うかはさておき、今は村で『ナイトメア』の証拠を探すのが先じゃない?」
ユキノの一言に、
「そう言っても、さ……」
セツナは、ため息を吐く。
言うのは簡単だ。
セツナも村に入れば何らかの情報が手に入ると思っていた。
けれど、現実は厳しく5日たってもめぼしい情報はひとつとして手に入らない。
「大変なのはわかるけど、この村が『ナイトメア』に関わっていることは裏じゃ結構有名だし、そのうち証拠なんてボロボロ出てくるんじゃないの?」
「今日も、何も掴めなかった。こういう村が閉鎖的で外から入ってきた人間に対しガードが固いってことは聞いてたんだけど……」
ここまでとは……。
スープを口に運ぶユキノに、セツナはあまり進展のない現状を報告する。
多くの村がそうであるように、この村もまた人々の警戒心は強い。
表面上では笑顔で挨拶を交わしているけれど、どこか様子を窺っているようにも見える。
「やはりもう少し村人たちと親密になるべき……」
考え込むようにシグレが口を開いた途端、
「あ~ナナちゃんたちの料理、来たよ!」
ユキノがそれを遮り、厨房の方へ手を上げる。
シグレはすぐに口を閉ざす。
とその直後、こちらへと近付く気配が背後で生まれた。
「お待たせしました。ご注文頂いたお料理になります」
元気で可愛らしい声がかけられて、セツナたちの会話は一度、中断される。
「そしてこれが、貴方たちが今日釣ってきた魚、ね」
ほどよく焼かれた魚が、セツナ、シグレ、ユキノの前に並べられる。
「ありがとうございます。すごく、美味しそうですね。残りの魚は、皆さんで召し上がって下さい」
「まぁ、いいんですか!ありがとうございます」
シグレの言葉を受けて、ウエイトレスは嬉しそうに破顔させ、テーブルの上に料理を並べ終えると、ごゆっくり、と会釈をし、去って行った。
歳の頃は三十前半だろうか。
確かこの宿の長女だと聞いている。
「それにしても、普段は帝都でだらしのない生活している貴方が、今回はやけに積極的なんですね」
ウエイトレスが完全に厨房に戻ったのを確認し、シグレが口を開いた。
すぐに『ナイトメア』の話しに戻るのは危険と思ったのか、別の話題を振ってきた。
湯気の立ちのぼるポトフに手を伸ばしかけていたセツナの動きが、ピタリと止まる。
『だらしのない』とは何だ、と内心でちょっとムッとしながらチラリ、とにシグレを見れば、真剣な顔付きがあった。
今回、この村へ訪れ『ナイトメア』を調べると言い出したのは、他でもないセツナ自身だった。
本来ならば警察に任せるはずの案件を、何故、自ら調査しようなどと言いだしたのか、シグレは疑問で仕方がないのだ。
「別に……。ただ、最近ずっと帝都でダラダラしてたから。久々の遠出には丁度いいと思っただけ」
セツナは、ぽつぽつと答えた。
本当は、ごく一部の人間に蔓延しつつある『ナイトメアス』の存在を偶然にも小耳に挟んでしまい、聞かなかったフリで放っておくことも出来ずこんな所まで足を運んできたのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
そもそも彼は、この村への滞在をはじめから反対していた。
理由は、どんな危険が伴うかわからないからだ。
「久々のピクニックにしては、ちょっと危険すぎる気がしますが?」
「……なんだよ。普段は俺に、積極的に外へ出ろ出ろって言ってるくせに……」
セツナは、不満そうにシグレを見る。
ぐーたら生活を送ることの多いセツナに、もっと体力を付けてシャキっとしろ、ちゃんと学び外の世界を見ろ。
そうガミガミ繰り返していたのは、他ならぬシグレ自身だ。
けれど、いざ帝都を飛び出せば、不満を口にする。
「限度というのがあるでしょう。少しはご自分の身を案じて下さい。もしもの事があったら、どうするのです」
「もしもって……。俺がそこそこ強いの知ってるだろ?それにどうせお前だって常に付いて来るんだし、いいだろ別に」
面白くなさそうに、セツナは言う。
早く『ナイトメア』の話しに戻りたいのだが……。
シグレの小言は、ねちっこくて苦手だ。
「帝都や、それ以外の場所へ赴くことに、私も反対はいたしません。ですが、何も考えず危険な場所に自ら飛び込んで行く行動は、バカで無謀としか言い様がありません」
「………………」
何だか、雲行きが怪しくなってきた。
このままでは、自分に対する不平不満で終わってしまいそうな気がする。
ユキノはユキノで自分には関係のない話しだ、と一切耳を傾けず、ばくばく料理を食べているだけで、シグレの話しを止めようとする様子もない。
「身体は大切にして下さい。貴方は後継者なのですよ?」
「……お前、ホントそればっかだな。何度も言うようだけど、家を継ぐのは兄貴だ。俺じゃない」
セツナはシグレの言葉を否定するように言うと、兄の姿を脳裏に浮かばせる。
セツナには、五つ上の兄がいる。
スラリとした体格の美丈夫。
武術や学問にも長け、堂々とした風格を備えている兄は、自分とは違い才能に溢れ、周囲からの期待と信頼を一心に浴びている。
当の本人も幼少の頃から後継としての己の役目や立場を理解し、相応しい言動や行動を日々、続けている。
大人になると積極的に仕事を学びはじめ、今ではすっかり父親の補佐として力を発揮している。
今更、自分が出る幕などないし、継ぐ意思や覚悟もない。
「いいえ。誰が何と言おうとも、後継者は貴方でなくてはなりません」
シグレは、首を振る。
「お前さ、何でそこまで俺にこだわるんだ?論理的に考えたって、俺より兄貴の方が適任だろ」
何故、彼がそこまで執拗になるのか、わからない。
世間的にも能力的にも、兄の方が適任なのは歴然だ。
自分は一度としてその位置を望んだことはない。
むしろ、不相応な身分だと思っている。
自分は能天気だし隙あらばサボりに徹するような性格だ。
家業を継いだ途端、勤勉になるとは想像できない。
何よりも、役目に縛られることに耐えられない。
「たとえ何を間違えてか俺が跡を継ぐと言い出しても、周りが納得しないだろ」
「そんなことはありません。私が納得させます」
シグレは、何故か自身ありげに言った。
「無理だって」
セツナは、呆れる。
周りを説得させるもなにも、本人が一番嫌がっているのだから、それ以前の問題ではあるのだが。
「もし邪魔をする大勢の敵が現れたら、排除するまでです」
本気か冗談なのかよくわからない笑みを、浮かべた。
……………………お巡りさん。
ここに、危険人物がいます。




