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無限ワールド  作者: 水原まき
第6章 囁く、もうひとりたち
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囁く、もうひとりたち1

囁く、もうひとりたち1





 帝都を出発したのが6日前。

 辿り着いた目的地は、予想以上に辺鄙なところだった。

 四方を見渡すかぎり緑あふれる山々に囲まれ、その中に、ぽつん、と姿を見せる人工物。

 砂漠地帯に出現するオアシスの如く、それまでの風景をがらりと一変するように、その村は緑の中にあった。

 山々の裾野を利用して拓かれた小さな村は一時間も歩いて回れば全体を見て回れる規模しかなく、どことなく心寂しさを漂わせている。

 並ぶ民家はどれも似たようなシンプルな外装で、庭先には畑や家畜を育てるためのスペースが僅かに設けられ、それは村のあちこちで見受けられる。

 多くの村人が薄汚れくたびれた作業着を着用し農作業に精を出し、労働している。

 目立った観光名所もなく、外からの客が滅多に訪れない村の主な収入源は、農業。

 豊富な恵みで育てられた野菜や家畜は、街で生活する者たちにとっては貴重だ。

 この村はこれで成り立っている、と言っても過言ではないだろう。

 収穫期には村全体で収穫祭なども執り行われ、この時ばかりは周辺から人も集まりほどよい賑わいを見せるというが、今は収穫祭の時期ではない。


 初夏が終わり、本格的な夏の到来。

 日が昇るにつれ気温はぐん、と上昇し、日差しも強いこの季節。

 外での作業は、想像以上の重労働に違いない。


「朝から晩まで農作業……本当に忍耐強いな、ここの人たちは」

 ぐるり、と首を巡らせ辺りを一望し、すっかり見慣れてしまった風景にセツナ・シヴァルツァ・ツェリカ・リンドラントは感心しながら呟いた。

 澄み切った空と、その中で泳ぐ白い雲。

 溢れる自然が作り出す真っ白な空気と、時たま風に乗って運ばれる土の独特な香り。

 高い空と、低い家。

 視界を妨げる高層ビルや障害物がないために、村の向こう側に広がる広大な尾根がどこまでも確認できる。

 耳を騒がす機械的な喧騒も聞こえず、時たますれ違う村人たちの、短い言葉と会釈を交わし合う姿というものは今一つ緊張感に欠け、都会の忙しなさがない。

 この村の中だけが別の時間が流れているのでは、と錯覚してしまいそうなほど一日が長く感じる。

 一応、映画館やゲームセンター、プールといった娯楽施設はあるようだが、滅多に開かないというきまぐれ経営らしい。

 あり余る自然と家畜に囲まれ一日中働く村人たちは、一体何を娯楽としているのだろうか。

 遠く離れた街へと向かうにも、最寄り駅に行くだけで一時間もかかるという不便極まりないもの。

 文明はどこに、と問いかけたくなるほどだ。

 

「こんなにゆっくり過ごしてて、いいのか……?」

 上空でチチチチ、と鳴く鳥の囀りがひどく平和的で間延びしたものに聞こえ、セツナは春を思わせる桜色の柔らかな髪を揺らしながら、空を見上げる。


 歳は十六。

 容赦ないまでに太陽の光が降り注ぐ、田舎町には不釣り合いなほど真っ白で、手入れの行き届いたキメ細かな柔肌。

丸みを帯びた幼い顔立ちの中に、宝石のように煌めく紫艶の瞳が長い睫毛に守られて、真っ直ぐな光と力強さを宿し、小さな鼻と薄い唇が均整の取れた場所におさまり、成長を待っている。

 成長期真っ只中の少年は、しかしながらちょっと力を加えれば簡単に倒れてしまいそうなほど筋肉に乏しい線の細い身体を持ち、整った顔立ちと髪の色も合わさって、美少女と見紛うほどの美少年だった。

「そうですねぇ。まぁ、たまにはいいのでは?」

 落ち着いた声が、後ろから注がれた。

「適当すぎないか……」

 どうでもよさそうな返答に、セツナは声のした方へとその目を向ける。

 そこには、背の高い男が立っていた。


 名を、シグレ。


 後ろでひとつに束ねられた、腰のほどまで流れる亜麻色の髪。

 左右に分けた前髪が頬を掠め、セツナを直視するアイスブルーの瞳に薄い影を落としている。

 唇の上には酷薄な笑みが刻まれ、柔らかな物腰からは成熟された大人の雰囲気を纏っている。

 しかしその半面で、どこか冷めた印象を受ける男だった。

 隙のない身のこなし、育ちのよさが窺える丁寧な語り口調、そして鮮麗された顔立ち。

 二十代後半にも関わらず、玄人のような自信と迫力が備わっており、一目でただ者ではないとわかる。

 その彼の手には二本の釣り竿と、小さなバケツが握られていた。

 バケツの中には、6匹の魚が身を寄せるように泳いでいる。



「ですが、今日の川釣りは結構、楽しんでいるようにお見受けしましたが?」

「え?あ、うん……。楽しかったと言えば楽しかったかどさ、俺アウトドアあんまり得意じゃないし、な……」

 軽く苦笑いしながら、セツナは言った。

 宿屋の亭主から教えてもらった川釣りは、普段、釣り竿など握らないセツナにとって新鮮と言えば新鮮であったが、所詮素人。

 手際良く魚を釣るシグレと違い、不慣れな手付きで釣り竿に四苦八苦。

 ろくに結果も出せず終了し、体力だけを消費したような気分だった。

「………………」

 セツナは暮色に染まりつつある天を仰いだ。

 空に闇が混じるまで、まだ少し時間は残されているけれど、土地勘もない場所を中途半端な時間に出歩くのは得策とは言ない。

 そしてなによりも、普段、使わない筋肉を釣りで使ってしまい、身体中が鉛のように重たくて、クタクタだった。

 心では早く用をすませ帝都へ戻りたいと望んでいるのだが、今は一刻も早く宿で休みたい、と身体が悲鳴を上げている。

 ある目的を果たすため、村に入って5日。

 何をするでもなく村の中ですごし、山に入り、散歩をする毎日。

 一日中、視界に入って来る物は尽きることのない緑の群れ。

 手付かずの自然がおりなす大地ほど、厄介なものはない。

 ぬかるみに足を取られ、生い茂る木々の枝に服や肌を傷つけられ、虫の大群に包囲もされた。

 そろそろ、山歩きも限界だ。


「私たちは『静養』に来ているのですから、これくらいが丁度いいのですよ」

「でもこのままじゃ、何もわからないままになってしまうような気が……」

 セツナは、ため息交じりに言った。

 自分たちはある目的のために、今ここにいる。

 けれど、下手に動き回り、村人たちに不信がられてはマズイ、ということで『静養』という名目でこの村に滞在している。

 だが、動きたいのに動けず、ちまちまと時間を潰すだけの毎日は、精神的に結構つらいものがある。

「……確かにそろそろ次の展開に進んで欲しいところですね。この村でゆっくり過ごすのも悪くはありませんが、何の収穫もなく帝都に戻るようなことになれば、本当にただの『静養』になってしまいますし」

 なんて言いながらも、シグレの表情は興味薄だ。

 このまま何もせず帰路についてもいい、と思っているのかもしれない。

「お前ってさ、真面目に仕事したことあるのか?」

 純粋な疑問が湧いて、セツナは聞いた。

「おや、心外ですね。こうやって貴方のワガママに付き合っている時点で、かなり献身的で真面目だと思うのですが?」

「えっ。俺って、ワガママなのかっ」

 足を止め、紫艶の瞳でシグレを直視して、ちょっと驚いた顔で言った。

 その可愛らしい反応に、くすり、とシグレは笑う。

「貴方のワガママでしたら、いつでもどこでもお付き合いいたしますよ?私は」

「………………………………。そぅ」

 たっぷりの沈黙の後、セツナは小さく呟いて再び歩を進める。


「少し、洋服が汚れてしまいましたね……」

「うん。今日も服と靴が泥だらけだよ」

 セツナは服の汚れを払いながら、頷く。

 山の中をひたすら歩き、川辺で釣りをする。

 身なりが汚れないわけがない。

 この村で、何枚服や靴を処分しただろうか。

 一応、まだ替えはあるが、物資の流通が侘しいこの村で、まとも着替えを調達すのは大変だろう。

「無駄な動きが多いんですよ。鍛錬が足りないのでは?」

 同じ道を歩いているにも関わらず衣服を汚さず疲労さえ匂わせていないシグレは、涼しげな表情で言った。

「お前と一緒にするなよ……」

 俺は箱入りなんだ。

 喉まで出かけた言葉を、セツナは寸前のところで飲み込む。

 自分は、鍛錬を常としているシグレとは違う。

 帝都生まれの帝都育ち。

 管理された安全な自然の中で、何不自由のない生活を当たり前としているセツナにとって、舗装されていない砂利道や自然というものはどこか異様に映ってしまい、ペース配分もうまくできず予想以上に体力を消耗してしまっても、仕方がない。

「体育会系は、ガラじゃない……」

 もっと鍛るべきだ、と主張するシグレの意見をセツナは流し、この話しはこれで終わり、とばかりに歩調を速めた。

「やれやれ。だから女性と間違えられるんですよ?」

 シグレの呆れた声が聞こえるが、無視で歩く。

 舗装されてはいるが、至るところで土の下から盛り上がる木の根の影響を受け、歪みや罅が走っている道の状態は、帝都では考えられないことだ。


「おや、今帰りかい。今日は釣りに行ってたんだろう。どうだった?」

 歩いていると、一人の中年女性が話しかけてきた。

 エプロンをかけて手には野菜の入ったカゴをぶら下げている女性は、八百屋のおばさんだった。

「こ、こんにちは。楽しかったです……」

 セツナは、小さく会釈しながら言った。

「そうかいそうかい。それはよかった。やっぱり男の子は、外で元気に遊ぶのが一番だからね。いっぱい遊んだら、お腹がすいただろう?」

「そう、ですね」

 にこにこ、と笑顔を絶やさず楽しそうに話す八百屋のおばさんに、セツナは短い言葉で返す。

 商売柄か、とても明るくてお喋り好きで世話好きな八百屋のおばさんは、突然、村にやってきたセツナたちにも笑顔を向けて歓迎し、見かけたら必ず声をかけてくる。

 別に、話しかけられてイヤなわけでは決してない。

 むしろ、せっかく好意的に話しかけてくれる相手に対し、いつもうまい返しが思いつかず、会話のキャッチボールをすぐさま終わらせてしまい、悪いとさえ思ってしまう。

 こういう時、自分の口ベタがイヤになる。

「すみません、愛想のない子で……」

 見かねたシグレが、後ろからフォローをいれた。

「いいんだよ。都会の子は、あたしみたいな田舎のおせっかいおばさんには慣れてないんだろう?」

 八百屋のおばさんは、ケタケタと笑った。 

「それじゃあ、もう行くよ。今日は宿屋のおじさんがトマトを買っていったから、トマト料理がオススメだよ」

「それは、楽しみですね。お仕事、お疲れ様です」

「いっぱい食べて、ゆっくり休むんだよ」

「え、あはい……」

 ばいばい、と手を振って去っていく八百屋のおばさんに、セツナもぎこちなく頭を下げる。

「…………ふぅ」

 自然と、ため息に似た吐息が零れた。

 ふいに、あまりよく知らない相手から話しかけられるのは、いつになっても慣れないものだ。

「子どもはよく食べて早く寝ろ、と言われたことですし、宿に戻りますよ」

「……………………ん」

 こくり、と首を縦に振り、再び足を動かす。

 ほどなく歩くと、滞在中、飲食共に世話になっている宿が見えてくる。

 と言っても、一見すれば他の民家とあまり変わりのない建物である。

 薄汚れた木の看板がなければ、到底、宿屋として認識されないだろう。

 けして見栄えのいい宿ではないが、ベッドさえ常備されていれば、もはや見た目など二の次だ。

 セツナは、一足先に入口を開け、招くシグレの誘導を受け、敷居を跨いだ。












新たなキャラクターの登場です。

ちょっとおとなしめなセツナくんと、ちょっと嫌味なシグレのコンビ組です。

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