それぞれの微雨9
それぞれの微雨9
「な、何なの……あの人?」
目の前で繰り広げられる戦慄に、ソフィアは驚愕と恐怖の入り混じった表情を浮かべ、震える声で、問いかけるように言う。
生身の人間がたった一人で魔族と対峙し、刃を交えている。
閃く短剣は魔族の放つ術の速さを超え、確実にダメージを与えている。
また一人、また一人と魔族が倒れていくにつれ、鼻につく血の臭い。
尋常ではない侵入者の実力に、魔族たちの中で焦りと憤りが絡み合い、逃げる女と武器を手に参戦する男が入り乱れ、会場は騒然となっている。
(よし、今のうちに)
今、すべての注意はツバキに注がれている。
混乱に乗じ動くなら、今だ!
ユウキはツバキに向けていた意識を、己へと戻す。
これくらいの封印ならば、強行突破でいけるはずだ。
ユウキは後ろに下がり、鉄格子から距離を取る。
深呼吸を、ひとつ。
すぅ、と意識を己の中に集中し、ボールを作っていくように魔力を溜める。
しかし、檻に掛けられている魔封じの効果か、魔力を強く意識した途端、言いようのない重苦しさを感じ、コントロールの妨害が生じる。
せっかく作った魔力のイメージボールが、ぐにゃぐにゃと乱れていく。
けれど、そんなことでみなぎる魔力が弱まることはない。
ユウキは溜めた力を一気に指先へと流し、素早く詠唱をはじめると、言い放つ!
「サンダーブレード!」
合わせた手の間から青光りする稲妻が出現し、刃の形を成す。
バチバチバチ、と鳴り響く雷の刃を強く握り、ユウキは一気に横に2度、振る。
スパーン、と気持ちいいほど簡単に両断される、鉄格子。
切断された鉄格子が床に落ち、カランカランと乾いた音を出す。
その音を聞き、ソフィアが振り返り、ユウキと切断された鉄格子をその目に映す。
「……う、うそぉ……」
術の封印が施されているはずの鉄格子の破壊に、あんぐり、とソフィアは呆ける。
驚きを隠せないでいるソフィアたちの視線を気にもとめず、ユウキはさっさと檻から外に出る。
『ブラッディ・レイン!』
複数の重なった声が耳に届き、顔を上げたユウキは、ツバキの頭上から降り注ぐ赤い雨を見た。
「ちっ」
ツバキは舌打ちをひとつして、針のように鋭い雨を短剣で弾きながら、間をすり抜けていく。
弾かれ、当たらなかった術はテーブルを貫き、床に突き刺さる。
「お前たち、何をもたもたしているっ。相手は一人だぞ!もういい、後は私がやるっ」
痺れを切らした男の怒号が響き、ユウキの意識がそちらへと向く。
ツバキの前に立ち塞がったのは、体格のよい魔族だった。
ツバキの瞳が、その男にぴたり、と合わされる。
ゆらゆらと殺気が溢れる。
先に動いたのは、ツバキ。
一気に間合いを詰める。
短剣を構え突撃してくるツバキに、男はテーブルクロスを引き抜き、それを投げ付ける。
視界を覆う白い布をツバキは両断するが、それが目くらましの行動だとは理解している。
「ファイヤーランスっ」
その奥で、男の放つ声が響き、裂かれたテーブルクロスの間をすり抜け、炎の槍がツバキを襲う。
想定内の攻撃に、ツバキは短剣で槍を受け流し軌道を変えて、後ろへと飛ばす。
(すごい……)
ユウキは、ツバキの動きに目を奪われる。
魔族たちの執拗な攻撃を、さも簡単そうにさらりとかわし流しているが、こんなこと並大抵に出来ることではない。
「お、おい……あの男、絶対にヤバいぞ」
後ろから声がした。
振り向けば、檻に掴まり立ちしている男がいた。
彼は、ツバキと魔族の戦いを、じっと眺めている。
「今のうちに、逃げた方がいいんじゃないか?」
別の男が、言った。
「無茶よ。あんな中を逃げるなんて、危険すぎるわ」
今度はソフィアが、言った。
この部屋の出口は、ツバキたちの向こう側にある。
凄まじい殺気と術が飛び交う中を走り抜けるのは、かなりの危険が伴う行動だ。
「何を言っているっ。ここにいて助かる保証なんてないだろ!だいたい、あの男だって味方かどうかもわからないんだぞっ!」
「それは、そうだけど……」
「お、俺は行くぞ!こんな所で死んでたまるかっ」
ツバキの登場と、檻からの解放。
劇的に変わってしまった状況に、一縷の望みを見出したのか。
それまで絶望感を背負っていた男たちが、わらわらと動き出す。
「待って!危ないわ!」
「うるせーな。今が逃げるチャンスなんだよっ。黙ってろ!」
制止しようとするソフィアを睨みつけ、男がひとり走り出した。
檻の中でぐったり座っていたとは思えないほどしっかりとした足取りで、去っていく。
「ちょっ、勝手な行動をするのは、どうかと思うんですけどー!」
走り出した男の後ろ姿にあわててユウキが声をかけるが、一度走り出してしまった男の足が止まるはずもなく……。
「俺は絶対にここから逃げ切ってやるんだよっ!」
がむしゃらに腕を振り、男が叫ぶ。
その声に反応したのは、ツバキだった。
ちらり、と男の姿を確認すると、瞬時に移動して己の背中で隠す。
(え?)
ユウキは、目を見開く。
ツバキのその行動が、とても不自然で……。
何かをする気だ、と直感的にそう思った。
嫌な予感がする。
『ウィンドアロー!』
数名の魔族たちが一斉に叫び、勢いよく両腕を横へと薙ぐとそこから風を帯びた数十もの矢が出現し、そのままツバキの頭上へと降り注ぐ。
「ツバキくん!」
ユウキの悲鳴に、しかしツバキは短剣たった一本で野球のボールを打つように、次々と叩き返す。
キンキンキン、カキンカキン!
降り注ぐ矢が、刃によって弾かれ高い音を響かせながら、あらぬ方へ飛ぶ。
だがそれは明確な方向へと投げられたものではなく、四方へと飛び散り、ユウキたちの方へも容赦なく降り注いだ。
「きゃあっ」
「うきゃ~。何でこっちにぃぃぃ!」
飛んでくる鋭い矢の雨にソフィアは悲鳴を上げ頭を守るように身を屈め、ユウキは自分の方へと飛んでくる矢を避け、近くに転がっていたテーブルの下に潜り込む。
シュン、と空気の切り裂く音が聞こえた。
(危な!)
もう少しで、当たるところだった。
「ああああっ!」
「ぐっ」
「いやああっ!」
背後から、いくつもの悲鳴が聞こえた。
「!」
まさか。
伏せたままゆっくり振り向いたユウキの目に飛び込んできたのは、想像した通りの光景だった。
腕や足を切られうずくまる人間たちの、姿。
「痛い痛い痛い、いたいいたいっ!」
腕を切り裂かれた女性が傷口を抑え、悶える。
目に涙をため、襲い来る強烈な痛みに怯え、身体を震わせている。
「あ、ああ……ああっ……」
傷口から流れる血が、肌を伝い床に赤い散らばる。
「だ、大丈夫!」
やはりうずくまったままソフィアが声をかけるが、耳に届いた様子はない。
(全滅させる気だ……)
人も、魔族も。
ここにいるすべての生命を、彼は絶とうとしている。
ユウキは、そう確信した。
おそらくツバキは、はじめからこれが目的だったのだ。
事件の詳細を調べるためではなく。
はじめから、すべての抹殺が目的。
もしかしたら、事件そのものを闇に葬るつもりなのかもしれない。
ユウキの頬に、嫌な汗が流れる。
「混迷の大地に集いし破壊の帝王。いにしえよりあまねくその力――」
ツバキの詠唱が、冷涼に紡がれる。
それは殺伐とした空間の中で信じられないほど凛と響き、広がっていった。
「まさかその術は!」
紡がれる呪文から、術の正体を察知してユウキは驚いて声を上げる。
彼が発動しようとしている術は、精霊魔法だ――――。
精霊魔法とは――――――――。
火、水、風、土、雷、光、闇、無。
それらの属性を有した精霊王の力を媒体として術を放つ、高等魔法である。
日常の中でわりと頻繁に使用される『魔術』は精霊王が管理するという、目に見えないが世界に溢れる因子と、それを操る者の魔力を合わせる事で発動する。
つまり『ファイヤーボール』を使うには炎の因子と術者が呪文によって結びつき、術が完成するのである。
しかし、精霊魔法は精霊王の力だけを使う。
その威力はラスボス並みで、それ故に術者にもかなりの負担を強いる。
この会場で使えば、想像にできないほど莫大な被害が及ぶ。
それこそ、本当に全滅するかもしれない。
「ツバキくん、やめてっ!」
危険を顧みず立ち上がり、ユウキは叫ぶ。
止めなければ。
だが、むろん叫んだところでツバキの詠唱が止まることはない。
ピリピリと、術によって刺激された空気がツバキを守るように舞い上がり、渦を巻きはじめる。
ここにきて、魔族たちもツバキの操る魔力の密度に異様なものを感じたのか、動きを止めた。
「バカな!人間が、その術をっ!」
術の正体を見抜いた魔族が、驚愕の声を上げる。
「ツバキくん、殺しちゃだめよっ」
ユウキはツバキの詠唱を中断させようとテーブルから飛び出し、腹の底から力を込めて、絶叫する。
「もう殺しちゃダメぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
ユウキの拒絶の声は波のように部屋全体へと伝わり、空気を震わせた。
すると、まるでそれを合図にするかのように、会場の床をすべて覆うほどの巨大な魔法陣が出現した。
『!』
人と魔族、全員が突如として足元に出現した陣に驚きを示す。
黄金の光を放つその陣は、複雑な模様、古代文字が並ぶ中に、時計が記されていた。
目まぐるしく動き回る長針が短針が、やがて重なり零時を示す。
カチリ。
ユウキの耳に、時の止まる音が、聞こえた。
視界の端で、銀糸の髪を持つ青年が、小さく笑った…………ような気がした。
第5章はここで終了です。読んでいただき、ありがとうございました。




