それぞれの微雨8
それぞれの微雨8
「はじめから諦めていたら、何もはじまらないじゃないですかっ。こう見えて、あたし結構、魔術使えるんですからね!」
ユウキは袖をたくし上げ、力強さをアピールする。
けれど服から覗かせる腕は白くひょろりと細長く、筋肉らしい筋肉は付いていない。
さらに瞳をほぼ隠すほどに分厚い黒縁メガネと、全身から漂うもやしオーラ。
どこから見ても虚勢にしか見えず、頼りになるとは思えない。
だから返答に困り、ええっと、と零すソフィアの反応はごくごく自然であり、ユウキにとっても見慣れたものだった。
気にせず、鉄格子を見やる。
ソフィアは信じていないが、本当に鉄格子くらいなら、何とかできるはずだ。
「でも術で檻を壊したところであんなにうじゃうじゃ魔族がいるんじゃなぁ……」
ユウキは、唸る。
問題は、仮装している魔族の集団だ。
自分一人だけなら持ち前の素早さでのらりくらりと攻撃をかわし脱出できる可能性は十分にあるのだけれど、ソフィアたち全員を無事に逃がすというミッションとなると、遂行はかなり難しい。
かと言って、こんな所で大人しくするつもりもサラサラない。
ここはイチかバチかで、全員でたたみかけるという手もあるのだが……。
「魔術を使おうと思っているなら、止めた方がいいわ。この格子全体には結界が張られてあって、魔術が使えなくなっているもの」
脱出を図ろうと考え込んでたユウキに、ソフィアが言った。
「えぇ?うっそぉ!」
ユウキは驚いて思考をストップさせると、もう一度、鉄鉄格子へと視線を飛ばす。
メガネのフレームを持ちしっかり目を凝らすと、鉄格子全体にピアノ線のようなキラキラと輝く光が見え、そこから魔力の気配がした。
先ほど感じた気だるさは、もしかしたらこれが原因かもしれない。
(魔族のくせして、せこいことしてくれちゃって)
ユウキは、心の中で呟く。
ろくに術も使えない人間を閉じ込めるための鉄格子、わざわざこんな術を施すなど――――
ユウキは鉄格子に触れ、そっと術を確かめる。
ピリピリとした感覚が肌を走り、疲労感のような物が流れ込んでくる。
確かに魔力を封じる術が施されているけれど、術としての威力は、弱い。
これならば――――
「……ねぇ、聞いて。少し前に、ここから逃げようとした男の人がいたの」
――――いけるかもしれない。
ユウキがその可能性を見出したと同時に、ぽつり、とソフィアが話しはじめた。
「結局魔族に捕まって殺された。そして見せしめだって言って、4日間も遺体を私たちの前に放置していったわ」
それは、ユウキに対する牽制とも取れる発言だった。
制裁を受けるのは、残った私たちなのだ、と。
「…………。」
ユウキは少し考えるような仕草を一瞬見せるが、唇を閉ざし、返答を止めた。
ろくに魔術も使えない状況で魔族と戦えと言うのは、無神経すぎるだろう。
彼らにとって魔族とは、畏怖たる存在なのだ。
「わかった。軽率なことを言って、ごめん……」
ユウキは、大人しく謝罪した。
ソフィアたちを説得してみんなで逃げる。
その案は、彼女たちのメンタルを考えると、成立はしそうにない。
(ツバキくん、どうしてるかな……)
はぐれ、音沙汰のないツバキのことを思う。
彼のことだ。
心配はしていない。
うまく逃げ、どこかに潜伏しているに違いないけれど、息を潜めていることが、少しだけ気になった。
「あ、どうしよう。もうはじまっちゃう!」
ソフィアの慌てふためく声とともに、会場の空気がにわかに騒ぎはじめた。
何かはじまるのか、と聞き返そうとしたユウキだが、近付くメガネをかけた魔族の男が発した言葉で、意味を理解する。
「さて、お集まりの紳士、淑女のみな様。本日はご来店まことにありがとうございます。コレが本日の商
品でございま~す」
とく通る、口ずさみなれた様子で男は言った。
どうやら、『商品』の売買がはじまってしまったようだ。
はじまる直前に捕まり鉄格子に入れられているなど、本当にツイてない……。
「おや、今日はどうやら新人がいるようですね」
主催者側とおぼしきメガネ男がいち早くユウキを見つけ、にやり、と口許を緩ませる。
「せっかくですので、その新人メガネちゃんからはじめたいと思います!」
びしっ、とユウキを指さしそう宣言すると、客の魔族たちの視線が一気に向けられる。
「へ?あたし?」
いきなりのご指名に、ユウキは思わず自分を指差した。
むろん返事など返ってくるわけもなく、唖然とするユウキを尻目に、男は会場へと向き直り、恭しく一礼。
「ではでは、百グレンからはじめまーすっ」
「安っ!」
高らかに宣言された数字が、己に付けられた金額だとわかり、あまりの低価格に、ユウキは思わず叫んだ。
百グレンとは、ちょっといいベッドの値段である。
一体、人の命を何だと思っているのだ。
「三百っ」
「四百っ!」
「五百っ」
「六百……八十!」
次々と手を上げ、ちまちまと値を上げていく魔族たち。
声には男も女も交じり、競ってはいるが会場内には手慣れた空気が流れている。
挙手とともに魔族の口から放たれる己の金額を聞きながら、ユウキは考える。
今まで、どれくらいの人々か、ここで売買されたのだろうか。
そうして非条理に売られて行った者たちは、今どこで何をしているのだろうかろうか。
いや、果たしてその生命を、今もこの世に繋げているのだろうか……?
「七百!」
ユウキの意思とは関係なしに、ちまちまと続けられる競売。
もはや聞く気にもなれないユウキは、ドラマでも見るかのようにオークションを眺めた。
だがそれは、唐突に終わりを告げた。
「十億」
淀みのない透き通った声が響き渡り、その金額に、ざわり、と空気が震えた。
「へ?じじじ、じゅうおくぅ~」
メガネ男の、素っ頓狂な声が漏れた。
「う、ううううそ!十億ってっ」
ソフィアが口元を覆い、奥で息を潜めていた者たちも驚いた様子で顔を上げる。
ざわざわ、と会場内の空気が乱れはじめ、それにあわてたメガネ男が、持っていたペンで十億を提示した人物を指す。
「あ、えっと他にいらっしゃらないようなので、十億で落札です!」
高揚させながら、宣言した。
「…………」
ユウキは己を高額で競り落とした人物を見る。
銀色の美しい髪を持つ、長身の青年だった。
彼は、ゆっくりとこちらへ歩みを進める。
「あ、あのお客様?商品は後でお渡ししますので、少々お待ち……」
ユウキへと近付く落札者に、メガネ男が止めようとした瞬間、遮る大爆発が起こった。
チュドォォォォン!
会場の入口が爆発し、その衝撃でドアが吹き飛ばされた。
外からの、爆破。
バラバラになったドアの破片が室内に飛び散り、煙が立ち込め、爆風でテーブルが倒される。
入口付近にいた魔族たちは驚きのこもった悲鳴を上げ、わらわらとこちらへと避難する。
幸い、会場の一番奥で閉じ込められていたユウキたちに被害はない。
「な、何。今の爆発っ」
鉄格子にしがみ付いてソフィアが目を絞る。
「侵入者だ!」
誰かが喚き、その言葉を裏付けるように煙の中からゆらり、と人影が姿を現す。
それは。
「つ、ツバキくん!」
煙を全身に纏い、ゆっくりと歩いてくる人物をツバキと確認し、ユウキは驚いて彼の名を呼ぶ。
あたしはここ!
さらに声を上げようとしたユウキだが、深い闇の落ちた双眸を目にした途端、動きを止める。
彼の周り漂う空気は鋭利な刃物のようにビリビリと研がれ、近付く者を威圧する殺気が、満ちていた。
「何をしているっ。その人間を始末しろ!」
一人の魔族が激しい口調で命令すると、控えていた魔族たちがツバキを囲む。
「ちょと何、あの人。いきなり現れて、一人で大丈夫なの!」
ソフィアが佇むツバキの姿に、悲鳴に近い声を上げる。
「きっと大丈夫よ。彼、強いから」
ツバキを直視したままで、ユウキは断言する。
柔らかな雰囲気が一転、殺伐とした空気が重くのしかかり、魔族に囲まれた中で、ツバキは凛と立ち、強い存在感を放っている。
今、この場を支配しているのは、間違いなくツバキだろう。
彼はゆっくり懐から短剣を取り出すと音もなく軽やかに床を蹴り、身構えようと動いた魔族よりも早く、一撃が閃いた。
バシュ!
「ぎゃぁっ!」
短い悲鳴の間から、鮮血が舞う。
身体を反り返し、血飛沫を散らす魔族はそのまま崩れ落ちていく。
その身体が床に倒れる横で、ツバキは身体を捻り剣を薙ぐ。
ザンッ!
次の犠牲者が生まれる。
術を発動させる暇を与えず、次々と血飛沫を上げ倒されていく魔族。
無駄な動き一つせず、一撃で確実に仕留める鮮やかさ。
返り血を浴びた中で、残酷な笑みを刻ませるツバキの姿は、ただ単に殺戮を楽しんでいるように見えた。




