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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち2

囁く、もうひとりたち2





 ギィ……バタン。

 立て付けが悪いのか、ドアは耳障りな音を立てて開いた。

「はぁぁい。いらっしゃいま……。なんだ、ダンナたちかい。おかえり……」

 覇気の乏しいやる気のない店主の出迎えが、カウンター越しから寄こされた。

 五十歳を超えた小太りの男性は、入って来た客が見知った者だと確認すると歓迎の言葉を打ち切って、何とか浮かべていた愛想をも振り払った。

 客に対し、何ともフレンドリーな態度を取る店主だろう、と思うセツナだが、滅多に客が来ないさびれた宿を経営していると、こういう対応になってしまうものかもしれない。

「今日は、いつもより帰りが早いな。釣りはどうだった?楽しめたかい?」

 やることもなく、ずっと新聞を読んでいたのだろう。

 会話を終えて生まれる沈黙が嫌なのか、乱れた新聞をたたみながらたいして興味もなさげに聞く。

「ええ。おかげ様で楽しませて頂きました。滅多にできる経験ではないので、連れがはしゃぎすぎて疲れてしまったようです。子どもは体力の配分ができませんから、困ったものです……。あ、これありがとうございました」

 店主とは逆に、ニコニコと朗らかな表情でシグレはカウンターへと向かい、借りていた釣り道具を返す。

 はしゃいでないし子どもでもない。

 そう言い返したいのは山々だったが、発言するのにもエネルギーは使う。

 山歩きでクタクタに疲れている今のセツナに、そんな気力はもはやなかった。

「これ、釣ってきたのですが……夕食に間に合います?」

「おお、すごいじゃないか!うまそうだ。さっそく、塩焼きにでもするかね」

 バケツを受け取った主人が中を確認し、嬉々として言う。

「あんたらが村に来てから、もう5日か。この村はどうだい?こんな辺鄙な田舎を一日中歩き回っても、何も楽しいことなんてないだろ?」

「いいえ。日々の過労を癒すため『静養』に来ている身としては、こんなに素晴らしい場所はありませんよ。村の人々はみな親切で、食べ物もとても良質です。周囲の自然も美しく、空気も新鮮ですし。帝都では滅多にお目にかかれない植物も数多く見受けられ、とても楽しませて頂いてます。こんな素敵な場所を故郷としているから、この村の人たちは温かいのですね」

 シグレは人あたりのいい笑みを崩さず、思ってもいないことをつらつらと述べる。


(そんなこと、よく平然と言えるよな…………)

 口べたなセツナにとって、シグレの口の軽さには、感心せざる負えない。

「ん、まぁ自然だけが取り柄みたいなもんだしなぁ……」

 やはり故郷を褒められるということは嬉しいようで。

 シグレの感情のこもっていない言葉を素直に信じた店主が、照れた表情で言う。

 彼との付き合いも5日目になる。

 ずっとここで寝泊りをし、他愛のない会話をしていると妙な親しくなり、いつの間にか敬語も消え去っている。



「あ、そうそう。さっき連れの子が戻って来て、食堂でメシを食いながら待ってるみたいだぞ」

 思い出したように店主は続け、入口のすぐ横に設けられている食堂を指した。

 チラリ、とセツナは食堂の入口を見る。

 『食堂』というプレートのかけられているドアの向こうには、わずかなテーブルしか並べられていない小さな部屋が広がっている。

「おや。戻って来たんですか?てっきり退屈で先に帰ったかと思ってたんですがね……」

 意外そうに、シグレの驚いた声が聞こえた。

 確かに。

 今朝早く、何も言わずに村を去って行ったもう一人の同行者。

 村での、のんびり生活に嫌気がさして勝手に帰ったのだと判断し、さほど気にしてはいなかったが。

 まさか、戻って来るとは思わなかった。

 セツナは、食堂へと向かう。

 宿泊客でなくとも気軽に食事を摂れる食堂は、四人掛けのテーブルが四席しか用意されておらず、その奥には家庭的な小さな厨房があった。

 そしてガラン、と空いた食堂の椅子のひとつが、埋まっていた。

 こちらに背を向けているので顔は見えないが、見慣れた長い黒髪が見えた。


「ああ~もう。腹が立つ。何なのあの女はっ!」

 貸し切状態なのをいいことに、大声で独り言を喚き散らしているその客は、明らかに機嫌が悪そうだった。

 フォークの握られた腕を振り挙げ、料理にブスリ、と刺す。

「キライだか何だか知らないけど、あの態度はないわ。あ~思い出しただけでもイライラする」

 ところかまわず盛大な独り言をわめく黒髪の少女に、セツナは苦笑して近付いていく。

「何に対して怒っているのか知らないけど、喋るか食べるか、どっちかにした方がいいんじゃないのか?」

「ん?」

 セツナの声に導かれ、ゆっくり振り向いた少女はその瞳にセツナを映した瞬間、おっ、と言った表情を浮かばせた。

「ナナきゅんお帰り~。今日も安定した可愛いさだね~」

 にへら、と緩みきった笑みを浮かべると、黒髪の少女、ユキノは椅子から立ち上がった。

 先ほど愚痴を零していたとは思えないほど、にこやかに笑いながら近付いてくる。

「今まで『仕事』してたんでしょ。探し物は見つかった~?」

 なでなで。

 セツナの頭を撫でながら、ユキノはのほほん、と問うてきた。

「!」

「嫌ですねぇ。その歳でもうボケたんですか?我々は『静養』で来たんですよ?」

 堂々と言い放ったユキノの言葉に驚いて、思わず動きを止めてしまったセツナのその脇を、シグレの声が風のごとく横切った。

 ハッとして振り返ると、爽やかな笑みを浮かばせていながら目がマジなシグレが佇んでいた。


「いやん、トキちゃん。今日も笑顔がウソ臭くて、とっても素敵ですね!」

 頬に手を当てにっこり笑い、ユキノがふざけたように言う。

 口を滑らせ咎められたことなど、まったく気にしていない。

「いえいえ、そんな。貴女が使い分ける仮面の種類の多さと厚さには、私の薄い仮面など足元にも及びませんよ」

「ふふ、わかってるじゃない。女性という生き物は、謎多きとってもミステリアスな存在なんだもの。10や20の仮面を被るのは、当然のことじゃない。貴方の薄っぺらくて安い仮面とは、出来も歴史も違うのよ」

「えっ……。女の人って、そういうものなのか……」

 ユキノの告白に、セツナがちょっとショックを受けたように呟く。

「自分を、女性の代表のように言うのはかなり問題がありますよ。そもそも貴女の場合は、ミステリアスというよりも、胡散臭さの塊なだけですから」

「むぅ。胡散臭さ加減でいったら、トキちゃんといい勝負だと思うんだけどなぁ……」

 ユキノは、しげしげとシグレを見つめる。


(確かに、それはある……)

 こっそり心の中で思うセツナである。

「……いい加減、その意味不明なあだ名、止めてください」

 ふっと笑みを消したシグレが、珍しく心底嫌そうに眉根を寄せた。

 彼女は時たま、変なあだ名や呼び方を付けて、相手を呼ぶ。

 揶揄めいたあだ名を付けられるのもイヤだろうが『トキちゃん』という本名に掠りもしない呼び方など、論外に違いない。

 前に一度、あだ名の由来について尋ねたことがあるのだが、『字からとった』というよくわからない返答をもらった。

 彼女には、彼女の感覚があるのだろう。

 それ以来、あえて触れないようにしている。

「も~固いなぁ。トキちゃんはトキちゃんでしかないんだから、いいじゃない。ナナちゃんだって、文句ひとつ言わないのよ?いい大人がそんなんでどうするの」

 ねぇ?とユキノはセツナに同意を求める。

「あ、うん。まぁ……」

 会って早々に、付けられたのは『ナナちゃん』という呼び名。

 特に変な呼び方でもないので放っておいたのは事実だが、まさかシグレを責める道具に使われるとは……。

 あまりこちらにフラないでほしいのだが……。


(はぁ。お腹、すいたな……)

 厨房から流れる夕餉の匂いが、腹の虫を刺激する。

 セツナは無言でテーブルへと近付くと、椅子を引き、ユキノの向かいに腰かける。

 隣に、シグレが座る。

「はい、どうぞ」

 すると、席に戻ったユキノがメニューを渡す。

 テーブルの上にはユキノが注文していた肉料理と魚料理、麺料理にコーンスープ、さらにサラダが並んでいた。

 サラダには、赤く瑞々しいトマトが飾られている。

 確かに、とても美味しそうだ。

「ずいぶん多く注文してるけど、全部食べられるのか?」

 あきらかに、二人分以上はある量だ。

「労働してお腹減ってるの」

「欲望のままバカみたいにご注文するのは結構ですが、途中でお腹いっぱいになって残すようなことはしないで下さいね。己の胃の状態も分からずアレコレと注文するなど、それこそバカな行為の何ものでもないのですから」

 ぴしゃり、とシグレが言った。

「…………ナナきゅん。トキちゃんが冷たいヨ…………」

 ユキノが、いじけるような目をよこす。

「……………………。」

 セツナはちらり、と一瞬視線を合わせるが、しかしやっぱり返す言葉は見つからず、これ以上、くだらないじゃれあいに巻き込まれるのはごめんだ。

 静かに、メニューを開いた。











*****           *****









「あのさ、いきなり消えた理由、聞いてもいいかな?」

 自分たちの料理を注文し終えたセツナは、朝早く行き先も告げず消息を絶ったユキノの行動について、その真意を問うてみた。

 出かけるのは別に構わない。

 けれど、何も告げずに姿を消されると、さすがのユキノでも何かあったのでは、と心配になる。

 シグレは、どうせくだらない理由なのだろ、気にするだけ時間の無駄だ、と切り捨てたが、こうやって戻って来られると、何となく気になってしまう。

「一度、家に帰ってたの」

 けれど、ユキノから零された返答は、シグレの予想通り本当に何てことのないものだった。

「家って、帝都の?」

「ううん。別の家♪」

「別、の……?」

「一体、何軒『家』を持っているんです?貴女は……」

 呆れたように、シグレが言った。

「人望とお金があると、必然的にそうなっちゃうのよねぇ……」

「人望?貴女からは一番かけ離れた言葉のような気がしますが……」

 得意げに話すユキノに、シグレは冷めた視線を送る。

「ムッ。従者のくせして、そんなヒドイこと言っていいのかな~。せっかく愛するナナちゃんのために、このあたしが色々と調べて来たっていうのに~」

 ユキノは拗ねたように口を窄めた。

 その、幼稚すぎる仕草に若干、シグレはイラッと感を滲ませたが、彼女の発した言葉が引っかかり、眉根をひそめた。

「調べたって……何を?」

 セツナが、聞く。

「知りたい?」

 にやり、とユキノが意味ありげに口角を持ち上げる。

「…………う、うん。まぁ……」

「よしよし」

 反応は小さいものの、セツナが十分に興味を抱いていることを察し、ユキノは満足そうに大きく頷くと、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 それを、すぅ、と流す。

 吸い寄せられるようにセツナの手元へ渡る紙を、キャッチする。

 受け取り中を覗き込むと、いくつもの人物名が記されていた。















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